思い出さなければよかったのに

「――うん、美味しい! 雄大、天才! 料理上手! そうめん職人!」
「麺打ち職人みたいに言うなよ。ただ茹でただけなんだから」

 ちゅるちゅるズルズルとものすごい勢いでそうめんを平らげていく彩乃の食いっぷりを、俺は隣で微笑ましく見つめる。

「おまえ、めちゃくちゃ食うのに太らないよな」
「うん、胃下垂なのかな。これだけはありがたい。一応モデルだしね」
「一応って、プロだろうが」

「う〜ん……半分タレントだしね。パリコレに出たりハイブランドの専属モデルになるような人とはちょっと違うじゃない? 身長もそこまで高くないしさ。中途半端なんだよね」

 高校卒業後六年、同棲を開始してもうすぐ一年。
 十八歳で芸能界デビューした彩乃も、あと二ヶ月もすれば二十五歳だ。

 ティーンズ雑誌のモデルができなくなって、二十代をターゲットにしたファッション誌のモデルになり……。
 時々CMやバラエティ番組に出たりもしているけれど、今後の方向性で悩んでいるらしい。

「このまま年齢を重ねていくでしょ? そしたら二十代後半のOL向けの雑誌に移って、次は流れで言ったらミセス向けの雑誌だよね……ミセスじゃないのに」

 ガラス製のつゆ鉢に箸を置き、チロリと俺を上目遣いで見つめてくる。

「新しいCMが好評じゃん。女優でもイケるんじゃないの?」
 そう言ったら、彩乃はあからさまに表情を曇らせ、唇を引き結んで目を伏せた。

 うん、俺は彩乃が欲しい言葉を、何を待っているのかを知っている。
 知っていながら誤魔化して、アイツを何度も傷つけて……最低だな。

 ――ごめん、彩乃。

 だけどさ、彩乃。俺だって、ちゃんと『いつかは』って思ってたんだぜ。

 今はまだ自信がないけれど、そのうち経験を積んで、給料も上がって、そこそこ大きなダイヤの指輪を買ってやれるようになって……そのときには、おまえの夢を叶えてやれるかな……って、そう思ってたんだ。本当だよ。

 俺はおまえに甘えてたんだな。

 皮肉げに苦笑して、だけど嫌味を言うでも俺を責めるでもなく、自ら話題を変えたおまえにホッとして。
 そのまま抱き合えば、心も身体も繋がって、ずっと二人で一つでいられるって思い込んでいたんだ。
 俺達は他人なんだ。ちゃんと言葉にして伝えなきゃいけなかったのにな。

 気まずさに負けてテレビのスイッチを入れると、その夏にあちこちで流れていた炭酸飲料水のCMが画面に現れた。
 そこには俺の恋人が、知らない顔で映り込んでいる。

 俺はそれから目を逸らすようにして、彩乃の肩を抱き寄せて、強く口づけた。