思い出さなければよかったのに

 カチャッ、キ……バタン!
 
「ただいま〜! あっ、雄大〜、賞をもらったよ〜!」

 彩乃が帰ってきた。ほろ酔い加減の真っ赤な顔で、ソファにいる俺に抱きついてくる。
 もう表彰式の赤いドレスは着ていない。あの姿を近くで見れなくて残念だな……と思った。

「おう、おめでとう。ニュースで見てたよ」
「ふふっ……もっと褒めて〜、ヨシヨシして〜」
「ヨシヨシ、頑張った。お前は偉い! 俺の自慢の彼女だ」
「ヘヘッ、ありがとう〜。雄大は私の自慢の彼氏だよ〜、大好き〜、チューして〜」

 ――彩乃、俺は全然自慢できるような彼氏じゃないよ。

「チューをしてやるし、ご褒美にダッツの抹茶アイスもやるから、先にシャワーを浴びてこいよ」
「ええっ、こんな時間からアイスを食べたらブタになっちゃうよ〜。でも私は胃下垂だから大丈夫なのデス! シャワー浴びるからキスだけ先にちょうだ〜い」

「ハハッ、おまえはしょうがないな」

 チュッと啄むような軽いキスをしたら、彩乃からアルコールの匂いがした。俺も酔いそうだ。いっそ酔ってしまいたい。

「雄大、もっと……」

 そのまま彩乃に押し倒されると、強く唇を押しつけられて、舌が入ってくる。

「雄大、大好き……」
「うん……」

 体勢を変えて俺が上になると、そのまま彩乃の背中に手をまわし、口づけを深くした。

「は……んっ……雄大……」
「彩乃……っ……」

 ――今の俺じゃ、おまえをしあわせにできないんだよ……!

 なあ彩乃、あの頃から、もっとちゃんと気持ちを伝えておけばよかったな。

「ありがとう」、「感謝してるよ」、「大好きだ」、「愛してる」、「俺だってずっと一緒にいたいんだ」。

 『結婚』以外にもかける言葉はいくつもあったはずなのに、俺は上辺の優しさだけで取り繕って、微妙に核心に触れるのを避けていた。

 叶わぬ夢ばかりが空回りして、自分がどうしたいのか、どうすればいいのかもわからずに、ジリジリした気持ちを抱えたまま焦燥と葛藤の日々を過ごしていたんだ。

 もうすぐ同棲生活が一年半を迎えようとしていた、二十五歳の冬の終わり。
 彩乃と俺が付き合って、既に十年近くが経とうとしていた。