思い出さなければよかったのに

 * * *

 二日間にわたる文化祭の最終日、成瀬先輩が彩乃を呼び出して二人で消えたと、どこからともなく噂が流れてきた。

『これはもう決まりだな』
『学校一の美男美女カップルの誕生か』
 皆がその流れが当然だというように盛り上がり、そのうち何名かは俺に同情の目を向けてくる。

 イケメン彼氏の登場で、彩乃の送迎の役割も、一緒に並んで歩く権利も奪われた惨めな幼馴染。
 当たっているだけに笑えない。
 いや、俺は動揺していないフリをして、無理矢理笑顔を作ってみせたけれど。

 文化祭の後片付けが終わると、俺は一人で家に帰って二階の部屋に籠もった。

 ――彩乃は今頃先輩と二人で……。

 ベッドに仰向けになりながら頭の後ろで腕を組む。
 二人は何をしているんだろうと考えたところで、首を勢いよく横に振って、頭にその光景が浮かぶのを必死で阻止した。

 ――今日は俺の失恋記念日だな。
 失恋というにはお粗末な、古びて湿気った花火みたいな恋。

「馬鹿だ……俺」

 こんなことになるのなら、もっと早くに想いを伝えておけばよかった。
 いや、言っていたら仲良しの幼馴染ではいられなかっただろう。だから仕方がなかったんだ。

 ――本当に?

 本当に仕方がなかったのか?
 ちゃんと「好きだ」と言えていたなら、少なくとも今こんなところで不完全燃焼な気持ちを燻らせてはいなかったはずじゃないか。

 先輩は俺の目の前で彩乃にモデルを依頼して、夏休み中ずっとアイツの近くにいた。そして恐れることなく真っ直ぐに彩乃に想いを伝えた。
 正々堂々と、勇敢に。

 ――どうして俺はそれをしなかったんだ !

「くっそ〜」

 目の上で両腕を交差させると、顔を覆って唇を震わせる。
 そのとき、トントン……とノックの音がして、返事もしないうちに勢いよくドアが開け放たれた。

「えっ⁉︎」

 部屋の入り口には怒った顔の彩乃。
 肩で息をしながら、「馬鹿っ! どうして先に帰っちゃうのよ!」とズンズン部屋に入ってきて、ベッドの横で仁王立ちになる。

「どうしてって……だっておまえは、先輩と……」

 身体を起こして必死で弁明すると、彩乃がベッドによじ登ってきて、布団の上でちょこんと正座した。釣られて俺も正座する。

「私……先輩に付き合ってって言われた」
「……うん」

 ――ああ、やっぱりな。

「私、ごめんなさいって断ったよ」

 ――えっ⁉︎

「ふ、ふ〜ん、そうか……。あんなイケメン滅多にいないのに、勿体ないことしたな」

 愚かな俺は、内心嬉しくて仕方なかったくせに、格好つけて意地を張って……。

「雄大は、私が先輩と付き合ったほうがよかった?」
「それは……」
「少しも焦らなかった? 私が先輩と付き合ったら嫌だって、ほんの少しも思わなかった?」

 彩乃にズイッと距離を詰められて、膝と膝がぶつかる。至近距離からジッと見据えられた。

「私は……雄大がほかの女の子に告白されたら、めちゃくちゃ焦るよ。その子と付き合うって言ったら……一人でこっそり泣くよ」
「彩乃……」

  ああ、俺って本当に駄目ダメだな。

 いつだって勇気を出すのはおまえが先で。
 プライドだけは一人前だった俺は、そんなおまえに甘えてばかりで素直じゃなくて。

 だけど、ここまで言われたらもう誤魔化せない。
 ……っていうか、女の子にここまで言わせて動かなかったら男じゃないだろう! 今の時点でもかなりダサいけど。

 だから俺は勇気を振り絞って、目の前で瞳を潤ませている幼馴染を真っ直ぐに見つめた。