思い出さなければよかったのに

「マジか……」
「うん、マジ。 姉ちゃんの母校でCM撮影だって。もう噂が広まってるよ」
 俺は晴人を家に招き入れ、詳しく話を聞くことにした。

「高校のダンス部とのコラボだってさ」

 若者をターゲットにした炭酸飲料のCMキャラクターに、彩乃が抜擢された。
 コンセプトは『弾ける泡、弾ける青春』。
 ドリンクに三種類のテイストがあることから、三種類のダンスで三種類のCMを製作する。

 出演は彩乃と高校ダンス部。
 そして宣伝用のスチール撮影を手掛けるのが、人物の美しい一瞬の表情を見事に捉えることで定評のある、新進気鋭のカメラマン成瀬駿、その人だ。

「大手の仕事だから事務所の社長は大喜びらしいけど、姉ちゃんは雄大が気にするだろうからって、あまり乗り気じゃないみたいだった」
「ハハッ、まさか。俺はそこまで小っさい男じゃないっつーの。よかったじゃん、CMに出るなんて」
「……だよな。姉ちゃんが浮気するとかありえないし」
「……だろ? 俺は彩乃を信じてるし、成瀬先輩だって今は彼女の一人や二人いるんじゃねーの?」

 そう言って乾いた笑いで誤魔化したけれど……そんなの嘘ばっかだ。
 俺は小っさい男だし、成瀬先輩の存在もめちゃくちゃ気にしてる。胸がモヤモヤジリジリして、苦しくて仕方がない。

 その夜、彩乃からも電話があった。

『――今度、成瀬先輩と一緒に仕事をすることになったんだけど……雄大、嫌だよね……』
「何でだよ、そんなの仕事だろ?」
『うん、そうなんだけど……』
「大丈夫だって。せっかくのチャンスなんだ、頑張ってこいよ。応援してるからな!」

 彩乃にはカッコつけてそう言ったけれど、本音じゃそんなの嫌に決まってる。

 でもさ、俺が嫌だって言ったって、どうしようもないだろう?
 俺がそんな仕事を引き受けるなって言って、彩乃が言うことを聞いて断って……そんなの駄目に決まってるじゃないか。
 それこそ俺がアイツの足を引っ張ることになる。

 だから平気なフリして明るい声を張り上げた。

『成瀬先輩によろしくな!』

 地元の星の陰で全く輝けていない平凡な男の、精一杯の痩せ我慢だった。