ヤクシニーの愛

「合コンが流れたのは残念だけど、今は警察が翔太くんを捜してくれるのを待つしかないわね」

 親友がいなくなって悄然としている俺に、母は夕食を作りながら言う。

「合コンなんてどうでもいいんだけど……」

 由美と連絡がつかなくなったのも、今となっては正直どうでもいい。

 彼女より親友が行方不明になったほうが、俺にとっては重大事件だからだ。

「今日、翔太くんのお母さんの所に行ったけど、ガックリきているみたいね。私は一緒にお茶をして話を聞くしかできないけど……」

「翔太の母さん、なんて言ってた?」

 俺が尋ねると、母は首を横に振る。

「心当たりはまったくないから、ちっとも分からないって。恐いわね。智也も気をつけるのよ」

「ああ……」

 外では雨がザアザアと降っている。

 梅雨時期になってこのところ雨続きで、先日、母もカッパ姿で帰宅した。

 スーパーに買い物に行くぐらいなら、車だし傘で済むだろうに、服が濡れるのが嫌なんだそうだ。

「そういえば、こないだチャリを手入れしようと思って物置を開けたら、新しいロープとかブルーシートがあったけど」

「庭の手入れ用よ。要らない枝は剪定して、ロープで纏めて捨てないとならないでしょ。大きな枝は細かくカットしないとならないし、葉っぱが飛び散ったりするから、ブルーシートはそのため」

「ご苦労さん」

 家は一軒家で、小さいながらも庭があり、母は時間があったら庭の花や木の手入れをしていた。

 会社で忙しく働く傍ら、家事もして庭の手入れもして、俺だったら絶対できない芸当だ。

「……そういえば、今年のお盆もお祖母ちゃん家には行かないの?」

「行かない。言ったでしょ。お母さん、お祖母ちゃんとは折り合いが悪いの」

 母は実母である祖母と仲が悪いらしく、二人には会った事がない。

 電話をしている様子もないし、メッセージやメールのやり取りをしている雰囲気もない。

 俺は家庭環境や友人に恵まれていて、人間関係のトラブルは味わった事がない。

 でも世の中、毒親という言葉もあるし、身近な人であっても関係を上手く構築できない人がいるのは分かっている。

 だから母に無理に祖母と仲良くしろとは言わない。

 けれど祖父母が生きているなら、もう七十、八十代になっていてもおかしくない。

 失礼だけど、いつ何が起こるか分からない年代で、突然の別れがあったとしても、母は後悔しないんだろうか、と心配になってしまう。

 母はトントンと野菜を刻みながら言う。

「お祖母ちゃんの事は好きじゃないけど、庭の手入れの方法はよく習ったわ。庭木も、やたらめったらに剪定すればいいんじゃなくて、忌み枝と呼ばれるものを剪定すればいいと教えてくれた」

「……忌み枝か。そういうのあるんだ」

「下向きになっている下り枝や、本来の枝分かれから逆向きに生えている逆さ枝、他の枝に絡んでいる絡み枝に、一箇所から沢山枝が生えている車枝。……幹から直接伸びている、ひこばえというものもあるわ」

「へぇ……、色々あるんだな」

「まっすぐ生えて、綺麗な花を咲かせてもらうには、邪魔になる枝はどんどん切るしかないの。最初は素人だから『せっかく生えたんだし』って罪悪感があったけれど、慣れれば断ち切る事に迷いはなくなるわ」

「そういう迷いのないところが、仕事に生かせてるのかもね」

「ありがと」

 母との会話に区切りがついたあと、俺はスマホを開いて翔太とのメッセージルームを開く。

 いつも通りのなんでもない会話をして、お互いに【またあとで】とスタンプを送って終わってる。

 翔太と交流があるという事で、俺も警察から話を聞かれたけれど、有力情報となるものは何も教えられなかった。

「この間は急な出張が入ってごめんね」

「別に。カップ麺食べたし、悠々自適と過ごせたよ」

「そんな物ばっかり食べるんじゃないの」

 呆れたように言った母は、ハンバーグのタネを捏ねる。

 母は料理が上手で、母の作るハンバーグは俺の好物だ。

「今日のハンバーグ、美味しいね」

「本当? いつもと違うスーパーで買った合い挽き肉なの」

 俺は赤ワインソースが絡んだ大きなハンバーグを平らげ、いつものように食後のアイスを食べてから、風呂に入った。



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