思い出さなければよかったのに

「──姉ちゃんが成瀬先輩と仕事することになったよ」

 彩乃の弟、晴人から衝撃的な事実を告げられたのは、俺が社会人三年目、二十二歳の四月下旬。
 その日、俺が仕事から帰って家で夕飯を食べていると、晴人が何の前触れもなくやってきたのだ。

 当時晴人はK大の学生で、キャンパスが横浜の日吉にあったため、大学には家から通っていた。
 俺達はお互い忙しくてゆっくり会う機会が減っていたものの、顔を見れば立ち話をしたし、俺が知らない彩乃の仕事情報を教えてもらったりもしていた。

 彩乃は俺が彼女のグラビア仕事を快く思っていないのを知っているから、その手の撮影については語ろうとしない。
 だけどたまにタチの悪いカメラマンにお尻を触られたりもするらしく、弟の晴人を相手に電話で愚痴ったりしているらしい。

 それを俺がこっそり晴人経由で聞いているというわけだ。

 正直そんな話は不快なだけだし聞きたくもないけれど、彩乃のことならどんな些細なことであれちゃんと知っておきたい。
 頑張っているアイツにグラビア撮影を断れなんて言えないし、実は晴人から聞いて知ってるんだとも言いたくない。彩乃だって聞かれたくないだろう。

 だから俺は、そういう話を聞いてから彩乃と会うときには、思いっきり甘えさせてやることにしているんだ。
 ホテルのベッドでアイツの全身余すことなくキスをして、指先で優しく触れてトロトロに蕩けさせて。

『彩乃、おまえはよく頑張ってるよ。偉いな』
『彩乃は俺の自慢の彼女だよ』
『おまえが人気者でもそうじゃなくても、雑誌で見せてるような笑顔じゃなくて膨れっ面でも、俺はおまえのことを愛してるからな』

 普段は照れて言えないようなクサい台詞も、二人きりのベッドの上では口にすることができた。
 そんなときの彩乃は目尻をフニャリと下げて本当に嬉しそうで、その笑顔を見たら、俺もまた頑張ろうって思えたんだ。

 そしてその情報源である晴人が玄関に入って開口一番に告げたのが、冒頭のセリフだった。

 ――彩乃が成瀬先輩と仕事をする……。