思い出さなければよかったのに

「そんなの……嫌に決まってる」
「雄大……」
「俺の隣にはずっと彩乃がいてほしいし、おまえの隣にいるのも俺がいい。……俺じゃなきゃ嫌だ」

 俺はそう言いながら、膝に置かれていた彩乃の両手をグッと握りしめる。
 こんなふうに手を繋ぐのなんて、何年ぶりだろう。小さい頃は当たりまえみたいに手を繋いで歩いていたのに……。

 ――いや、今大事なのは、そんなことじゃなくて!

 だから俺はゴクッと唾を飲み込んで、背筋を伸ばす。

「俺、彩乃が好きだ」
 途端にグニャッと崩れる彼女の表情。

「俺は彩乃とただの幼馴染じゃなくて、カレカノになりたい。俺と付き合って」
 彩乃の大きなクリクリの瞳から、宝石みたいな涙の粒がポロポロと零れ落ちた。

「もっと早く言え、馬鹿」
「うん、ごめん……俺が馬鹿だった。フラれたら幼馴染でもいられなくなると思ったら、怖くて言えなかった。ヘタレだな」
「うん、雄大がカッコつけのヘタレだっていうのは知ってる」
「うるさい、黙れ」

 彩乃がヒックとしゃくり上げながら泣き笑いの顔になるのが可愛くて、愛しくて……。
 咄嗟に頬にキスをしたら、彩乃が驚きで目を見開いて、トマトみたいに真っ赤になった。

 ――可愛いな……。

 そう思ったら自然に顔を近づけていた。

 彩乃が瞳を閉じる。長い睫毛が震えていた。
 俺も震えていたかもしれない。だけどそのあたりのことはよく覚えていない。

 記憶にあるのは、フニッとした柔らかい唇と、背中に回されたアイツの手。
 生まれてはじめてのキスがあまりにも気持ちよくて、その後も二度三度とチュッ、チュッと薄い唇を啄んだ。

 頭がフワフワして、だけどカッカと熱くて……夢中になってキスを続けていたら、階段の下から母さんに呼ばれてパッと離れる。

「ヤバい……彩乃の唇、めちゃくちゃ柔らかかった」
「馬鹿っ!」
「またキスしたい。もっとキスしたい」
「もうっ、本当〜に馬鹿!」

 彩乃が俺の頬にチュッとキスをした。
 自分からしてきたくせに、トマトみたいだった顔がとうとう完熟トマトになった。

 俺は完熟トマトの頬に手を添えて、もう一度ゆっくりと顔を近づける。
 今度は長めに唇を重ねてからクスッと照れ笑いをして、俺達は手を繋いで一緒に階段を下りていった。
 
 その日が、俺たちが幼馴染からカレカノにトランスフォームした記念すべき日。
 それから毎年、俺たちのスマホのカレンダーには、『トランスフォーム記念日』が表示されることになった。