思い出さなければよかったのに

 カシャッ! カシャッ!

「それじゃ、箸上げをお願いします」

 お好み焼きを撮影するときのポイントは、ソースと湯気とかつお節だ。

 鉄板に垂れてジューッと香ばしい音を立てるソースの照りと、湯気でユラユラ踊るかつお節。
 俯瞰(ふかん)と三角構図の両方でできたての状態を撮ったら、次は箸を入れた瞬間にすかさずシャッターを切る。
 
 フワリと上がる湯気をカメラにおさめるには、スピードが命。
 焼きたて熱々の、ハフハフほふほふ感がレンズを通じて表現できれば大成功だ。

『写真家』として芸術作品を生み出すことができなくても、『カメラマン』として写真に携わることはできる。
 約三年間にわたるアシスタントカメラマンを辞めた俺は、その年の春に上京し、広告用の写真を手掛ける会社に就職した。
 俺はそこで『フードフォトグラファー』として料理の写真を撮る仕事に就いた。いわゆる『商業カメラマン』というやつだ。

 朝から晩まで食べ物の写真をひたすら撮りまくる。
 求められるのは、いかに美しく、いかに美味しく見せるかのみ。そこには撮影者の個性も主義主張も必要ない。
 写真を見た相手にゴクリと唾を飲み込ませることができればそれでいい。

 今の会社に就職して約半年。最初は勝手がわからず戸惑いもしたけれど、(ようや)くコツが掴めてきて、自分のペースで動けるようになってきた。

 何よりちゃんと休みがとれるし人間らしい生活がおくれるのがありがたい。
 給料も人並みに貰えるようになって、少しずつだけど貯金もできている。

 やり甲斐があるかと言われたらよくわからないけれど、少なくとも常に焦燥感に駆られていたあの頃よりは、心が穏やかでいられる。
 逃げかもしれないが、それでいいと思っていた。

「うわぁ〜、このお好み焼き、フワフワしてて美味しいね」
「だろっ? ソースも甘過ぎなくてさ」

 今日は仕事終わりに彩乃のアパートに寄って、俺が買ってきたお好み焼きを一緒に食べている。
 二個のうち一個は撮影先の店主がサービスしてくれた。

 時刻は午後九時過ぎ。夕飯を食べるには遅すぎる時間だけれど、彩乃が帰って来るのは夜中過ぎも珍しくないから、まあ、こんなもんだ。