数日後、昼休みの教室はいつも通りの喧騒に包まれている。しかし翔琉だけは普段と違っていた。
「だから、マジなんだって! 昨日の夜、勝手にパソコンの電源が入って……画面が真っ赤になって、気味の悪い顔みたいなのが映ったんだよ!」
切羽詰まった翔琉の声が響く。だが、その必死な訴えは、周囲の友人たちには全く届いていなかった。
「はいはい。鍋島が休んでるからって、お前ビビりすぎ」
左手首の偽物のスマートウォッチをいじりながら、灰村が鼻で笑う。他の友人も、同調するようにゲラゲラと声を上げた。
「ただのウイルスだろ? 気にしすぎだろ」
「違う! ウイルスなんてレベルじゃないんだよ! 部屋が変な匂いがして、なんかきもい音が聞こえて……それに、背中に冷たい手が触れたような気がして……!」
翔琉が身振り手振りを交えて必死に説明するが、灰村たちは茶化すばかりだった。
「もういいって、その話。放課後、カラオケ行こうぜ」
「お、いいね。翔琉も来るだろ?」
「……行かねえよ。俺は……」
俯いた翔琉から、明確な拒絶の意志が発せられる。いつもなら真っ先に飛びつくはずの彼が、だ。しらけた空気が漂い、灰村たちはつまらなそうな目で翔琉を見る。
「なんだよ、付き合い悪っ」
「じゃあ俺たちだけで行くわ」
と灰村たちは足早に教室を出て行ってしまった。
賑やかだった教室の片隅で、翔琉は自分の席に座り込み、両手で頭を抱えていた。紫乃は少し離れた席から、その背中をじっと見つめていた。
――あんなに小さく見える翔琉は、久しぶりだ。以前、 翔琉が孤立しかけた時のことだ。誰にでも愛される彼が、理不尽な悪意に晒されてひどく落ち込んでいたそれ以来かもしれない。誰も彼の恐怖を理解しようとしない。彼を取り囲んでいた眩しい輪はあっけなく霧散し、今の翔琉は完全に孤立していた。胸の奥が、ちくりと痛む。家で感じていた疎外感。世界から切り離され、自分だけが色の違う異物になってしまったようなあの息苦しさを、今の翔琉はたった一人で味わっているのだ。
紫乃は静かに席を立ち、真っ直ぐに翔琉の元へと歩み寄った。
「……翔琉」
名前を呼ぶと、翔琉は弾かれたように顔を上げた。目は充血し、目の下には隈ができている。何日もまともに眠れていないことは明白だった。
「紫乃……」
すがるような、弱々しい声を発する翔琉。
「お前も……俺がおかしくなったって、思うか? ホラー映画の見過ぎだって、ただのウイルスに怯えてるバカだって……笑うかよ」
自嘲気味に歪む唇。その顔を見た瞬間、紫乃の中で迷いは完全に消え去った。
「思わない」
紫乃は短く、きっぱりと言い切った。翔琉の目が、驚きに見開かれる。
「僕は翔琉の言うことを信じるよ」
「……え?」
紫乃は翔琉の目を真っ直ぐに見据えた。
「あのモニターを買った時、電源も入っていない黒い画面の中に、青白い光を見た。組み立てる時も、あのモニターだけ異常に重かった。ただの中古品じゃない。最初から、何かがおかしかったんだ」
「紫乃……お前、気づいてたのか?」
「……うん。でも、気のせいだと思いたかった。オカルトなことなんて、認めたくなかったから」
自分の弱さを隠さず、紫乃は言葉を紡ぐ。
「だけど、鍋島くんが休んで、君がここまで追い詰められている。これが全部偶然だなんて、もう思えない。君の部屋のパソコンには、何かがいる」
理論的な裏付け。しかし、紫乃を突き動かしているのは、そんな理屈だけではなかった。
――翔琉が、僕の言葉を待っている。かつて、父親を失い、バラバラになったおもちゃの前で泣いていた僕を、翔琉が救い出してくれたように。今度は僕が、暗闇に沈みかけている彼を引っ張り上げる番だ。
「翔琉が嘘をつくような人間じゃないことくらい、僕が一番よく知ってる」
紫乃が少しだけ不器用に微笑むと、翔琉の瞳から、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。
「っ……紫乃ぉ」
翔琉は袖口で涙を拭い、嗚咽を漏らした。誰にも信じてもらえなかった恐怖と孤独が、一気に決壊したのだろう。紫乃は何も言わず、ただ静かに翔琉の背中を撫でた。
「一緒になんとかしよう」
やがて落ち着きを取り戻した翔琉に、紫乃は静かに告げた。
「あのパソコンに何が起きているのか。どうすれば元の生活に戻れるのか。徹底的に調べて、僕たちの手で終わらせるんだ」
「……うん」
翔琉が顔を上げ、力強く頷く。彼の瞳の奥に、かつての眩しい光が僅かに戻っていた。
「だから、マジなんだって! 昨日の夜、勝手にパソコンの電源が入って……画面が真っ赤になって、気味の悪い顔みたいなのが映ったんだよ!」
切羽詰まった翔琉の声が響く。だが、その必死な訴えは、周囲の友人たちには全く届いていなかった。
「はいはい。鍋島が休んでるからって、お前ビビりすぎ」
左手首の偽物のスマートウォッチをいじりながら、灰村が鼻で笑う。他の友人も、同調するようにゲラゲラと声を上げた。
「ただのウイルスだろ? 気にしすぎだろ」
「違う! ウイルスなんてレベルじゃないんだよ! 部屋が変な匂いがして、なんかきもい音が聞こえて……それに、背中に冷たい手が触れたような気がして……!」
翔琉が身振り手振りを交えて必死に説明するが、灰村たちは茶化すばかりだった。
「もういいって、その話。放課後、カラオケ行こうぜ」
「お、いいね。翔琉も来るだろ?」
「……行かねえよ。俺は……」
俯いた翔琉から、明確な拒絶の意志が発せられる。いつもなら真っ先に飛びつくはずの彼が、だ。しらけた空気が漂い、灰村たちはつまらなそうな目で翔琉を見る。
「なんだよ、付き合い悪っ」
「じゃあ俺たちだけで行くわ」
と灰村たちは足早に教室を出て行ってしまった。
賑やかだった教室の片隅で、翔琉は自分の席に座り込み、両手で頭を抱えていた。紫乃は少し離れた席から、その背中をじっと見つめていた。
――あんなに小さく見える翔琉は、久しぶりだ。以前、 翔琉が孤立しかけた時のことだ。誰にでも愛される彼が、理不尽な悪意に晒されてひどく落ち込んでいたそれ以来かもしれない。誰も彼の恐怖を理解しようとしない。彼を取り囲んでいた眩しい輪はあっけなく霧散し、今の翔琉は完全に孤立していた。胸の奥が、ちくりと痛む。家で感じていた疎外感。世界から切り離され、自分だけが色の違う異物になってしまったようなあの息苦しさを、今の翔琉はたった一人で味わっているのだ。
紫乃は静かに席を立ち、真っ直ぐに翔琉の元へと歩み寄った。
「……翔琉」
名前を呼ぶと、翔琉は弾かれたように顔を上げた。目は充血し、目の下には隈ができている。何日もまともに眠れていないことは明白だった。
「紫乃……」
すがるような、弱々しい声を発する翔琉。
「お前も……俺がおかしくなったって、思うか? ホラー映画の見過ぎだって、ただのウイルスに怯えてるバカだって……笑うかよ」
自嘲気味に歪む唇。その顔を見た瞬間、紫乃の中で迷いは完全に消え去った。
「思わない」
紫乃は短く、きっぱりと言い切った。翔琉の目が、驚きに見開かれる。
「僕は翔琉の言うことを信じるよ」
「……え?」
紫乃は翔琉の目を真っ直ぐに見据えた。
「あのモニターを買った時、電源も入っていない黒い画面の中に、青白い光を見た。組み立てる時も、あのモニターだけ異常に重かった。ただの中古品じゃない。最初から、何かがおかしかったんだ」
「紫乃……お前、気づいてたのか?」
「……うん。でも、気のせいだと思いたかった。オカルトなことなんて、認めたくなかったから」
自分の弱さを隠さず、紫乃は言葉を紡ぐ。
「だけど、鍋島くんが休んで、君がここまで追い詰められている。これが全部偶然だなんて、もう思えない。君の部屋のパソコンには、何かがいる」
理論的な裏付け。しかし、紫乃を突き動かしているのは、そんな理屈だけではなかった。
――翔琉が、僕の言葉を待っている。かつて、父親を失い、バラバラになったおもちゃの前で泣いていた僕を、翔琉が救い出してくれたように。今度は僕が、暗闇に沈みかけている彼を引っ張り上げる番だ。
「翔琉が嘘をつくような人間じゃないことくらい、僕が一番よく知ってる」
紫乃が少しだけ不器用に微笑むと、翔琉の瞳から、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。
「っ……紫乃ぉ」
翔琉は袖口で涙を拭い、嗚咽を漏らした。誰にも信じてもらえなかった恐怖と孤独が、一気に決壊したのだろう。紫乃は何も言わず、ただ静かに翔琉の背中を撫でた。
「一緒になんとかしよう」
やがて落ち着きを取り戻した翔琉に、紫乃は静かに告げた。
「あのパソコンに何が起きているのか。どうすれば元の生活に戻れるのか。徹底的に調べて、僕たちの手で終わらせるんだ」
「……うん」
翔琉が顔を上げ、力強く頷く。彼の瞳の奥に、かつての眩しい光が僅かに戻っていた。
