思い出さなければよかったのに

 * * *

「おい、ライト一個増やして」
「はい!」
「バカヤロー、そっちじゃねえよ! こっち側に置くんだ!」
「はいっ!」

 アシスタントカメラマンの仕事は過酷だ。
 先輩アシスタントのいうことは絶対で、カメラマンは神様。
 カメラマンが作りたい世界を創造するために、使徒である俺達はスタジオ中を駆けまわる。

 アシスタントカメラマンになって三年目。この辺りで大抵の人は自分の将来の岐路に立たされる。
 優秀なカメラマンに取り入って新しいスタジオに移る者、一歩踏み出して独立する者、才能に見切りをつけて他の仕事に就く者……。

 先月、二十九歳の先輩アシスタントが辞めていった。ウェブ広告を扱う会社に転職するらしい。
 彼は大学を卒業してから七年間、アシスタントの仕事をしながら様々なコンテストに写真を応募してきたが、残念ながらチャンスを掴むことができなかった。

『――木崎君はさ、彼女とかいるの?』

 居酒屋でのささやかな送別会の席。
 その先輩から唐突に聞かれた質問に、俺は幼馴染の彼女がいると正直に答えた。

『早いとこハッキリしないと捨てられるぞ』

 真剣な表情にビビっていると、彼は泣き上戸なのか、目を赤く潤ませながら無念さを延々と語りだす。

 付き合って五年になる、同じ歳の彼女がいる。
 薬剤師の彼女は、カメラアシスタントの過酷さも貧乏も理解してくれて、ずっと支え続けてきてくれたという。

『最近さ、溜息が増えたんだよ』

 彼女は嫌味を言うでも愚痴るわけでもない。
 だけどぼんやりとテレビの画面を見つめながら、頬杖をついて深い息を吐く。

『俺がこの溜息を吐かせてるんだよな。いつまでこんな顔させてるんだろうな……って思ったら、いたたまれなくてさ』

 だから、三十歳を前にケジメをつけることにしたのだそうだ。