思い出さなければよかったのに

「――えっ、俺がですか?」
「ああ、そのうちスタッフの人数も増やしていく予定だけど、まずは少数精鋭でって思ってる。一緒にやらないか?」

 先輩のチーフカメラマンが会社を辞めて独立することになった。
 仕事内容は今の会社とほぼ同じ。ウェブや雑誌に掲載する広告用の食べ物の写真を撮って仕上げて納品する。

 今のところ従業員は、先輩と先輩の奥さんと知人の三人。
 そこに俺もカメラマンとして参加しないかと誘われた。

 今の会社でフードフォトグラファーとして働き始めて約二年半。たしかにそれなりの仕事はできるようになってきていたし、気心の知れた先輩となら、楽しく仕事ができそうだが……。

「ちょっと考えさせてもらってもいいですか?」
「うん、それは構わないけれど、早目に返事がほしいかな。駄目なら他を当たらなくちゃいけないから」

 喫茶店で先輩と別れてから考えた。
 今の職場にいるカメラマンは三名。アシスタントカメラマンを入れても五名。
 先輩が抜けたら二番手の俺がチーフカメラマンになるだろう。

 カメラマンは基本的に個人仕事だから、チーフといっても他のカメラマンに仕事を割り振ったりアドバイスをするという作業が増える程度でやることに大差はない。
 それでも多少は給料が上がる。

 ――先輩についていくにしても、チーフになるにしても、一度引き受けたら簡単に辞められなくなるな……。

 俺はこの仕事をいつか辞める前提で考えている。
 そう気づいた途端、自分に苦笑した。

 ――夢を諦めたなんて嘘だ。俺はいつまで経っても諦めきれずに引き摺って、前にも進めていないじゃないか。

 もう駄目だ、自分に嘘はつけない。

 どうせこのままじゃ、仕事にのめり込むことも結婚に突き進むこともできないんだ。
 だったら未練を完全燃焼させて、すべてをリセットしてから新しくはじめるしかないだろ……。

 ――今度こそアイツに愛想を尽かされるかもしれないな。

 だけど不思議と心は凪いでいた。
 もういろんなことから逃げるのはお(しま)いだ……そう決めた。

 ツクツクボウシが鳴いている、夏の終わりの暑い日だった。