君の眩しさが、僕の暗闇を上書きするまで


二日の休日を挟み、教室には活気があふれていた。教室はいつものように騒がしかった。だが、飛び交う声の種類が、今日は少し違っている。
「今日、鍋島来てなくない?」
「マジだ。あいつが無断欠席とか珍しくね?」
「スマホにメッセージ送っても既読つかねーし。寝坊か?」
 ホームルーム前の喧騒の中、数人の男子生徒が集まって騒いでいた。鍋島は、昨日翔琉の部屋に集まり、一緒に馬鹿騒ぎをしていた友人の一人だ。紫乃は自分の席で教科書を開きながら、その会話を聞き流していた。
 ーー季節の変わり目だ、ただの風邪や寝坊だろう。紫乃にとっては、それ以上でも以下でもない些細な出来事だった。
 やがて予鈴のチャイムが鳴り、担任の教師が教室に入ってくる。
「席につけー。えー、今日は鍋島が体調不良で休みだ。お前らも体調管理には気をつけろよ」
 短い報告に、教室の中にただの風邪かという安堵と、少しの退屈な空気が広がる。季節の変わり目だ、ただの風邪だろう。紫乃にとっても、それは取るに足らない些細な出来事のはずだった。しかし、ふと顔を上げた紫乃は、微かに眉をひそめた。
 教室の中心。いつもの指定席のような場所にいる翔琉の様子が、明らかにおかしい。普段なら「あいつサボりかよ!」と真っ先に笑い声を上げるはずの彼が、自分の席に座ったまま、ピクリとも動かないのだ。机の上で両手を握りしめ、その手をじっと見つめている。紫乃は小さく息を吐き、席を立って翔琉のそばへと歩み寄った。
「翔琉」
「っ!」
 いつも通りのトーンで名前を呼んだだけなのに、翔琉は大きく肩を跳ねさせ、弾かれたように顔を上げた。
「な、なんだ、紫乃か……」
「大丈夫? 顔色、すごく悪いけど……」
 翔琉の顔からは、すっと血の気が引いていた。太陽のように明るい光を宿しているはずの琥珀色の瞳が、今は分厚い雲に覆われたように薄暗く濁り、落ち着きなく揺れている。
「いや……なんでもない。ちょっと寝不足なだけ」
 無理矢理作ったような笑み。そんな見え透いた嘘が僕に通じると思っているのだろうか。
「休んでる鍋島くんのこと?」
 紫乃が聞くと、翔琉はギュッと唇を噛み締め、あからさまに視線を泳がせた。
「……昨日、紫乃が俺の部屋から帰った後、『なんか体調悪い。寒気がする』ってメッセージ送ってきてさ。それから、いくら送っても既読がつかないんだよ」
「熱でも出して寝込んでるだけでしょ。珍しいことじゃない」
「……そうだよな。普通はそう思うよな」
 翔琉の声は弱々しく、かすれていた。普段の彼からは想像もつかないほど、生気がない。
 ――なんだよ、その顔。昨日の夜、パソコンを初期化すれば解決するのだと、二人で笑い飛ばしたはずだった。『早めにウイルスの存在に気づけてラッキーだった』と、彼自身が豪快に笑っていたではないか。
「でもさ、紫乃」
 翔琉が震える指先で、自分の腕をぎゅっと掴む。
「俺、思い出しちゃったんだよ。昨日、鍋島たちと一緒にあの動画見たんだ。……あの後からなんだよ」
「……何が?」
「俺のパソコンがおかしくなったのも、背後に誰かの気配がしたのも。……鍋島が体調崩して、連絡がつかなくなったのも」
 翔琉の言葉が、紫乃の胸の奥に引っかかった。ただのウイルスだ。論理的に考えれば、動画ファイルに仕込まれていたマルウェアがパソコンの挙動をおかしくしただけのこと。友人の体調不良など、完全に独立した別の事象に過ぎない。
「それにさ……鍋島から変なメッセージが届いたんだよ」
「変なメッセージ?」
「ジジジって、わけわかんないノイズ? っていうのかな、なんていうか気落ち悪いやつがさ」
 翔琉がおどおどとした様子で話す。
「いたずらじゃないの?」
「まぁ、鍋島はそういうことするから、そうかもしれないけど……気になるっていうか」
 ――呪いの動画なんてあるはずがない。そんなの作り物でしか存在しないものだろ。紫乃は心の中でそう論破しようとした。だが、目の前で青ざめ、怯え切っている翔琉の姿を見ていると、なぜか言葉が喉の奥でつっかえて出てこない。
 紫乃はそれ以上何も言えず、ただ黙って、震える親友の肩を見つめることしかできなかった。