思い出さなければよかったのに

 カシャッ! カシャカシャッ!

「うん、やっぱりこのシャッター音だよなぁ」

 俺が高校生のときに親戚からもらったはじめてのカメラ、N社のD300s。

 これぞまさしくカメラという感じのガチッとしたフォルムと、重くて硬質なシャッター音。
 型落ちした何年も前の旧製品だから、勿論スペックは最新機種に確実に劣る。
 それでもシャッターを切っている手応えを感じさせてくれるこの音は格別だ。

 ずっと実家に置いたままになっていたけれど、久しぶりに持ってみたら、そのズシリとした重みが手にしっくりと馴染む。
 嬉しくなって枯葉の落ちる秋の庭をガシャガシャ撮りまくっていると、後ろから不意に背中を押されてよろめいた。

「うわっ、あっぶね! なんだよ、不意打ちすんなよな」

 犯人はもちろん彩乃だ。
 俺がどうにか体勢を立て直して振り向くと、イタズラを成功させて満足げな顔が目に映る。

「驚かせたいから不意打ちなんでしょ。それにしても、大きくよろけたね。運動不足なんじゃないの?」
「うるさいわっ! このまえまでカメラを抱えて走りまわってたっちゅーの!」

「ふふっ……いい写真、撮れた?」
 サンダル履きでニヤニヤしながら俺の手元を覗き込む彩乃に苦笑しつつ、肩を抱いて一緒に縁側に座る。

「撮ったよ、沢山。ここからの景色も三年は撮れないからな……」
「うん、そうだね」

 海外行きの決意を語った誕生日から一ヶ月とちょっと。
 俺は十月の中旬に会社を辞め、出発の準備を整えはじめていた。

 今日は彩乃の休みのタイミングで一緒に実家にきている。荷物の整理。そして思い出作りのためだ。
 あの日彩乃と約束した『彩乃の誕生日プレゼント』の時間は、既にはじまっている。

 俺の部屋で荷物の仕分けをしていたら、彩乃が高校のときの卒業アルバムを差しだしてきた。

「ねえ、これも持ってく?」
「卒アル? そんなの荷物になるだけだろ」
「だけどさ、寂しい一人寝の夜にはオナニーのオカズが必要でしょ?」

 ぶはっ! 水を飲んでたわけじゃないのに、なぜか何かを噴きだしそうになる。

「おまえ、何言ってるの。卒アルなんかでオナるかよ」

 だけど彩乃は、四角の枠の中に制服姿で収まっている自分の写真やダンス部の集合写真をひらいてみせながら、「最高のオカズだと思うんだけどな〜」なんてうそぶいている。

「……ちゃんとおまえの写真は持っていくよ」

 本を片付けるフリをしながらボソッと呟くと、「本当?」と彩乃に顔を覗き込まれた。
 見るなよ、恥ずかしいだろ。

「本当に決まってるだろ。彩乃が自慢の写真を選んでくれよ」
「うん……思いっきりエロエロのヤツがいいよね。ビキニ姿にしとく?」
「アホか、普通のだ。普通の……モデルの顔じゃない、俺の彩乃の写真がいい」

 それを聞いて彩乃は少し頬を震わせる。
 それでもグッと堪えると、俺に向かってニッと笑ってみせた。

「わかった。とっておきのを選んでおくよ。毎晩寝る前に拝んでね」
「拝むって、お釈迦様かよ」
「女神様だよ」
「ハハッ……うん、俺の女神だな」

 見つめ合って、キスをした。

 いつもみたいにふざけ合って、冗談を言い合って……そんな他愛もない会話が、ゆったりすごす時間が……俺達にとっては何よりも必要で、大切な宝物だったんだ。