思い出さなければよかったのに

 俺は高校卒業後、地元、横浜のカメラマンの専門学校生となり、先輩に紹介してもらった写真スタジオでアシスタントのアルバイトをしていた。

 彩乃は東京のモデル事務所に所属していて、今ではファッション誌の表紙を飾るかたわらタレントみたいな活動もしている。そこそこの売れっ子だ。

 高校三年の夏、部長の彩乃率いるダンス部が、『高校生ダンス選手権』で初優勝を果たした。
 同時に彩乃は『千年に一人のエンジェル』と騒がれて、いくつものタレント事務所からスカウトが訪れるようになる。

 そのときも、今みたいに二人で並んで縁側に腰掛けて、将来の話をした。

『—— ねえ雄大、私、どうしたらいいと思う?』
『……せっかくスカウトにきてくれてるんだ。嫌じゃなければ話を受ければいいんじゃないの?』

 相変わらず素直じゃなかった俺。
 だけどそんなの彩乃にはお見通しで……。

『そんな強がり言っちゃって。本当は寂しいくせに』
『寂しくたってさ……おまえの夢を邪魔するわけにはいかないだろ?』
『夢?』……と言って、彩乃が首を傾げる。

『だってさ、ほら、おまえ小さいときからアイドルの真似してお玉を持って歌ったりしてたじゃん。アイドルになりたかったんだろ? ダンスをはじめたのだって……』

『そりゃあ、アイドルに憧れはしたけれど……あれは雄大が褒めてくれたから……』
『えっ?!』

『ほら、私がアイドルの振り付けを真似て歌ってるとさ、雄大が手拍子してくれて、最後にパチパチパチって拍手してくれたじゃない? それが嬉しかったんだよね』

 ――えっ、そうだったのか?!

 まさかの俺が、彩乃がダンスをはじめた理由……ひいてはスカウトされるきっかけになったとは。
 よくやった、俺! と褒めるべきか、余計なことをしやがってと叱るべきか……。

『ふ〜ん、そうだったのか』
『そうだったんです』
『でもさ……おまえ、タレントとか向いてると思うよ。人前でも堂々としてるし、ダンス上手いし……可愛いし』
『へへっ、彼氏に可愛いって言われた〜』
『うるさいわっ! ……でも、彩乃はマジで可愛いしモテるからさ、そりゃあ心配だけど……信じてるから』
『……うん、信じてて』
『うん。信じてるから、頑張れ』

 日差しで熱くなった板張りの縁側で、どちらともなく指を絡めあった。

『雄大、私の夢はね……純白のウエディングドレスを着て、花嫁さんになることだよ』
『そっか……』
『うん、そうなんだよ』

 俺が花嫁さんにしてやるよ……って、あのとき冗談めかしてでもサラッと言ってやれたらよかったのにな。

 俺はいつでも臆病で、自信がなくて。
 遠く先を進んでいるあの人への対抗意識と憧れと嫉妬を拗らせていて。
 そのくせ『いつかは俺だって』なんて妙な自信だけ燻らせていて……。