繋がらない電話番号


 一体いつから、電話番号が使えなくなっていたのだろうか。
 連絡先を交換した時は、まだ通じていたのだろうか。
 確かめようのない現実に頭を悩ませながら家に帰り、またショートメールを送ろうとした。
 ——お疲れ様です。
 そう打ち込み、今度こそ送信ボタンを押す。何度も何度も躊躇ったはずなのに、驚くほど簡単に押すことができた。
 けれど、届かない。
 赤くついたエラーのマークが、やけに目立って見える。
 電話が繋がらないんだから、わかっていた。本当はどういうことか、理解していた。けれど、その現実に目を向けたくなかった。
 私と小野さんを繋いでいたものが、一瞬にしてなくなってしまった。
 そう心で繰り返すと、自然と涙が溢れてきた。

 営業部に小野さんがいるのかどうか、確認しに行けばよかった。
 もしいなければ、営業部の人に小野さんのことを聞けばよかった。けれど、その気には一切ならなかった。
 いつも通りなんとなく仕事を行い、なんとなく帰宅して、なんとなく寝る。今まで当たり前だったことなのに、どこか物足りなさを感じるのも事実。
 ある日の仕事中、私の元に回ってきた回覧の束に、ひとつだけやけに目を引くタイトルのものを見つけた。それこそ、退職届の受理をしたという内容のものだった。
 私は震える手で、その1枚だけを手に取る。
 該当者は、営業部の小野遥斗(はると)——音信不通になった、小野さんだった。
 初めて電話をかけたあの日。
 小野さんは、もう会社にはいなかった。

 伝えたかった言葉はいくらでもあったのに、何ひとつとして小野さんに伝えることはできなかった。
『こうやって日向さんと話した後は、少しだけ、楽になります』
 そう言ってくれた小野さんに対して、私から何か言えたらよかった。変なプライドばかりが邪魔をして、本人の知らないところで心配ばかりして、結局何も行動を起こさなかった自分のせい。
「……」
 夏の暑さが和らぎ、夜は少しだけ涼しさを感じられるようになった。
 会社の裏にある桜の葉は、緑から赤へと色を変えている。
 私はスマホを取り出し、電話帳を開いた。
 通じない、小野さんの電話番号。そして、ショートメールには、エラーが残っている。
 スマホの中には、小野さんの存在が何も残っていない。
 ただ、届けたかった言葉と送れなかった言葉だけが、胸の奥に残っている。

 自然と滲む涙を拭って、群青に染まる空を見上げる。

 なんだか、繋がらない電話番号みたいな恋だった。




―了—