「……あっ」
「あ」
珍しい場所で小野さんと遭遇した。
それからまた数週間ほど、何もない日が続いたときのこと。偶然通りかかった喫煙ルームから小野さんが出てきた。
私はその先にある休憩コーナーに向かおうとしていたところだった。
小野さんは手に持っていた電子タバコをスラックスのポケットにしまいこみ、ほんの少しだけ口角を上げて微笑む。
「お久しぶりですね、日向さん」
「そうですね」
私が何度も電話帳を開いていることなんて、知らないはずだ。なのに、その事実を知られているのではないかという錯覚に陥る。
目の下にある隈が気になったけれど、気にしないふりをした。それよりも、小野さんがタバコを吸っているという事実の方に驚きが隠せなかった。
「小野さん、タバコ吸うんですね」
「……日向さんは、タバコが嫌いですか?」
「えぇ? き、嫌いっていうか……別に私は吸わないだけで……」
小野さんは私の隣に立ち、そのまま休憩コーナーに向かって歩き始めた。
私もその後を追い、同じように向かっていく。
簡易ソファと自動販売機が置かれたその場所には、他に誰もいなかった。
偶然にもふたりきりとなった私は、小野さんに向かって軽く疑問を投げかける。
「最近は……どうですか?」
「ん? どうとは」
「あれです、休めていますか」
——死にたいと思っていませんか。
本当に聞きたいことは、やっぱり言葉となって出てこない。
喉に引っかかったままの言葉は、唾と一緒に流し込んだ。
自動販売機の前で仁王立ちをしていた小野さんは、そっと振り返って小さな笑みを浮かべる。その笑みが前ほど引きつっていない気がした。
「休み方は、今もまだわかりません。なんのために働いているのかも、わかりません」
「……」
「でも……」
そこで、言葉が途切れる。
「こうやって日向さんと話した後は、少しだけ、楽になります」
それ以上、小野さんは何も言わなかった。
自動販売機でミルクたっぷりのコーヒーを2本買い、1本を私に差し出してくれる。
お礼を言って受け取ると、小野さんは「では、また」とだけ告げて、その場から去って行った。よく冷やされた缶の冷たさが、謎に火照った自身の体に深く染みわたっていく。
「……」
心臓がうるさく音を立てる。
缶の冷たさが、手のひらに残る。
それでも、しばらく動けなかった。



