紫乃がふと翔琉に視線を向けると、翔琉はパイプ椅子に座ったまま、両拳を膝の上で白くなるほど強く握りしめていた。俯いた彼の表情は前髪に隠れて見えないが、小刻みに震える肩が、彼の中で何かが限界に達しようとしていることを物語っていた。
「……翔琉?」
紫乃が戸惑いながら声をかけた、次の瞬間だった。
「なんで……」
床に落ちた水滴のように、低く掠れた声が響いた。
翔琉がゆっくりと顔を上げる。太陽のように明るく、どんな時でも前を向いていた琥珀色の瞳は、今はどす黒い雲に覆われたように暗く濁っていた。そこにあるのは、恐怖ではない。明確な嫉妬と、置き去りにされた者の深い疎外感だった。
「なんで、俺には言ってくれなかったんだよ……!」
怪異の波長によって極限まで増幅された嫉妬心は、もはや翔琉自身の理性では止められなかった。悲痛な叫びが、コンクリートの壁に反響する。
「俺は……俺はずっと、紫乃の一番の理解者だと思ってた。お前が家で息が詰まるって言った時も、一人で卑屈になってる時も、俺はずっと隣にいたじゃんか! それなのに……なんでそんな大事な過去のこと、俺には一回も触れさせてもくれなかったんだよ!」
翔琉の言葉は、まるで迷子になった子供のようだった。紫乃は目を丸くし、無意識に身を強張らせた。
「翔琉……? 僕の父親が死んだことは君だって知ってるんじゃ……」
防衛本能が働き、紫乃の口から冷たい理屈がこぼれ落ちる。
「そんな気持ちだったってこと、言ってなかったじゃん!」
翔琉がガタッと椅子を蹴立てて立ち上がった。
「あの時だって、お前だけが俺を助けてくれたのに!」
「あの時……?」
紫乃が自らの記憶を探ろうとする前に翔琉が矢継ぎ早に言葉を放つ。
「俺はあの時の紫乃に救われたんだ! お前がいなきゃ、俺はあのまま潰されてたかもしれない。だからこそ……俺はお前にとっての、特別な存在でありたかったんだよ!」
翔琉の拳が、震えながら虚空を叩く。
「今回だって、お前に俺の隣にいてほしいし、俺のことを見ていてほしかった。なのに……今日会ったばかりの朱藤先輩には、そんなにあっさりと自分のトラウマを話しちゃうのかよ。俺だけが……完全に仲間外れじゃないか!」
翔琉の悲痛な本音が、紫乃の胸を鋭く抉る。紫乃に救われたからこそ、自分も紫乃を救える唯一の理解者でありたかった。そう告げる翔琉の姿を紫乃は初めて見たのだった。
紫乃はその重すぎる感情を前に、どう返していいか分からなかった。紫乃が翔琉に過去を話さなかったのは、信用していなかったからではない。翔琉があまりにも眩しすぎたからだ。光に満ちた彼の領域に、自分の抱える醜くどろどろとした罪悪感と闇を持ち込みたくなかった。ただそれだけのことだった。
『ジリジリッ……!』
紫乃の頭にもノイズが走る。頭の中に響く不快なノイズのせいで、紫乃の思考もドロドロと濁っていく。気まずさと、うまく言語化できない苛立ちが、鋭い刃へと変わった。
「……君は、いつもそうだ」
怪異の波長によって極限まで増幅された嫉妬心は、もはや翔琉自身の理性では止められなかった。悲痛な叫びが、コンクリートの壁に反響する。
気まずさと、自分の本心をうまく言語化できない苛立ちから、紫乃の口から氷のように冷えた言葉が放たれる。
「君はいつも、勝手に決める。僕の気持ちも考えずに、勝手に僕の領域に踏み込んできて、勝手に理解者だと思い込む。……僕は、そんなの頼んでない」
「なんだと……?」
翔琉の顔が、さらに蒼白になる。
「ちょっと、いきなりどうしたんだい? 落ち着きな……」
『……ね……し……』
「ん?」
急なケンカに朱藤が止めようとするも、かすかに聞こえる3人と異なる声に耳を奪われる。紫乃と翔琉はその言葉が耳に入らず、さらに口論に熱が入る。
「だいたい、こんな極限状態になって、命の危険に晒されているのだって、そもそも……!」
『ジリジリジリッ……!』
ノイズが限界まで達した時、紫乃は、言ってはいけないと分かっている言葉を、感情の抑制が効かずに口にしてしまった。
「あの時、翔琉がPCを買おうなんて言わなければ、こんなことにはならなかったんだ!」
その言葉が放たれた瞬間、地下室の空気が完全に凍りついた。
翔琉の目が、信じられないものを見るように見開かれる。彼の顔からすべての血の気が引き、その瞳から、太陽のような眩しい光が完全に消え失せた。
「……そうかよ」
翔琉の唇が微かに震える。
「全部、俺のせいだって言うんだな」
翔琉は力なく呟き、数歩後ずさった。完全に精神的に孤立した翔琉の姿。紫乃は自分の放った言葉の鋭さに胸の奥が冷たくなるのを感じたが、一度吐き出した言葉はもう二度と引っ込めることはできなかった。
「おい、二人とも。何か聞こえないか?」
朱藤の鋭い声に、紫乃と翔琉はハッとして顔を上げる。
二人は感情のぶつけ合いに夢中で、周囲の異変に全く気がついていなかった。朱藤の視線の先――分厚い防弾ガラスの向こう側、パソコン一式が置かれたモニタールームに視線を向ける。
『……むかつく……おれだけ……』
『……なんで……みてくれないの……』
ぶつぶつ、ぶつぶつと、這いずるような低く湿った声が聞こえてくる。ノイズ混じりのその声は、明らかにガラスの向こうの、沈黙しているはずの黒いモニターから発せられていた。
「……嘘だろ」
紫乃は息を呑んだ。
電源ケーブルは壁のコンセントに繋がっていない。バッテリーも内蔵されていないただのデスクトップ用の液晶モニターだ。物理的に音が鳴るはずがない。
だが、その声は次第に輪郭を帯び、無数の男女の呻き声が混ざり合ったような、名状しがたい不気味な合唱へと変わっていく。
『……俺を……みて……』
『……どこにも、いかないで……』
孤独と執着が煮詰まったような、おぞましい怨念の声。次の瞬間、真っ黒だったモニターの画面が、見ていた3人を突き刺すように青白く光った。
「動いた……! 電源が入ってないのに!」
翔琉が恐怖に顔を引きつらせ、後ずさる。 青白い光は脈打つように強くなり、画面の奥に、どろどろとした赤黒い何かが蠢いているのが見えた。あの日の夜、紫乃の部屋で弟の有喜を襲おうとした、あの気色の悪い肉塊だ。
「まずい。完全に活性化している。ここから出よう!」
朱藤がパイプ椅子を蹴立てて立ち上がり、地下室の出口である重厚な鉄扉へと向かった。紫乃と翔琉も、先ほどの口論など忘れたように弾かれたように朱藤の後に続く。
しかし、朱藤が鉄扉の横にある電子ロックのパネルに手を伸ばした瞬間だった。
『ピーーーーッ!』
パネルの液晶が、突如として不気味な血のような赤色に染まり、けたたましいエラー音を鳴らし始めた。
「なっ……開かない!?」
朱藤が何度も暗証番号を叩き込むが、パネルは一切の入力を受け付けない。
「ロックが書き換えられている……! くそっ、この地下室のシステムごと、あの怪異にハッキングされたのか!」
朱藤の焦燥に満ちた声が、地下室に響く。
外部への電波を遮断し、物理的に頑丈な構造。絶対に安全だと思っていたそのシェルターが、今、最悪の形で彼ら自身を閉じ込める逃げ場のない檻と化してしまったのだ。
「おい、見ろ! あれ!」
翔琉が悲鳴のような声を上げた。防弾ガラスの向こう側。青白く光るモニターの隙間から、どろりとした赤黒い粘液が溢れ出し、金属製のテーブルの上へと滴り落ちている。
粘液はまるで意思を持ったアメーバのように這い広がり、テーブルの上から床へ、そして壁を這い登り始めた。
「なんなんだよあれ……! こっちに来るぞ!」
粘液はガラスの仕切りを無視するかのように、ケーブルの配管や通気口のわずかな隙間をすり抜け、紫乃たちがいるこちらの部屋へと侵食してくる。
『……さみしい……』
『……見て……みて……』
ぶつぶつという声が、地下室の四方八方から響き渡る。誰かに認められたいという異常なまでの情念が、物理的な質量を伴って迫り来る。壁を這う粘液が、周囲のテーブルや床、壁にべっとりと張り付いていく。そして壁内部の電線を通り、さらに別部屋の機材にも浸透する。
「こりゃまずいな」
朱藤が叫ぶも、すでに遅かった。怪異の肉塊が電子回路に触れた瞬間、機材の内部から「バチッ! バチバチッ!」という激しいショート音が鳴り響いた。
青白い火花が散り、サーバーの排気口から黒煙が噴き上がる。さらにモニターの近くに合ったパソコンからも同じような煙と火花がほとばしる。
「うわっ!」
紫乃は腕で顔を覆い、熱風を避けて後ずさった。物理的な機材が次々と破壊されていく。ショートした基盤から発火し、オレンジ色の炎が上がり始めた。
「ゲホッ、ゲホッ……火事になるぞ!」
翔琉が煙に咽びながら叫ぶ。地下室の照明が激しく明滅し、ついに「パァン!」という鋭い音と共にいくつかの電球が破裂した。視界は一気に暗くなり、空間は不気味な青白い光と、燃え盛る炎の明かりだけに照らされることになった。
「扉は開かない、機材は燃える……完全に閉じ込められた!」
朱藤がパネルを拳で叩きつけながら、初めて余裕を失った声を出した。
紫乃は燃え盛る機材と、床を這って迫りくる青白い粘液を見つめながら、絶望の淵に立たされていた。
逃げ場のない地下室。狂い始めた電子機器。息を吸うだけで肺が焼けつくような煙。
そして何より、先ほど翔琉に言い放ってしまった決定的な言葉の重みが、今になって紫乃の胸を激しく締め付けていた。
――僕のせいだ。僕が、彼を突き放したから。
あの時、翔琉が手を差し伸べてくれなかったら、自分はずっと冷たい暗闇の中にいたはずだったのに。その彼を、自分はたった今、一番残酷な言葉で切り捨ててしまった。
「……翔琉?」
紫乃が戸惑いながら声をかけた、次の瞬間だった。
「なんで……」
床に落ちた水滴のように、低く掠れた声が響いた。
翔琉がゆっくりと顔を上げる。太陽のように明るく、どんな時でも前を向いていた琥珀色の瞳は、今はどす黒い雲に覆われたように暗く濁っていた。そこにあるのは、恐怖ではない。明確な嫉妬と、置き去りにされた者の深い疎外感だった。
「なんで、俺には言ってくれなかったんだよ……!」
怪異の波長によって極限まで増幅された嫉妬心は、もはや翔琉自身の理性では止められなかった。悲痛な叫びが、コンクリートの壁に反響する。
「俺は……俺はずっと、紫乃の一番の理解者だと思ってた。お前が家で息が詰まるって言った時も、一人で卑屈になってる時も、俺はずっと隣にいたじゃんか! それなのに……なんでそんな大事な過去のこと、俺には一回も触れさせてもくれなかったんだよ!」
翔琉の言葉は、まるで迷子になった子供のようだった。紫乃は目を丸くし、無意識に身を強張らせた。
「翔琉……? 僕の父親が死んだことは君だって知ってるんじゃ……」
防衛本能が働き、紫乃の口から冷たい理屈がこぼれ落ちる。
「そんな気持ちだったってこと、言ってなかったじゃん!」
翔琉がガタッと椅子を蹴立てて立ち上がった。
「あの時だって、お前だけが俺を助けてくれたのに!」
「あの時……?」
紫乃が自らの記憶を探ろうとする前に翔琉が矢継ぎ早に言葉を放つ。
「俺はあの時の紫乃に救われたんだ! お前がいなきゃ、俺はあのまま潰されてたかもしれない。だからこそ……俺はお前にとっての、特別な存在でありたかったんだよ!」
翔琉の拳が、震えながら虚空を叩く。
「今回だって、お前に俺の隣にいてほしいし、俺のことを見ていてほしかった。なのに……今日会ったばかりの朱藤先輩には、そんなにあっさりと自分のトラウマを話しちゃうのかよ。俺だけが……完全に仲間外れじゃないか!」
翔琉の悲痛な本音が、紫乃の胸を鋭く抉る。紫乃に救われたからこそ、自分も紫乃を救える唯一の理解者でありたかった。そう告げる翔琉の姿を紫乃は初めて見たのだった。
紫乃はその重すぎる感情を前に、どう返していいか分からなかった。紫乃が翔琉に過去を話さなかったのは、信用していなかったからではない。翔琉があまりにも眩しすぎたからだ。光に満ちた彼の領域に、自分の抱える醜くどろどろとした罪悪感と闇を持ち込みたくなかった。ただそれだけのことだった。
『ジリジリッ……!』
紫乃の頭にもノイズが走る。頭の中に響く不快なノイズのせいで、紫乃の思考もドロドロと濁っていく。気まずさと、うまく言語化できない苛立ちが、鋭い刃へと変わった。
「……君は、いつもそうだ」
怪異の波長によって極限まで増幅された嫉妬心は、もはや翔琉自身の理性では止められなかった。悲痛な叫びが、コンクリートの壁に反響する。
気まずさと、自分の本心をうまく言語化できない苛立ちから、紫乃の口から氷のように冷えた言葉が放たれる。
「君はいつも、勝手に決める。僕の気持ちも考えずに、勝手に僕の領域に踏み込んできて、勝手に理解者だと思い込む。……僕は、そんなの頼んでない」
「なんだと……?」
翔琉の顔が、さらに蒼白になる。
「ちょっと、いきなりどうしたんだい? 落ち着きな……」
『……ね……し……』
「ん?」
急なケンカに朱藤が止めようとするも、かすかに聞こえる3人と異なる声に耳を奪われる。紫乃と翔琉はその言葉が耳に入らず、さらに口論に熱が入る。
「だいたい、こんな極限状態になって、命の危険に晒されているのだって、そもそも……!」
『ジリジリジリッ……!』
ノイズが限界まで達した時、紫乃は、言ってはいけないと分かっている言葉を、感情の抑制が効かずに口にしてしまった。
「あの時、翔琉がPCを買おうなんて言わなければ、こんなことにはならなかったんだ!」
その言葉が放たれた瞬間、地下室の空気が完全に凍りついた。
翔琉の目が、信じられないものを見るように見開かれる。彼の顔からすべての血の気が引き、その瞳から、太陽のような眩しい光が完全に消え失せた。
「……そうかよ」
翔琉の唇が微かに震える。
「全部、俺のせいだって言うんだな」
翔琉は力なく呟き、数歩後ずさった。完全に精神的に孤立した翔琉の姿。紫乃は自分の放った言葉の鋭さに胸の奥が冷たくなるのを感じたが、一度吐き出した言葉はもう二度と引っ込めることはできなかった。
「おい、二人とも。何か聞こえないか?」
朱藤の鋭い声に、紫乃と翔琉はハッとして顔を上げる。
二人は感情のぶつけ合いに夢中で、周囲の異変に全く気がついていなかった。朱藤の視線の先――分厚い防弾ガラスの向こう側、パソコン一式が置かれたモニタールームに視線を向ける。
『……むかつく……おれだけ……』
『……なんで……みてくれないの……』
ぶつぶつ、ぶつぶつと、這いずるような低く湿った声が聞こえてくる。ノイズ混じりのその声は、明らかにガラスの向こうの、沈黙しているはずの黒いモニターから発せられていた。
「……嘘だろ」
紫乃は息を呑んだ。
電源ケーブルは壁のコンセントに繋がっていない。バッテリーも内蔵されていないただのデスクトップ用の液晶モニターだ。物理的に音が鳴るはずがない。
だが、その声は次第に輪郭を帯び、無数の男女の呻き声が混ざり合ったような、名状しがたい不気味な合唱へと変わっていく。
『……俺を……みて……』
『……どこにも、いかないで……』
孤独と執着が煮詰まったような、おぞましい怨念の声。次の瞬間、真っ黒だったモニターの画面が、見ていた3人を突き刺すように青白く光った。
「動いた……! 電源が入ってないのに!」
翔琉が恐怖に顔を引きつらせ、後ずさる。 青白い光は脈打つように強くなり、画面の奥に、どろどろとした赤黒い何かが蠢いているのが見えた。あの日の夜、紫乃の部屋で弟の有喜を襲おうとした、あの気色の悪い肉塊だ。
「まずい。完全に活性化している。ここから出よう!」
朱藤がパイプ椅子を蹴立てて立ち上がり、地下室の出口である重厚な鉄扉へと向かった。紫乃と翔琉も、先ほどの口論など忘れたように弾かれたように朱藤の後に続く。
しかし、朱藤が鉄扉の横にある電子ロックのパネルに手を伸ばした瞬間だった。
『ピーーーーッ!』
パネルの液晶が、突如として不気味な血のような赤色に染まり、けたたましいエラー音を鳴らし始めた。
「なっ……開かない!?」
朱藤が何度も暗証番号を叩き込むが、パネルは一切の入力を受け付けない。
「ロックが書き換えられている……! くそっ、この地下室のシステムごと、あの怪異にハッキングされたのか!」
朱藤の焦燥に満ちた声が、地下室に響く。
外部への電波を遮断し、物理的に頑丈な構造。絶対に安全だと思っていたそのシェルターが、今、最悪の形で彼ら自身を閉じ込める逃げ場のない檻と化してしまったのだ。
「おい、見ろ! あれ!」
翔琉が悲鳴のような声を上げた。防弾ガラスの向こう側。青白く光るモニターの隙間から、どろりとした赤黒い粘液が溢れ出し、金属製のテーブルの上へと滴り落ちている。
粘液はまるで意思を持ったアメーバのように這い広がり、テーブルの上から床へ、そして壁を這い登り始めた。
「なんなんだよあれ……! こっちに来るぞ!」
粘液はガラスの仕切りを無視するかのように、ケーブルの配管や通気口のわずかな隙間をすり抜け、紫乃たちがいるこちらの部屋へと侵食してくる。
『……さみしい……』
『……見て……みて……』
ぶつぶつという声が、地下室の四方八方から響き渡る。誰かに認められたいという異常なまでの情念が、物理的な質量を伴って迫り来る。壁を這う粘液が、周囲のテーブルや床、壁にべっとりと張り付いていく。そして壁内部の電線を通り、さらに別部屋の機材にも浸透する。
「こりゃまずいな」
朱藤が叫ぶも、すでに遅かった。怪異の肉塊が電子回路に触れた瞬間、機材の内部から「バチッ! バチバチッ!」という激しいショート音が鳴り響いた。
青白い火花が散り、サーバーの排気口から黒煙が噴き上がる。さらにモニターの近くに合ったパソコンからも同じような煙と火花がほとばしる。
「うわっ!」
紫乃は腕で顔を覆い、熱風を避けて後ずさった。物理的な機材が次々と破壊されていく。ショートした基盤から発火し、オレンジ色の炎が上がり始めた。
「ゲホッ、ゲホッ……火事になるぞ!」
翔琉が煙に咽びながら叫ぶ。地下室の照明が激しく明滅し、ついに「パァン!」という鋭い音と共にいくつかの電球が破裂した。視界は一気に暗くなり、空間は不気味な青白い光と、燃え盛る炎の明かりだけに照らされることになった。
「扉は開かない、機材は燃える……完全に閉じ込められた!」
朱藤がパネルを拳で叩きつけながら、初めて余裕を失った声を出した。
紫乃は燃え盛る機材と、床を這って迫りくる青白い粘液を見つめながら、絶望の淵に立たされていた。
逃げ場のない地下室。狂い始めた電子機器。息を吸うだけで肺が焼けつくような煙。
そして何より、先ほど翔琉に言い放ってしまった決定的な言葉の重みが、今になって紫乃の胸を激しく締め付けていた。
――僕のせいだ。僕が、彼を突き放したから。
あの時、翔琉が手を差し伸べてくれなかったら、自分はずっと冷たい暗闇の中にいたはずだったのに。その彼を、自分はたった今、一番残酷な言葉で切り捨ててしまった。
