思い出さなければよかったのに

 夏休みの終わり。
 成瀬先輩が撮った彩乃の写真が、『高校生フォトコンテスト』で金賞を受賞した。

 全国の高校生を対象に開催されるその写真コンテストは、毎年夏休みのあいだにおこなわれ、夏の終わりに結果発表される、カメラ版甲子園だ。
 我が校の写真部は全員そのコンテストへの応募が義務づけられていて、今年入賞を果たしたのは我が校からは成瀬先輩ただ一人だった。

『君の青春』と題されたその写真は、ダンスの練習風景の一瞬を切り取った一枚。
 明るい太陽の下で彩乃の汗と笑顔の煌めく、キラキラした美しい写真だった。

 先輩は夏休みのダンス部の練習に何度も足を運び、ひたすら彩乃を撮り続けていたらしい。
 ときにはお礼だと言って差し入れを持参し、ときにはファミレスで夕食を奢って、そのまま家まで送っていって……。

 一度だけ、先輩が彩乃を家まで送ってきた場面に出くわしたことがある。
 俺がコンビニでオヤツを買って帰ると、隣の彩乃の家の前で二人が立ち話をしていた。

 先輩が何か話して、それを受けて彩乃が楽しそうに笑って。
 そんな彩乃を見つめる先輩の目が優しくて愛しげで、『ああ、先輩はアイツのことが好きなんだな』っていうのが丸わかりで。
 二人が美男美女でお似合いすぎて、自分が邪魔者に思えて……すぐそこにある自分の家に向かうことができなかった。

 俺はコンビニの袋を片手にぶら下げて、少し離れた通りの隅で突っ立ったまま、彩乃が先輩に見送られて玄関に入っていくのを黙って見つめていたんだ。
 
 そんな二人が周囲で噂にならないはずがない。
 夏休みが終わって学校が始まったころには、成瀬先輩は彩乃狙いだと、二人が付き合うのは時間の問題だと、学校中の噂になっていた。

 九月の文化祭では、写真部の展示のメインはもちろん成瀬先輩の作品。
 部室の壁一面に飾られた写真パネルのど真ん中で、彩乃の写真はキラキラと眩しい笑顔を振り撒いている。
 それを見ながら俺は黙って立ち尽くしていた。

「この写真……どう思う?」
 展示を見つめていた俺の隣で声がした。
 顔をそちらに向けなくたってわかる。俺の右隣に立ったのは、この写真を撮った文化祭の主役で、学校の王子様だ。

「……いい写真ですね」
 俺は前を見たまま平静を装って答える。

「うん、僕の渾身の一枚」
「そうですか……」
「いい笑顔だろ?」
「……最高の笑顔ですね」

 隣でフッと微笑んだ気配がしてから、先輩は背中を向けて歩きだした。
 そのまま立ち去るかと思ったら、不意に足音が止まる。

 ――えっ?
 思わず振り返ると、こちらをジッと見据えている真剣な瞳と目が合った。

「木崎君、僕は森口さんに告白するよ」

 ドクン!
 心臓が鷲掴みされたかと思った。

 先輩が彩乃に好意を持っているのは周知の事実だ。いつかこうなるだろうと予想もしていた。
 そのくせ、実際それを目の前に突きつけられた途端、俺は動揺のあまり何も言えなくなる。
 いや、言えたのはたった一言。

「そうですか……」

 きっとみっともなく震えていたであろう俺の言葉を気にするでもなく、先輩はクイッと片方の口角を上げてヒラヒラと右手を振りながら廊下に出ていった。

 ――くっそ……。

 負けた……と思った。
 馬鹿だよな、勝負もしていないくせに負けただなんて。
 傷つく勇気も無いヤツに、傷ついた顔をする権利なんて、これっぽっちもないのに。
 弱虫な俺は闘うことさえせず、ただただ敗北感に打ちのめされていたんだ。