思い出さなければよかったのに

「彩乃、食レポしてみろよ」
「ええっ!」
「これからそういう仕事がくるかもしれないだろ。練習しておかないと」

 俺の無茶振りに、彩乃はコホンと一つ咳払いをしてから背筋を伸ばす。それからテレビ向けの可愛い子ぶった笑顔で食レポを開始した。

「え〜っと……わぁ〜っ、生地がフワフワで柔らかいですね。ソースが甘過ぎなくて美味しいです!」
「下手くそかっ! ソースのくだりは俺のパクリだし」
「雄大が急に言うからじゃない」
「そんなの即興でできなきゃ駄目だろ」

 そんなふうにじゃれあいながらお好み焼きを完食したあとは、彩乃が買ってきたコンビニの小さなモンブランケーキにロウソクを立てて、俺が吹き消す。俺はイチゴよりもモンブラン派なのだ。

 今日は俺の二十四歳の誕生日の前夜祭。
 本当は誕生日当日も一緒にゆっくり過ごせればいいんだけど、残念ながら明日は彩乃の帰りがかなり遅くなるらしい。
 だから今夜だけでも一緒に祝おうと彩乃が言ってくれて、平日にもかかわらず俺が泊まりにきたというわけだ。

「はい、誕生日プレゼント。開けてみて」
「ありがとう」

 彩乃から渡された長方形の箱を開けると、中からペアのマグカップがでてきた。
 白地にピンクのハート柄と、白地に水色のやつ。

「うわっ、ベタだな」
「まずは『ありがとう』でしょ」
「ありがとうございます……って、マグカップは俺が彩乃の誕生日に贈るんじゃなかったっけ?」

 俺の誕生日が九月十日で、彩乃が十月二十五日生まれ。そろそろプレゼントを買わなきゃと考えていたのに、これじゃあ何を贈ればいいのかわからない。

「私ね、リクエストがあるんだ……」

 チロリと上目遣いで言われてドキンとする。
 彩乃がこんな目をして甘え声をだすときは、大抵おねだりか無茶振りだと決まっているのだ。

「俺、でっかいダイヤの指輪とか無理だぜ。めっちゃ小粒か偽物ならどうにかなると思うけど」

 前もって牽制すると、彩乃は頬をぷっくりと膨らませて拗ねた顔をした。

「違うって、そんなんじゃないよ!」
「じゃあ、何だよ」

「………が欲しいな…」
 小声でゴニョゴニョ言ってるけど聞こえない。

「えっ、何?」
「……鍵」
「えっ?」
「雄大のアパートの合鍵が欲しいです!」

 よろしくお願いします! ……みたいに両手を差しだして頭を下げられたけれど、正直俺は困ってしまった。

 俺が住んでいるアパートは駅から徒歩十五分のワンルームで、セキュリティーは甘々だし部屋への出入りも道路から丸見えだ。
 そんなところに芸能人が現れたらすぐに噂になってしまうし、第一危険極まりない。
 彩乃が一人でいるときにストーカーにでも襲われたらどうするんだ。

「それは……マズいだろ」
「だって、もっと一緒にいたいよ」

 俺達が会うのは、彩乃の部屋かホテルか実家だと決まっていて、それもほんの限られた時間だけ。
 しゅんと肩を落とす彩乃が可哀想だとは思うけれど、これも彼女のためだ。仕方ない。

「それじゃあさ、次のお願い」
「今度は実現可能なヤツな」
「それは雄大次第だよ」
「怖っ」

 彩乃はまたしてもチロリと上目遣いをして……。

「一緒に住みたい」
「はぁ?」

 こいつなに言ってんだと口をあんぐりさせている俺に、彩乃は猛烈アピールを開始してきた。

「ねえ、同棲しようよ。そしたらもっと一緒にいられるよ。仕事から帰ったら家で可愛いモデルさんが待ってるよ。サービスしちゃうよ、お得だよ」

 クリッとした大きな目をパチパチ瞬きさせながら、両手で俺の腕にしがみつき、胸をグイグイ押しつけてくる。

「ハハッ、サービスって……おまえはデリヘル嬢かっ」
「私といたらデリヘル嬢も必要ないよ」
「そんなの呼ばねぇし」

 ――だけど……。

「俺も、彩乃ともっと一緒にいたいな……とは思うよ」
「でしょっ?」

 股間に血液が集まっていくのを感じながら、俺は頭の中で引越し費用や貯金残高を素早く計算する。

「……ブランドもののアクセサリーをプレゼントするのが先延ばしになるぞ」
「そんなのいらないよ!」
「それじゃあ……」

「一緒に住むか」と俺が言った途端、彩乃が勢いよく抱きついてきた。
「やった! 雄大、愛してる!」

 ハニートラップに陥落の瞬間だ。
 俺はソファーの上で彩乃に押し倒されて、顔中にキスの雨が降ってきて。

 俺の二十四歳の誕生日プレゼントは、ペアのマグカップと可愛い彼女のたっぷりのサービス。
 両方とも俺と一緒に新しい部屋に引っ越しすることになった。