思い出さなければよかったのに

「――ほんと、タチが悪いよな」
「えっ、何か言った?」

 あのときのやりとりを思い出して苦笑する俺に、彩乃が不思議そうな顔をした。
 俺が愛機D7500を片手に腰を上げると、彩乃も一緒に立ち上がる。

「おまえ、今回はいつまでいられるの?」
「明日の午前中には帰らなきゃ。午後から撮影」
「そうか……」
 左手首の腕時計に目をやると、午後二時過ぎ。

「ねえ、ホテル、行く?」
 そういって彩乃がチロリと上目遣いに見つめてくる。

「今からかよ。まだ明るいぞ」
「今じゃなくてもいいけど、ここじゃ無理だし、うちには晴人がいるし、イチャイチャできないじゃない」
「そりゃあ、そうだけど……」

 どうしようかと考えながらカメラを構え、カシャカシャッ……と、花に止まっている蝶を撮っていたら、「私も撮ってよ」と言われた。

「雄大が自分のお金で買った、その新品のカメラでさ、私を撮ってほしいな〜」
「一眼レフじゃ撮らないよ」
「なんでよ、ケチ」
「おまえのスマホでなら撮ってやる」
「ちぇっ」

 これは俺達のお約束のやりとり。
 スマホのカメラで普通に記念写真として撮るぶんには構わない。けれどアート作品としては彩乃を撮らない。撮りたくないと思っていた。

 だってさ、彩乃はプロのカメラマンに写真を撮ってもらってるんだぜ ?
 ド素人の俺が撮ってどうするっていうんだよ。
 
 ――それに……俺の脳裏に映るあの彩乃が、いつまでも残像となって、消えないんだ。

 高一の夏のおまえの最高の一瞬。
 文化祭に飾られていた、『成瀬先輩の撮った彩乃』の写真。

 俺がおまえを撮ってみて、先輩が撮ったあの一枚に負けていたら……俺の自尊心はズタズタに傷ついて打ちのめされて、二度とカメラを手にできなくなるに違いない。

 勝てる自信がなかった。怖かった。
 臆病な俺は、ただ理由をつけて逃げていたんだ。

 だけどさ、彩乃。
 それでも俺は、あの人のあの一枚をどうしても超えたかったんだ。

 おまえを誰よりも綺麗に撮りたかった。
 それができるのは俺なんだって、心からそう思える日まで……そんな意地を張っていた俺を、おまえはずっと待っててくれたんだな。

 カシャッ!

 おまえのスマホのシャッター音は、やけに軽くて小さくて……
 やっぱり俺は、存在感のあるN社のシャッター音のほうが好きだな……と思った。