放課後は、廃校舎で『家族ごっこ』をしています。

 月曜の放課後。
 ホームルームが終わると鷹村から声を掛けてきた。
「杉崎、行こうぜ」
「あ、ああ……」
 鷹村と連れ立って教室を出ようとすると、クラスメイトたちがわらわらと集まってくる。
「お、なんだ。二人とももう帰るのか?」
「一緒に駅前のゲーセン行こうぜ」
 放課後になってもお誘いが絶えないとは、さすが短期間で人気者になる奴は違うな。
「悪いな。今日は親父の仕事を手伝いに行かなきゃなんだ」
「ふーん、杉崎は?」
「杉崎は今日の現場の場所を知ってるっていうから、案内をお願いしたんだ。地元の人じゃないと分かりにくい場所らしくて。な?」
「……ま、まぁな」
 よくもまぁペラペラと、そんな嘘が出てくるもんだ。
 幸いクラスメイトの半分は電車通学なせいもあって、地元の案内となると昔からこの辺りに住んでる俺に頼ったほうがいいという理由に納得してくれる。
 ――嘘のつき方が上手いんだよな。
 きっとそれだけ『祓い屋』として長くやっているんだろう。
「そっかぁ。じゃあしゃーねぇな」
「頑張れよ〜」
 軽い声援を受けて、俺と鷹村はまず一緒に体育館横の駐輪場へ向かった。
「親父の仕事の手伝いなんて、よくあいつらが信じたな」
「ああ。歓迎会の時に言っておいたからな。不動産関係の仕事をしてる親父の後継ってことで、放課後は現地調査の手伝いとかしてるって」
「なるほど」
 そう言っておくことで、部活動の勧誘も避けているらしい。うまいもんだな。それに、先週聞かされた『祓い屋』としての仕事を考えると、あながち間違いでもない理由のような気がする。
 駐輪場につき、自転車のカゴにカバンを入れて鍵を開けていると、鷹村が担いでいた細長い布の袋みたいなものの紐を結び直していた。パッと見た感じ、剣道なんかで使う竹刀なんかを入れているような袋に見える。
「朝から気になってたけど、それ何?」
「ああ、仕事道具だよ」
 仕事ということは、例の『祓い屋』としての仕事道具なんだろうか。
 他のクラスメイトたちには習い事で使うもの、なんて説明をしていたし、先生たちも特に咎めていなかったので、その辺の立ち回りが上手いのはやはりプロだなと感じる。
 ――まぁ、詐欺のプロか、ガチのプロか、今日でハッキリするけどな。
 ただここまで自然に立ち回られてると、どっちなのかもよく分からないが。
 校門を出た後も、自転車を押しながら鷹村と一緒に大通りを『山』があるほうへ向かって歩く。
「この辺りは畑というか、田んぼが多いんだな」
 鷹村が大通りを挟むように広がる田畑を眺めながら言った。都会から来たというし、こういう光景も珍しいんだろう。
「ああ。ブランド米とか米作りに力をいれてて、昔から農家のとこも多いからな。うちもじーちゃんたちがやってるよ」
「そういえば転校先を探してる時に、農業高校も候補にあったな」
「ああ、あるある。でもこの辺からだと通いにくいぞ」
「そうそう、引越し予定のマンションからじゃ難しそうだったから辞めたんだよね」
 この辺について調べるために来たというだけあってか、山に向かってる最中の話題は殆ど地元に関する質問ばかりだった。むしろクラスメイトたちに話したと言う『親父の仕事を手伝って地元を調べている』ほうが、祓い屋なんて非現実的な設定より信憑性が高い気もするが。
 ――なんか、詐欺師なのかなんなのか、分かんなくなってきたな。
 そんなことを考えつつ、いつもの農道に近づいてきた辺りで、麻生からメッセージが来た。

 麻生《どうしよう。校舎、入れないかも》

「……は?」
 メッセージを読んで、思わず立ち止まる。
「どうした?」
「校舎に、入れないかもって……」
 詳細は書かれていないが、麻生がオロオロと困っている様子が頭に浮かんだ。俺はすぐに『もうすぐ着くから』と返事をする。
「とりあえず、急ごうぜ!」
「そうだな。杉崎は自転車に乗っていいぞ、オレは走るから」
「……わかった」
 そういえばコイツ、スポーツ万能転校生だった。
 俺は遠慮なく自転車に跨って、遠慮なくペダルを漕ぎ始める。しかし鷹村は荷物を持って走っているはずなのに、自転車の俺に置いていかれることなくすぐ後ろをついてきていた。
 ――やっぱコイツやべぇかも!
 たとえ詐欺師だったとしても、敵にしちゃいけないような気がする。
 鷹村と一緒に大通りから曲がって農道を走り、いつもの雑木林が見えてきた。と思ったら、男が一人小道に入る手前のところで佇んでいることに気付く。
 制服といい、髪型といい、どっからどう見ても麻生だ。
「麻生ー!」
 俺が大声で呼びかけると、やはり麻生だったヤツが振り返る。そして予想通り、困惑した顔をしていた。
「す、スギくん……」
 俺は麻生のすぐ近くまで行ってから自転車を降りる。
「校舎に入れないって、どうしたんだ? 何かあったのか?」
「それが、あそこ……」
 自転車のスタンドを立てながら尋ねると、麻生は困ったような声で雑木林のほうを指差した。
 言われるまま雑木林のほうを見ると、トンネルのようになっていた雑木林の中の小道に、木が倒れていた。それも一本ではなく、二か三本は倒れており、廃校舎に続く小道が完全に封鎖されている。
「うーわ、なんだこれ……」
「土日、風強かったし、そのせいかな?」
 確かに昨日一昨日は台風が来たのかと思うくらい風が強くて、夜なんかうるさくてなかなか寝付けないくらいだったけど。
「……それにしては、でかい木ばかり倒れてるのが気になるな」
 そう言った鷹村が倒れている木に近寄って、熱心に観察している。鷹村はあんなに急いで走ってきたのに息一つ上がってなくて、本当にヤベェ奴だな、と俺は思っていた。
 そんな鷹村の言うとおり、強風で倒れたなら雑木林のほとんどの木が倒れていてもおかしくない。なのに、道を塞ぐように数本だけというのは、なんだか意図的だ。
「……妨害、されてるのかもな」
「妨害?」
「ああ。よくあるんだよ。祓われたくない連中が、こうやって辿り着けないように邪魔してくることがさ」
 そう言って鷹村は、今度は倒れた木の生えていた辺り、折れた根元の部分を確認している。
「……それって、花子さんが鷹村くんに来て欲しくないって、思ってるってこと?」
「うーん。たぶん、そうじゃないかな」
「まじか」
 軽く確認して戻ってきた鷹村が、パンパンと手を叩いて汚れを払っていた。
 ホラー映画なんかでよくある話だが、実際にもそんなことは起こり得るらしい。
「……お、怒らせちゃったのかな」
「ま、本当に怒ってたら、こんなもんじゃ済まないし、ただの警告だろうけどね」
 麻生が不安げな顔で言うと、鷹村が肩をすくめてみせた。
 警告だけで木を切り倒すなんて、俺たちの家でやっていた悪戯――鏡に映ったり、階段の踊り場に現れたりに比べると、かなり強い意志を感じるが。
「なぁ、他に廃校舎に行く道ってないの?」
 鷹村に聞かれ、俺と麻生はチラリと互いに視線を交わす。
「ここ以外の道は、全部なくなったんだ」
「は?」
「この雑木林からいけるのは校舎の裏門側なんだけど、区画整理の影響で、正門側や他の道が全部無くなっちゃったんだよね」
 随分前から、この辺一帯の区画や道路を綺麗に整備しようという話があった。そのためにも、ここにある校舎は解体されて無くなる予定だったのだが、工事を始めようとしたところ、事故が多発。何度も業者を入れ替え、神主を呼んで拝んだりもしたが、工事を進めることができずに断念されたのである。
 だからこそ、この廃校舎には近づく人がほとんどいない。まして、取材と称してやってきた学生(つまり俺と麻生)が花子さんに気に入られてしまったなんて事件も起きたから、余計に関わりたがる奴はいなくなった。
「一応、工事が再開できた時のために裏門側のここだけ道が残ってて。でも未だに解体できないから、ずっと放置されてるんだよね」
 本来であれば校舎の向こう側にある農道と、大通りからこの雑木林の道の間にある農道が繋がる予定だったらしい。
 この辺りは田んぼと田んぼの間に、動かせない竹林や雑木林、こういう山がちょこちょこある。実はどれもこれも『神様を動かせない』とか『呪われてるから』なんて、結構オカルトな理由だ。
 ――だからこそ、鷹村の『大規模な土地開発のための調査と浄化』がガチっぽいな、と思ったんだけどよ。
「……ふーん、なるほどねぇ」
 鷹村は俺たちの話を聞きながら、何かしら考えた顔をしていたが、とりあえず、と携帯電話を取り出した。
「まぁ、この倒木は邪魔だし危ないから、撤去を依頼しておこう。でも今すぐは無理だろうし、廃校舎の案内はまた次の機会だな」
「あー、そうだな。……となると、金曜日、か?」
「うん。金曜なら、僕は大丈夫」
 鷹村に言われて麻生を見ると、麻生が頷いた。
「まぁそれまでになら、撤去もされてるだろうし、今日は通報だけして帰ろうか」
 そう言って鷹村がどこかに電話を掛ける。倒木を撤去するために、業者かどこかに電話しているのだろうか。こういうことは『よくある』と言っていたので、対処にも慣れているのかもしれない。
 ふと麻生のほうを見ると、顔色が真っ青で、とても不安そうな表情をしていた。俺は麻生の肩をポンポンと優しく叩く。
「大丈夫か?」
「……う、うん。もしかして、花子さんが怒ってるのかな、って思ったら怖くなっちゃって」
「そうだな……」
 麻生の不安も、分からなくもない。
 花子さんが家に現れて、一緒に遊ぶことを催促してくることはあったけど、こんなふうに木を倒してまで強く警告してくるようなことは一度もなかった。
 やはり、鷹村を連れて来ないほうが良かったんだろうか。
「……これ以上、何もないといいけど」
 俺はそう呟いて、雑木林の奥を見つめた。