思い出さなければよかったのに

「よっしゃ、ケーキ食うか。あっ、そのまえにケーキとシャンパンの写真を撮らせて」

 部屋の隅からカメラバッグを取ってきて、大きめなズッシリしたカメラにレンズを装着する。

 この頃、俺が仕事でよく使っていたのがN社の単焦点レンズ。
 ズーム機能が無いからピントを合わせるために自分自身が動かないといけないけれど、接写ができるし背景をいい感じにボケさせることができるので、料理の美味しさ、所謂(いわゆる)『シズル感』を表現しやすいのが気にいっていた。

 パシャッ、パシャパシャッ!

 フードフォトグラファーの実力発揮とばかりに、グラスの位置を変えながら、洒落た構図で写真を撮っていく。

 普段彩乃を撮っている一流カメラマンには敵わないけれど、食べ物の撮影に関しては一応プロだ。
 少しカッコつけて、「ここじゃ、ライティングが今ひとつだからなぁ〜」なんて言ってみたりしながら、右に左に動いて何枚も写真を撮っていく。

 満足してカメラを片付けようとしたら、彩乃に「私も撮ってよ」と言われて手を止めた。

「これは……仕事用だから。おまえのスマホで撮ってやるよ、ほら、貸して」

 彩乃は差し出した俺の右手をジッと見て、それから俺の顔へと視線を移した。

「雄大さ……今の仕事が好き?」

 真っ直ぐに瞳を射抜かれて、一瞬言葉に詰まる。
 部屋の温度が一気に下がった気がした。

「好きかって……まあ、いろんなお店に行っていろんな食べ物の写真を撮るのは楽しいよ」
「そういうことじゃなくて、好きかどうかって聞いてるの」
「……別に嫌いじゃないよ。なんだよ、そんなのどうでもいいだろ? 早くケーキを食べようぜ」

 話を続けたそうな彩乃を遮って、俺はお皿とフォークを手に持つ。

 ――なんだよ、俺の心を覗くなよ。
 ――全部お見通しって顔をするなよ。

「イチゴ食べないなら、俺がもらうぞ」
「あっ、ヒドイ! 私がイチゴを最後まで取っておくって知ってるくせに!」
「ハハッ、美味いな」
「もうっ!」

 俺が無理やり話題を変えて、アイツはそれを追求することなく俺に合わせて。
 はしゃぎながらも、さっきまでとは違って、どこかシラけたような空気が漂っていて。

「冷凍庫にダッツの抹茶アイスが買ってあるぞ」
「それじゃ、許す」
「ふはっ、単純」

 自分がそう仕向けたくせに、俺を責めない彩乃にイラついてもいて。
 だけど本当にムカついていたのは、俺自身の不甲斐なさにで。

 ――だってそんなの、仕方ないだろう?

 俺はおまえや成瀬先輩とは違うんだよ! 誰もがやりたいことをして食ってけるわけじゃないんだよ!
 カッコ悪くてもダサくても、生きていくために夢を諦めなきゃ、しょうがないんだよ!

 ――簡単に俺の未練を掘り起こすなよ!

 俺は喉元まで迫り上がってきた言葉をグッと呑み込んで、貼り付いた笑顔でシャンパンを飲み干した。