メリー・クリスマス ミクス・マーダー

 一家惨殺事件の遺児であり、ホラー作家でもある噛木戸沙羅(かみきどさら)は、遺作『メリー・クリスマス ミクス・マーダー』の出版後、自死した。

 ミクスは日本ではあまり聞き慣れない単語だが、近年主にイギリスで使われ始めた、ミスターやミズのように性差をつけない呼称だ。

 噛木戸が亡くなる直前、長年指名手配犯となっていた殺人鬼の男性、富坂葵(とみさかあおい)が逮捕された。

 富坂の居場所を通報した者は、匿名だったという。

 噛木戸の作品が大ヒットした事により、作品と噛木戸、富坂を結びつける者は後を絶たない。

 ネットには考察が飛び交い、富坂の生家から卒業アルバム、ありとあらゆる個人情報を晒す者も現れた。

 無人となった富坂の生家は、いたずらに踏み入る者たちによって荒らされ、肝試しスポットとなっている。

 噛木戸の自宅もほぼ同様だった。

 今までは噛木戸本人が暮らしていたが、その後事故物件となった家に住む者はおらず、心霊現象も頻発する事から、不動産会社でも持て余されているという。





「ねぇ、知ってる? ■■にある皆殺しの家。あそこで英語の【ジングルベル】を歌うと、ヤバイ事が起こるんだって」

「マジか。面白そー」

 夜、ファストフード店でたむろっている若者たちがそんな会話をし、軽薄に笑う。

「先輩が行った事あるらしいけど、警察が見回ってるって」

「だるー。でも、警察だって忙しいから、ずっといる訳じゃないでしょ? サッと行って帰ればいいんだから、いけるでしょ」

「よし、善は急げ!」

 一人の声を皮切りに、若者たちはドヤドヤと店をあとにした。



**



 彼らは無人の屋敷を前にして、さすがに雰囲気に呑まれたようだった。

 どっしりとしたレンガ造りの家は、豪邸と言っていい。

 しかし当然中に電気は灯っておらず、人の気配もない。

 若者たちは身軽に塀を乗り越えたあと、家の中を気にしながら壁に沿って進み始める。

「確かこの辺り、ガラスが割れてるはずなんだけど……。お、あったあった」

 一人が割れた窓に慎重に手を入れ、内側から鍵を開ける。

「おじゃましまーす……」

 家が放置されているせいか、窓を開ける時は抵抗が大きく、不快な金属音が立つ。

 若者たちはその音に悲鳴とも歓声ともつかない声を上げ、土足で屋内に入っていった。

 近年まで噛木戸が暮らしていたからか、室内は想像以上に綺麗だ。

 彼女が亡くなったあと、養父となった叔父が屋敷を管理していたが、遺品の整理をしたあと、しばらくして不動産会社に売却したとか。

「なんか思ってたのとちがーう」

「だなー。もっとボロボロかと思った。こんなんじゃ恐くねぇよ。つまんね」

「じゃあ、ついでに【ジングルベル】も歌ってみたら? 夏だし季節外れだけど!」

「ジングルベール、ジングルベール、ジングル……、なんだっけ?」

 一人が調子外れの声で歌を口ずさみ、続きを求めて仲間を振り返る。

 が、そこには誰もいなかった。

「…………は?」

 ガランとした屋敷の中には男が一人いるだけ。

「マキ? ソウタ? ダイスケ?」

 仲間たちの名前を呼んでも、誰も返事をせず、人陰すら見えない。

「……おい、洒落になんねぇって」

 男は半笑いになり、恐怖を押し隠した表情で窓に向かう。

 が、開けっぱなしにしたはずの窓はきちんと閉まっており、ガラスが割れていたはずなのに、まったくの無傷だ。

 男は顔を引きつらせ、きっちりと閉まってあるクレセント錠を見て歩みを止める。

 その時――。



 ジングルベール、ジングルベール、ジングルオールザウェーイ……



 遠くとも近くともつかない場所から歌声が聞こえ、男はブワッと鳥肌を立てる。

「おいっ! ふざけてんなら……っ!」

 振り向いた時、彼は()()()()()()

 闇に紛れて、五人の人陰が見える。

 来ている服が黒っぽいのは、夜闇に紛れているからではなく、べったりと赤黒い血がついているからだ。

 皆、一様に眼窩にぽっかりと穴を空け、幸せそうに笑っている。



「いらっしゃい」



 耳元で男とも女ともつかない〝誰か〟の声がし、ポンと肩が叩かれた。





 完