ベア太郎をこの世界に誕生させたのは、母さんだ。コピー用紙に色鉛筆で描かれたベア太郎は、ホチキスで綴じられたわずか数枚の世界の住人でしかなかった。
絵本作家だった母さんが大勢の子どもたちではなく、俺だけのために作った物語。立派に製本された本たちよりも、指で擦れていく頼りない絵が、端がすぐに折れてしまうそれが、俺にとってはなにより大事だった。
「もっと読みたい」と言えば、三日待たずに新作が届き、ベア太郎には森の仲間が増えていく。どう見ても赤いクマでしかないのに「ベア太郎は妖精です」と必ず書かれていて、幼心に「いつになったらベア太郎の背中に羽が生えるのだろう」と勝手に期待していた。当時の俺にとって「妖精」は羽が生えた小さな生き物だったから。
ベア太郎は森の仲間とリンゴをとったり、迷子の子どもを助けたりするものの、これといって妖精らしさを発揮しないまま手作りの本は二十冊を超え、父さんの手によってアニメーションの世界へ旅立っていった。
そう、あれは旅立ちだ。俺と母さんだけのベア太郎から、顔の見えない誰かのもとへベア太郎は飛んでいったのだから。でも、ベア太郎に生えたのは羽ではなく翼だった。ベア太郎は、俺が思うよりもずっと早く遠くへ行ってしまったから。
おかげで狭いアパートから立派な一軒家に引っ越し、ゲーム会社を退職した父さんが自分の会社をつくるまでになったわけで。
ベア太郎は俺たち家族にとって幸運をもたらす妖精だった――四年前、母さんに病気が見つかる、あのときまでは。



