波打ち際のチョコレート


なのに、彼の両親が、猛反対をした。
彼の両親はわざわざ田舎から、彼の住む大都市までどこにも行くなと、叔父のために働けと、説得するために出てきた。
数日間、彼は両親と缶詰め状態で話し合った。
私たちが二人で積み上げた計画、描いた未来図——全てを伝えた。
でも、両親は首を縦に振らなかった。
彼が追い詰められていることは、減っていく連絡頻度で、肌で感じていた。


最後の晩餐

ディナーがあった。
彼の両親と、叔父と、従兄弟——家族が集う最後の食事だったそうだ。
席で、叔父は言ったらしい。
「あの街に戻るのか。外国で生活していくなんて、立派だな。頑張れよ」と。
でも、酒を飲んでいた父親は、それでも尚、こう言い放った。
「もしあの街に行ったら、お前はもう俺の息子じゃない」
この一言で、全てが終わった。
彼は「そんなこと言うんだったら、そっちが俺の人生を決めろ」と言い返し、
父は「行くな」と命じた。それで、幕引きだった。
それでも私は思った。
「そんなこと言ったって、自分はあなたの息子だ。自分のやりたいようにする」——そう言い切ってほしかった。
言い切れる強さを、彼の中に見たかった。


沈黙

この日、彼が家族と食事することは知っていた。
終わる頃に「どうだった?」とテキストを送っても、返信はなかった。嫌な予感が的中した。
彼の夜から朝まで——彼が寝ている間中、私は一日をずっと不安に引き裂かれて過ごした。
彼が起きる時間に電話しても、彼は「両親を駅に送らないといけない」と、すぐに切った。
ずっと、避けられた。
待つのが嫌いだ。
ただ捨てられるのを待つと、どこかでわかっていながら、それでも希望を持ち続けるバカな自分が嫌い。
毎分、毎秒が永遠に感じる。それでも、絶望的な希望を捨てられない。
そして彼の夜、やっと電話がつながった。
「もう、この街に来ることはない」


怒りと涙

私は怒りと涙でぐちゃぐちゃになった。
「なんで、もっと早く伝えてくれなかったの? この一日、どれだけ不安で、何もわからずに過ごしてたと思う?」
「『自分の人生は自分で決める。でも、いつでもあなたは私のお父さんです』って、強く言い返せよ!」
「この街に来られないなら、なんで『来たい』なんて言ったの? そんな軽い気持ちじゃなかったはずでしょ!」
結婚も、将来の計画も、全部話し合ったじゃないか。
言えるだけのぐちゃぐちゃを吐き出し、手に持っていたペンを壁に投げつけて、彼を見た。
彼は横を向き、泣くのを堪えているようで、感情を殺した顔、暗い目をして、ただそこにいた。
何も言ってこなかった。
私は「もう、これで終わりだ」と言い捨て、通話を切った。
ベッドに倒れ込んで、一日泣いた。泣いて疲れて眠り、起きてまた泣いた。
今日、初めて、自分が声を出して泣けるのだと知った。
また一つ、いらない「初めて」が増えた。


祈れなかった

ご両親が来られた日の夜、彼と電話した時、雰囲気でわかった。
もう、折れかかっているな、と。
わかったのに、わかったけど、それをこの一週間のように焚き付けていいのか。
ご両親に抵抗する力が、今の彼に必要なのか。
それとも、必要のない力を煽ってしまっているのか——わからなかった。
結局、何も言えず。不機嫌な彼に、すぐ電話は切られた。
それまで毎日必死で「彼に力を与えてください」と祈ってきたのに、なぜかその日は祈れなかった。
必死に気にしないように、勉強に自分を集中させた。
それで結局、神様は彼をご両親に返してしまった。私の元から取り去ってしまった。


痛む心

心臓が痛くて、息をするのが苦しかった。
彼に横にいて慰めてほしいのに、彼はいない。
一人で、どうしようもなく暗闇に落ちていった。
自分が大切に思う人が、自分が思うほどには自分を大切に思っていないと知ることは、
本当に傷つき、消耗する。
私を喜ばせるための嘘が、大嫌いだから。余計に辛くなる。
ただ、一緒にいたいだけなのに。
隣で笑って、怒って、泣いて、全部受け止めたいだけなのに。
どうして、こんなに苦しいの。
彼は両親から離れられない。彼らと向き合えない。
彼らを満足させる必要がある。彼らの承認が必要——
私の愛よりも。
でも、君たちみたいに、自己中になれないの。
泣いて叫んで「こっちにきてよ」って、言えないの。
無理やり来てもらったって、お互い苦しくなるだけだから。


円卓の悪夢

私は夢を見た。二、三年後の未来だった。
彼の家族と、円卓を囲んで夕飯を食べていた。初めて会った時のように。
机の上には気を遣ってくれた刺身を含む、数々の料理。
その中で、彼のおじさんが私に向かって言った。
「君はラッキーだな。今の彼は大きく成長した。たくさんのお金を持っている。いい男を捕まえたな」と。
その言葉が、私の内側で何かを弾いた。
私は怒りを滲ませて反論した。
「あなたが彼に仕事を提供した時、それを受けたのは彼の決断であって、『私たち』の決断ではありません」
確かに、叔父とその仕事は彼を成長させ、キャリアの機会を与えた。感謝はしている。
でも、私は彼にお金を求めたこともない。
彼が優秀なビジネスマンになるから選んだわけじゃない。
私たちが何もなかった時から、私は彼を愛してきた。
ただあの時、私たちは「私たち」のために決断する準備ができていなかった。
あなたにはお金もリソースも、彼に示せるチャンスもあった。
反対に私は、彼への影響力にさえ自信が持てず、何も持たずにいた。
もし私たちが準備できていて、あなたのようなリソースがあったなら——
私たちは迷わず「私たちの時間」を選んだはずだ。
青春時代の、夢のような時間。毎日共有したかったことが山ほどあった。
一緒に人生を築く、ささやかで温かい瞬間を。
お金では買えない、二十代の貴重な時間を。
あなたが彼に与えたもの——リソース、成功、キャリア——を誇ることはできる。
多分、それらのおかげで今の「私たち」があるのかもしれない。
でも、あなたには私たちについて何も言う権利はない。
あなたは、私たちが何を経験し、代償として何を失ったか、知らない。
あなたが彼に与えたチャンスは、同時に私たちから二十代の時間を奪った。
二度と戻らない、あの時間を。
夢の中のおじさんは、言葉を失った。
あの日のディナーを一緒にできなかった。
彼が家族と面と向かっている横に、私はいられなかった。一緒に戦えなかった。
一緒にいたらいいたいことがたくさんあったのに。彼と彼の家族を分断させる気なんて全くなくて、そうじゃなくて、私もその一部になりたかったんだって伝えたかった。
そんな思いが、こんな夢を見させたのだと思う。
目が覚めても、この怒りは燻り続けた。


そして、彼は来た

そして彼は、この街に来た。
「何か伝えたいことがある。対面じゃないと話せない」と。
彼が到着した日、駅まで会いに行った。
人混みの中に彼の姿を見つけると、彼は迷うことなく歩み寄り、強くハグをした。
「やっぱり、対面じゃないとね」
彼は純粋に嬉しそうだった。その笑顔は覚えている。
同時に、それを純粋に喜べなかった自分も覚えている。
彼が何を言いに来たのかわからず、胸に重くのしかかる不安。
彼のコロコロ変わる言葉を、心の底から許しきれていない自分がいた。
丸一週間、朝も昼も夜も、一緒に過ごした。
彼は言った。「2年待ってほしい。2年で成果を上げて、両親に見せつけて、それで帰ってくる」
全く現実の伴わないその発言を、私は受け入れられなかった。
「この街には今すぐには来れない。でも、愛は終わらない」
信じられなかった。
何も受け入れられず、何も信じられず、私はもう壊れていた。
計画を頻繁に変えるのは、私の生き方じゃない。
彼はあまり謝らない。説明できない。
十分に尊重されていないと感じた。
「大したことない」と言いたいけれど、2年は長い。
特にこの数ヶ月だけで、彼の言葉が何度も変わっていくのを見た後に、2年と言われた。
信じられなかった。
「努力したけど、無理だった」と彼が言い、私が一人取り残される——そんな未来が簡単に想像できて、反対に一緒になれる未来を思い浮かべることができなかった。
だから私は懇願した。「この街に来て。また両親と話して」と。


言葉の刃

私が口にする言葉の一つひとつは、心の底から湧き上がる。
表面的な会話は得意じゃない。心を開かなければ、何も言えない。
飾らない本音だからこそ、恥ずかしいし、怖い。
それでもすべてを共有したかった。
私たちは何度も喧嘩した。すべてをぶつけ合ったあと、心の中は妙にすっきりした。
ただ純粋に、あなたのそばを離れたくない。それだけだった。
不安はある、緊張はある、伝え合わなければならないことは山ほどある。
でも私たちは一つになって、一緒に乗り越えていくんだ——そう信じたかった。
彼は変わろうとしていた。「別に」と言わなくなり、行動で示し、口を開いた。
私も変わると誓った。簡単には泣かない、感情をコントロールする、もっと素直になる。
ものをなくさない、大切なものを失くさない。


偽りの二者択一

なぜ、仕事か私か、家族か私かなのか。
仕事だって、「それがやりたいことなんだ」と覚悟を持って言ってくれたら、「頑張れ」と言えたのに。
ビジネスマンの妻になる覚悟まで、思い描いてた。
こっちに来て二年過ごし、一緒に帰れば、本当に家族になれたのに。
なりたかったのに。
だから本気で、ご両親と電話したかった。会話に入れてほしかった。
思いも考えも全てあるのに、彼は「話しても無駄だ」と電話してくれなかった。
相手の忍耐を前提としないと話せない。
その前提が、話の場にも入れない距離が、本当に他人でしかないのだと見せつける。


矛盾

これまで何の音沙汰もなかった彼の母が、話がついたその日に、大食いの動画に「いいね」をしている。
これまでそんな余裕もなかったくせに。
ただ同じ国にいることに満足して、一回も会いに行かなかったくせに。
何のために彼を引き留めたのか、わからない。
一人息子で、これまで彼がこの町で生活している時にお金を貸してもらっていて、だから恩返ししないといけないという面子があって。
でも、そんなの一生この町で過ごすなんて言っていなくて。この町で後1〜2年、一緒に「私たち」を築き上げて、これまで成長してきた彼を完成させて。
そのための時間が必要だと言っているだけなのに。
そして、彼がこの街へきた日。
彼の母は私にテキストを送ってきた。
私はこれまでずっと、彼と彼の家族を考えて苦しんできて、少し話そうと考えた時、彼女は何も、聞く耳を持たなかった。
なのに彼がこの街に来て、全てをひっくり返すように丁寧に、懇願してきた。
彼を国に帰ってくるように説得してと。
私は丁寧に断った。「彼が来るって言ったから、私は彼の言葉を尊重します」と。そもそも彼がこの街に来たのは私に数年待ってと伝えるためで。
チグハグの合わない会話に注ぎ込むエネルギーなんて一つも残ってなかった。
彼と話してくださいと言った。
いつもそうだ。私は彼が大事なんだ。
彼が必要なのは、私の支えじゃなく、お父さんからの信頼なんだ——喉まで出かかった。
でも、他人として捉えられている私が口を出すことじゃないと、口をつぐんだ。
彼と話して、彼の頑張りを認めてあげてください。
彼のあなたたちへの愛を見てあげてくださいって言いたかった。
彼らにとって、彼が国にいることが、なぜそんなに大事なのかわからない。今の彼は成長途中で、彼が叔父の会社で働けば、苦しむだけなのに。


流された未来

愛がなかったら、彼らは彼を泣いて引き止めたりしない。
彼も流されなかった。
ただ、違うのは——未来ある愛か、過去に留めておく愛か。
彼は過去に流された。
ご両親が彼に会いに来て、ディナーを共にしたという夜の彼の表情は、三年前と同じだった。
せっかくここまで成長できたのに。頑張ってきたのに。
多分彼は、一生抜け出せない。その機会を失った。
もう、苦しむ彼を見たくない。
隣にいてあげられない不甲斐なさも、何もできないもどかしさも、もういらない。
彼が決めたことだから。
「わかってる」と言わないで。
私たちはお互に安心間を感じ、多くを捧げ合い、分かち合った。
私も与えていた。それで十分だ。
愛はあっても、結婚できない。
お互いの唯一の人になれないから。
愛は情熱、感覚。
結婚は責任、努力、信頼、一つになること。
「お互いのため (for each other)」と「私たちのため (for us)」。
この差は、大きすぎる。


届かなかった想い

何もかもが、彼を思い出させる。
違うのは、私の心だけ。
最近、上手くいってたのに。
毎日電話し、シェアし、決める前に相談してくれた。
だからこそ、終わりがより辛い。
この三年、一番近くで、真正面から彼を見続けてきた。
何のレンズも通さず、真っ直ぐに、彼を彼として見てきた。誰よりも。
彼も、私がそうすることを許してくれた。
彼の家族への愛も、家族の彼への愛も、知っている。
学ぶべきことも、文化の違いも、まだたくさんある。
それでも、精一杯のことはしてきた。
彼らの言葉を学び、映画を見て、文化や家族観を感じてきた。
面と向かって話したかった。もっと学びたかった。
その円の中に入りたかった。
言いたいこともあるのに、はっきり「彼を大切にする」と言えたのに、その機会まで行き着けなかった。
彼らが聞きたくないことは、感じていた。
その壁を突き破る勇気もなかった。


HOME

この数ヶ月、ずっと考えた。
私は違う国の人間で、今すぐ彼の国には行けない。
どうしても、彼に国を離れることを強いてしまう。
言葉も話せない。話したくて勉強してるけど、程遠い。
その迷いは彼に伝えていた。
それでも彼は「一緒にいたい」と言ってくれた。
でも、彼の家族にとって、その決断は許せない。
彼がまた他の国に行くなんて、耐えられないそうだ。
確かに、他の国は手続きが必要で、飛行機で丸一日かかる。
だけど、彼が国にいる間に休みがあっても、彼に会いに来なかったじゃないか。
正月に会うだけなら、どの国にいても一緒じゃないか。
私と一緒にいたら、愛する人と隣で眠れる毎日を送れたら——。
ご両親は彼の生涯の家。いつでも帰れる場所。
でも、ずっといるわけじゃない。
だから、そのいない間だけ、私に預けてほしかった。
その間だけ、私が温かさと安心感を与えられる人に、彼の家になりたかった。
疑いようもなく、彼はもう私の家だった。
私の帰りたい場所だったから。


「またね」

自分の関わっていない結果を受け入れるのは、しんどい。
理解もせず、反対の気持ちも押し込めて、ただ相手への信頼から受け入れるしかない。
でも、何度も変わる彼の選択への信頼なんて、もうない。
私と一緒の道を突き進めなかった恨み。
一緒に歩む最後のチャンスだったのに、という未練。
だから、まだ受け止められない。
彼が帰る時、結論は出ていなかった。
駅まで送り、私は「バイバイ」と言わなかった。
「またね」と言った。
彼が帰ってからもご両親と話すのだと、信じたかった。
またこの街に戻ってくると、信じたかったから。
人は時として、他に選択肢がないと思い込んでしまう。
でも、必ず道はある。
あなたはそんな人間じゃない。私たちだって、そんな人間じゃない。