電話帳を開いては、溜息をつく。
あのとき言えなかった言葉は、今も喉に引っかかったまま取れる気配がない。
小野さんとは同じ社内にいるはずなのに、顔を合わせることはなかった。
私は暇さえあれば電話帳を開くようになった。そこに記された『小野さん』の文字。この電話番号にショートメールでも送ってみようかと思い立っては、何度も何度も諦めた。
悩みながら打った文章は、すぐに全削除をする。でもやっぱり送りたくて、もう一度同じ文章を打つ。だけど、それでも送れなくてまた全削除をする。同じ行動を繰り返しては、溜息をついてスマホを閉じた。
まだ死にたいのか。そんなことを本人に聞こうとする馬鹿がどこにいるのか。自分でわかっていても、事実を確かめたくて仕方がなく思う。
あの日の夜、小野さんが見上げていた桜はとうに散った。
窓越しでも騒がしく思えるほどに、今では蝉が大合唱を繰り広げていた。
夕方だというのに明るい空は、沈んでいる私の心を輝かせてくれる気がする。
いつもは仕事が終わると駅に直行するが、今日は駅と反対の方向に向かって歩みを進めた。 特に理由や目的なんてなくて、ただどこか違う場所に行ってみたかった。そう少しだけ思っただけだ。
歩き続けていると、ちょっとした公園が見えてくる。
滑り台とブランコだけのシンプルで小さな公園だが、妙に懐かしさを覚えるその風景に胸が熱くなる。
私は誰もいない公園に足を踏み入れて、ブランコにゆっくりと腰を下ろした。
ゆっくりとブランコを漕ぎながら、ポケットからスマホを取り出す。また電話帳を開いて、小野さんの電話番号を表示させる。
この行為を繰り返すのは何回目か。無意識なときも含めれば、かなりの回数になるかもしれない。
「……だいたい、小野さんから言い出したのに……」
その先は何も言えなかった。
どうしてこんなに、気にしているのか自分でもわからない。
大して親しくもないのに死にたいなんて言われて、そのまま電話番号まで交換して。なのに向こうから連絡が来る気配なんて一切なくて、私ばかりが何か送りたいと悩んでは止める日々。
小野さんがどうして私に電話番号の交換を持ちかけてきたのか。
深い意味なんてないかもしれないけれど、その理由を知りたくて最近は妙に落ち着かない。
今日もショートメールを送ろうとした。
けれど文章を打っては消して、また打っては消して、何度も何度も同じ行動を繰り返した挙句、スマホをゆっくりとポケットにしまいこんだ。



