思い出さなければよかったのに

 * * *

 カシャッ! カシャカシャッ!

 そうめんを撮るときには、麺のコシと瑞々しさをいかに表現するかがポイントだ。
 鉄板系や鍋のように煙や湯気で熱を伝えるわけにはいかないし、パンケーキのように黄金色のトロトロシロップを上から垂らすわけにもいかない。
 
 ズズッ、チュルッと啜ったときの喉越しや清涼感を写真で伝えるには、とにかく美しさが勝負。

 使うのは透明なガラスの器。光の反射で素材を輝かせてくれる。そこに白くて細い麺を一筋の乱れなく美しく盛りつけて、上に透明な氷のカケラと緑のカエデの葉を一枚飾る。
 前方に赤い漆塗りの箸、後方にガラスの器に入った茶色いツユを置けば、目にも鮮やかな色のコントラストが浮かび上がる。

 そして仕上げが水だ。

「ツヤをお願いします」
「はい!」

 女性アシスタントが麺に筆で水を塗る。
 最後にスポイトでカエデの葉の表面に慎重に水滴を垂らせば、『瑞々しさ』の出来上がり。

 カシャカシャッ! カシャッ!

「お疲れ様でした〜。次はラーメン店に移動で〜す」

 ――今日は麺続きだな。まあ、湯気と具があるだけそうめんよりは表現しやすいか。

 朝から晩まで食べ物、食べ物、食べ物。
 食べ物の写真をひたすら撮って撮って、撮りまくる……ただ、それだけ。

 ――撮りてぇな……外の景色を……生き物を……。

 * * *

 カチャッ……キ……パタン。
 鍵の開く音がして、ドアがひらいて、閉まって。

「ただいま〜!」

 俺がリビングの隅のコンピューターデスクでパソコンに向かって作業をしていたら、後ろから背中に全体重をかけてのし掛かられた。

「写真の編集? あっ、ラーメン? 美味しそうだね。 私たちも今夜はラーメンにしようよ」

 パソコンの画面を覗き込みながら、彩乃が耳元で甘えた声をだす。

「今夜はそうめん。冷蔵庫に薬味と麺が入ってるから食えよ。 あと、あまりデカくない胸を押しつけてくるのはやめてくれ。貧乳でも反応して勃っちゃうから」

「もうっ、失礼だな! これでも公称Cカップあるんだからねっ!」
「あるある詐欺だな」

「ひっど〜い! 寄せて集めればギリでCカップになるんだから! ちゃんと谷間だってできるんだよ」
 ますますムギュッと胸を押しつけられる。

「ほんっとやめて。今日中にこの作業終わらせたいから」

 クルリと椅子を回して振り返れば、彩乃が待ってましたとばかりに俺のひざに横座りして、首に両腕を巻きつけてきた。

「やっと雄大と目が合った……」
 彩乃はコツン……とオデコを合わせて、何かをせがむように至近距離からジッと見つめてくる。

「……ごめん。お帰り、お疲れ様」
 口の端で笑ってチュッと短く口づけてやると、彩乃は満足したのか漸く立ち上がった。

「へへっ、ただいま。シャワー浴びてくるね。そうめん楽しみ〜」

 現金なもので、彩乃はキスひとつであっさりと機嫌をなおし、ヘラッと表情を崩して寝室に着替えを取りに向かう。
 まったく、俺のお姫様は自由で甘えん坊だ。

 ――くっそ、ちょっと()っただろうが。

 これは、彩乃が出てきたら絶対に仕事にならないな。

「爆速でとっとと終わらせるか」
 エコーがかかった下手くそな鼻歌とシャワーの音をBGMに、俺は慌てて画面に向きなおった。