波打ち際のチョコレート

友達以上、恋人未満

その後も、私たちの関係は変わらなかった。
大事な友達。友達以上、恋人未満。
彼は「お互い、出身国が違うから、真剣な関係にはなれない」と言った。
私はその言葉を受け止めようと、必死に努めた。
だって、彼と過ごす時間は、あまりにもかけがえのないものだった。
どうしても、失いたくなかったから。
それでも、だからこそ、私たちの間には関係の枠に縛られず、何でも話せる、不思議な自由があった。


恋と愛と結婚

そんな曖昧な関係だったからこそ、かえって話しやすかったのかもしれない。
私たちは、恋と愛と、結婚の違いについて、深夜のカフェや川辺のベンチで語り合った。
彼は言った。
「恋は楽しいものだ。心がときめく、花火みたいなものだよ」と。
「愛は……ロマンスで、ただそばにいられて、そばにいたいという気持ち。暖かい灯りのようなものだ」と。
「結婚は、人生そのものだ。相手の家に挨拶に行き、友達を紹介し合い、趣味に付き合い、子供を作り、お金の話をする——」
恋と愛と結婚は、彼の中で明確に別々のステップとして存在していた。
私にとっての彼との初恋は、その全てを同時にしたいと思う、そんな恋だった。
でも、その想いは胸の奥にしまい、「そうなんだ」とだけ答えた。
彼は続けた。「『○歳までに結婚』なんて、馬鹿らしいよね」と笑った。
これが、彼が元カノと別れた理由らしい。
彼の元カノは三歳年上だった。彼はまだ学生で、いつ帰国するかもわからない——そんな不安定な状況で、彼女はタイムリミットを感じたのだろう。
彼の主張もわからなくはない。「30歳になるから結婚する」という発想には違和感を覚える。
でも、女性には、子供が欲しいなら、漠然とした「30歳」というリミットが、確かに迫ってくるのも事実だ。
彼には、そのタイムラインが見えていないようだった。
男と女では、時間の流れが違う。
女性は、結婚し、子供を持ち、少なくとも出産時には仕事を休まなければならない。
それまでにある程度のキャリアを築き、認められ、社会に戻る場所を作っておかないといけない。
そんな現実と向き合う女性たちと、学生として海外で過ごす私たち。
私もいつか、そんな壁に直面するのだろうか。
彼女の立場を思うと、胸が苦しくなった。
彼は元カノについて多くを語らなかったが、彼女の話をする彼の横顔からは、どこか温かな名残りを感じた。
そんな彼から、私は「恋する気持ち」の温もりを学んだ。


会話とボディータッチ

他にも彼は、聞いてきた。
「男女の関係で、大事なものってなんだと思う? 『会話』と『ボディータッチ』、どっちが大事か」
「ボディータッチかな」と私は答えた。
だって、君との会話はまだスムーズにできないから。言葉の壁が邪魔をする。
それでも、ハグすると君を近くに感じる。抱きしめられたら、すごく落ち着くから。
「あなたは?」と聞くと、彼は「会話」と答えた。お互いを知らないと、意味がないから、と。
でも彼は恋については話してくれたけれど、愛についてはあまり語らなかった。
彼は他の人の愛を感じてはいたのだろうけれど、他人への愛を、愛の表現の仕方を、まだ知らない青年だった。
彼には元カノが数人いる。彼の方が私より三歳年上で、お互い私に今まで彼氏がいなかったのが不思議な年だから、当然なのかもしれない。
彼は今までに恋をいっぱいしていた。私は彼に会うまで、何も知らなかった。
でも彼に会ってから、私はたくさん、毎日恋をして、彼よりもっと遠くまで、愛についてまで学んでいたんだ。
愛って、そこにいていいんだっていう安心感を得られて、与えられる関係のこと。
「おかえり」「ただいま」を言い合える関係でいたいと思える人が見つかったら、それが愛とか恋なんだよ。あなたがそれを教えてくれた。
だからあなたともっと会話をしたくて、もっと知りたくて、私はいっぱい質問を考えた。
ただ一緒にいられるのが嬉しくて、質問をして、真剣に考えて答えてくれるのが嬉しくて。
答えてくれた後に、私の考えも聞いてくれるのが嬉しくて。
あなたにとって大事な一ステップ、「会話を通して相手を知る」を、一緒に進みたかった。


遠距離恋愛

「遠距離恋愛ってできる?」
出会って間もない頃、彼はそう聞いてきた。
多分、彼が元カノと別れるかどうか迷っていた時期だ。彼の頭には、彼女の存在があったのだろう。
当時の私は、恋も愛も知らなかった。
「私は無理かな」と淡々と答えた。「期間が決まってて、何年、何ヶ月とわかってたら耐えられるかもしれないけど……私、自由人だからダメかも」
でも今——出会ってから数ヶ月が経ち、ハロウィンの夜に半泣きで会いに行き、彼のハグで安心したあの日から、私の答えは変わっていた。
「できるよ」
私たちには、まだ何の名前もない。
でも、好きという気持ちがあって、彼を忘れられないバカな自分がいる。
何年だって、待ててしまう気がした。


未来と決断

彼は三歳年上で、この街に来たのも私より三ヶ月早い。
私がまだ街に馴染めずにいた頃、彼はもう「いつ帰国するか」という先のことを考え始めていた。
「人って、何に基づいて決断してると思う?」
一緒に食事をしていると、ふと彼が聞いた。
彼のおばさんが、迷う彼に聞いたらしい——「心」と「頭」、「情」と「理性」、どちらを重視するのか、と。
この国に残りたいという心。
帰りを待つ人々を思う頭。
彼の迷いを前に、私は「心に従う」と答えた。
「自分の人生は一度きり。他の人の想いに応えることがあなたの価値ならそれもありだけど、自分の思いの方が強ければ、後悔したくないから心に従いたい」
他人に従った結果、思い通りにならなかった時、大事な人の顔を恨みたくないから。
彼は俯き加減で私の言葉を聞き、ただ頷いていた。
彼の心にいる人々を思い、悩む彼の優しさに、私はますます惹かれていった。


嫌いな言葉

私には、嫌いな言葉がある。
「普通」「みんな」「可愛い」。
これらの言葉を聞くと、無条件に反発したくなった。
母がよく使っていたからだ。「みんなこうしてる」「普通はこうだ」。自分の意見を一般論のように押し付けてくる。
でも、彼は違った。
「違う考えがあっていい」と言ってくれる。
意見が合わなくても、「わかるよ」と受け止めてくれる。
私が考えをまとめるまで、急かさずに待っていてくれる。
その待ってくれる時間が、心地よかった。
学生グループでの議論でも、彼の言葉は一番好きだった。
シンプルだけど要点を押さえ、皆を、私までも、巻き込んで話してくれた。
おかげで、私もグループで発言できるようになった。そんな彼を、尊敬していた。


木とバス

人生における私たちの立ち位置について、話したことがある。
私は今まで、ずっと木だった、と私は言った。
他の人が疲れた時、傷ついた時だけ、私の枝に止まって羽を休める。
元気になると、誰かと一緒に飛び立っていってしまう——。
彼は黙って頷き、そして言った。
「人生はバスだよ」と。
私たちはバスで、決まった道を進む。
ある客は乗ってきて、いつか自然に降りていく。降りていく人を止めることも、道にいない人を乗せることもできない。
「それなら、私はトトロの猫バスになりたい」と私は言った。
目的地を考えて、必要な場所に連れて行ってくれるバスに。
「だから君は、優しいんだよ」と彼は笑った。


君の考えが好き

「君の考えが好き」
そう伝えると、彼は「僕のことが好きだから、そう思うんじゃないの?」とからかった。
でも、これはこの順序じゃないといけない。
君の考えが好きだから、君が好きになった。
確かに、彼の過去は知らない。彼が何をして、何を考えてきたか、詳しくはわからない。
でも、君がどんな人かは、よく知っている。
建前で話しているか、本音が透けているか。
イライラしている時、時間を潰している時、言いたいことを飲み込んでいる時——。
電話越しの声のトーンで、短いテキストの字面から、彼の気分が読み取れるくらい、私は彼を見てしまっていた。
彼の弱さに寄り添う杖になりたい。
彼が私と出会ったことにも、何か意味があると信じたい。
彼はたまに、口数が少なくなる。テンションが低く、機嫌が悪そうな時がある。彼はそれを「男の生理だ」と呼んだ。
「人間だもの、そんなもんだよ」と私は伝えた。
そんな時こそ、彼の隣にいられる人間でありたいと願った。
どんな関係にも、忍耐は必要だ。
でも、愛の中にいると、自然と忍耐強くなれる——彼がそう教えてくれた。
「なんで俺じゃないんだろう」
他の子が別の男を好きになっているのを見て、彼はそう思ったことがあるらしい。
だから伝えたい。あなただから、好きになったんだよ、と。
人と会うことを恐れるな。傷つくことを恐れるな。変えられること、変わることを恐れるな。もっと人に会って、もっと一緒に話して、考えを、アイデアを見つめ合え。
以前私は、人と違うと思われることを恐れて、何も言えなかった。
でも、今は、このプロセスを歩む勇気を持てていた自分で良かったと心から思う。
あなたに会えた時、弱虫な自分じゃなくて、勇気を持てた自分で良かった。


男と女

これだけ深い話をしても、私たちは「カップル」にはならなかった。
「You and Me」——それだけの、名前のない関係。
だから、お互い他の異性と会うこともあった。
私もこの一年、多くの人に声をかけられた。異国で、みんな少し寂しい思いをしている子が多かったからかもしれない。
「付き合ってる人とかいるの?」
大学で話した後の帰り道、友達に不意に聞かれた。
「いないよ、今まで一度も」と正直に答え、付け加えた。「でも今は、欲しいとは思わない」
お願い、傷つかないで——。
ただ会話が楽しくて、友達ができたことが嬉しくて。
なのに、毎回こうして関係が壊れそうになる。
「男と女の友情は、一方が好意を持ってないと成立しない」
彼が以前、そう言った。
「じゃあ私たちは何なんだ?」と私が聞くと、「You and Me」だと言われた。
その時は男女の友情はありだと反発したけれど、彼の言う通りなのかもしれないと、身をもって感じ始めていた。
一緒にいて楽しいなら、友達でいればいい。
なんですぐにそれ以上の関係を求めるんだろう。
一人の人間として見てほしい。簡単な女だと思わないで——。
恋愛を軽々しく考えられない自分が、悲しくなった。


彼だけ

彼はいつも、的外れな質問をしてきた。
「君を好きって言った子と、会ったの?」と。
聞かれても、誰のことを言っているのか、名前すら瞬時に思い出せなかった。
それくらい、どうでもよかった。
彼が聞くべき質問は、「好きな人、できた?」だ。
他の誰が近づいてこようと、私は彼のように軽々しく「また会おう」なんて言えない。
彼が初恋だから。彼が思うより、私はピュアで一途なんだ。
彼に聞いた。「他の女の子と会ったことある?」
彼はきょとんとした顔で言った。
「頻繁に連絡取ったり、二人だけで出かけたりするのは、君とだけだよ」
深い意味はないとわかっていても、嬉しかった。
こんなにも多くの時間を、私と過ごしてくれてありがとう。
同時に、心の片隅で「好きだ」と叫んでいた。
近い人ほど、甘えたくなる。感情を曝け出したくなる。
「受け止めないなら、優しい言葉をかけないで」
好きな時だけ利用して、私が好きになった途端に線を引かないで。
怒りたいのに、怒れない。ただ悲しくて、バカだったと悔やむ。
でも、そのバカさがあったからこその日々を思い、どう振る舞えばいいかわからなくなる。
近い人ほど、大事な人ほど、しっかり受け止められるようになりたい——彼がそう思わせてくれた。
彼がいるから、私は笑う。友達のふりをして笑う。
言えない想いは胸の奥で溢れ、重たくのしかかる。
会えると思うと、髪を丁寧に整え、リップを重ね、ピアスを慎重に選んでいる自分がいる。
朝から気分が上がり、少し疲れていても、彼に会えば心が落ち着いて元気になる。
会えないと不安で、別れた後はチョコレートを無性に食べたくなる。
彼は、そんな存在だった。
名前のない関係だけど、一番心を許せる、HOME。


差

知れば知るほど、近づけば近づくほど、その差に愕然とした。
「この動画、好きなんだ」と彼が見せるのは、彼の国の言葉で、私には理解できない映像だった。
彼の好きが一つ知れて嬉しいのに、その楽しさの核心に、私は辿り着けない。
彼が動画を見て笑う横顔を、横目で眺めることしかできない。
私は些細なことでも共有したいのに、泣きも笑いも、同じ空間で同じものを見ていたいのに——もどかしさが、心にへばりついて離れなかった。
それでも私は言う。
「私、あなたのこと、よく知ってるから」
彼は「そんなことない」とあしらうけれど、知っている部分は確かにある。
彼の過去や行動の詳細は知らなくても、彼がどんな人かは知っている。
電話越しの声の揺れ、短いテキストの端々——。
私は彼の感情を、読み取れる。
彼にとっての私も同じだ。私の調子がおかしいとすぐ気づき、「どうした?」と聞いてくれる。(どうしてなのかと君が推測する理由は、いつも少しズレているけれど。)
彼の弱さに寄り添う杖になりたい。
彼が私と出会ったことにも、何か意味があったと信じたい。


次に恋をするなら

それでも、次に恋をするなら、「好き」と伝えられる恋がしたい。
どれだけ彼を想っても、溢れる想いは伝えられない。
何度、思いを堪えて涙を流したか、彼は知らない。
「退屈なやつ」
たまに機嫌が悪い時、彼は私にそう言う。
そう言われる度に、叫びたかった。
じゃあ、私の気持ちを受け止めてよ。
言いたいこと、聞きたいことは、山ほどある。
でも、言い過ぎたら、聞き過ぎたら、彼が一杯一杯になるのがわかっているから、言えない。
だって、彼は私の良いところは「突っ込まないところ」だと言ったから。
溢れた「好き」は、行き場を失い、胸の中で彷徨っている。
彼は「好き」と伝えてきたくせに——。
でも彼が伝えられたのは、それが本気じゃなかったからだ。
本気の「好き」は、伝えたら終わりだから。
あと数ヶ月でも、まだ彼と一緒にいたいから、ほんとの友達でいたいから——私は必死に想いを押し込める。
こんな私になったのは、彼に出会ったからなのに。
HOMEの感覚を教えてくれ、
誰かに安心させられる温かさを教えてくれ、
どう生きるか、何を学ぶか、後悔しない人生とは何かを、彼が私に教えてくれたのに。
その結果が、ただの臆病で自己中心的な女だったなんて、嫌すぎる。
それでも、彼と過ごした日々は、私の心の中で静かに輝き続けている。