思い出さなければよかったのに

「――私ね、なんとなく気づいてたよ」

 どれくらい時間が経っただろう。
 散々泣き腫らした真っ赤な目で、彩乃が俺を見上げてきた。

 くたびれたローソファに並んで座って。
 彩乃が俺にもたれ掛かって、俺がアイツの肩を抱いて。

「誕生日当日に欲しいものを言うって言われたときに、雄大は自由が欲しいのかな……って思った」
「うん……」

「雄大が自分の作品を撮りたがってるのはわかってたし……私の写真を撮ってくれない理由も、なんとなく気づいてた」
「ハハッ、お見通しだな」

 だから俺が仕事を辞めて、写真に専念したいと言いだすのでは……と思っていたのだという。
 それでも構わないと。自分が働けばいいだけのことだと、そう言おうと思いながら帰ってきたのだ……と彩乃は言った。

「それがまさか……海外に行くだなんて……」
「ごめん」
「勝手だね」
「うん……勝手だよな、ごめん」

 本当に勝手だよな。夢を諦めたとか言って一緒に住んでおいて、今更なのにも程がある。

「でも、もう決めちゃったんでしょ? ずっと長いあいだ考えて、これまでにも散々悩んで……決めたから私に言ったんでしょ?」
「うん」

 そうだ、俺は決めたんだ。前に進むために。

「それじゃ、仕方ないよね」
「ごめんな……彩乃」

「許せないけど……許さなきゃ、しょうがないじゃない。 だって……もう決めちゃってるんだもん」
「ごめん」

 彩乃の瞳がフルフルと潤みはじめる。黒くて大きな目を水の膜が覆ったかと思うと、目尻からツーッと溢れでた。

「馬鹿……」
「うん。 俺はどうしようもない大馬鹿野郎だな」
「大馬鹿だ……」
「うん……」

 俺の肩に顔を押し付けて、彩乃が肩を震わせる。
 Tシャツに生温かい滲みがどんどん広がって、俺の心も震わせた。

 ――ごめんな、彩乃。こんな勝手なヤツが彼氏でごめん。夢もおまえも諦めてやれなくて、本当にごめんな。