「そんなわけで、俺と麻生は今も定期的に『山』にある校舎に行ってるってわけ」
「……なるほどねぇ」
小さなノートにメモをとりながら鷹村が頷く。
「最初に花子さんに会ったのは、中二のいつ頃?」
「あー、一学期の終わりくらいだから、七月くらいかな」
予定していたホラー特集の学校新聞は、夏休み前に発行する予定だったものだ。しかし、俺と麻生が学校外の取材中に倒れたということもあって、新聞の発行はもちろん中止。それ以降、学校外での取材は禁止になっている。
おかげで新聞委員の奴らからは感謝されたけど、事情が事情なだけに嬉しくはなかった。
「つまり、まるまる三年も通ってるんだな」
「まぁ、そうだな」
中学卒業間近になっても、花子さんが飽きてくれることはなかった。
でもこちらの事情で行かなくなったら、家に、家族に被害が及ぶ。だから俺と麻生は、自宅から通える距離の高校を選んだのだ。
「最近はようやく家に出るのも減ってきた感じだけどな」
「んー。でも満足はしてなさそうだね」
「は?」
「……なんで、分かるの?」
麻生の言葉に、鷹村がジッとこちらを見て言った。
「ああ。だってずっと、お前らに変なモヤが纏わり付いてるからさ」
「え、モヤ?」
「うん。それがたぶん、花子さんの思念というか、執着的な何か、だと思うけど」
驚いた俺と麻生は、互いに視線を交わして頷く。
「……神主さんと同じだね」
「あ、ああ……」
この『モヤ』については、廃校舎に通うように助言をしてくれた神主さんにも言われたことだ。
この変なモヤのことは、家族や周りにも言ってなくて、俺と麻生だけの秘密にしていたことでもある。おかげで、噂を聞いてやってきた霊能者たちはモヤのことなど一切言わなかったので、すぐに詐欺師だと見破れた。
「……へぇ、その神主さんてのは、なかなか出来る人みたいだね」
妙に偉そうな感じが少し鼻につくが、それに気付くということは、やっぱり鷹村は『本物』なんだろう。
「じゃあ、鷹村はこのモヤをなんとか出来たりするのか?」
「うん、たぶんな。モヤをなんとかするっていうか、元凶の花子さんがいなくなれば消えるはずだし」
鷹村はメモを見返しながら、持っていたボールペンの先でトントンと紙の上を叩く。
「でもまぁそれだけ長期間『おままごと』に付き合ってるなら、無理矢理祓わなくても、話し合いで行けそうな気はするけどな」
「鷹村くんは、お化けと話し合いができるの?」
麻生が驚いたように聞き返した。
俺たちですら最初に見た時や、家にやってきた時くらいしか花子さんの姿は見てない。廃校舎で『おままごと』をする時は、いつも囁くような声が聞こえるだけで、見えない奴を相手になんとかやっているのに。
「うん? ああ、視えるし聞こえるし対話もできるよ。まぁ、手に負えない時は叩っ斬っちゃうけど。今回の件は話を聞いてる限り、そこまで悪質じゃなくなってるようだから、対話で十分そうだけどね」
そう言いながら、鷹村がノートを閉じる。どうやら俺たちに聞きたいことは聞けたらしい。
「ともあれ、現場に行って実物と会ってみないとな。モヤだけじゃ『執着してる』ってことくらいしか分かんないし」
「そっか。よし、じゃあ早速、行ってみるか!」
俺がそう言って立ち上がると、麻生が驚いた顔で見上げた。
「え、今から行くの?」
「おお。善は急げっていうだろ!」
「……でも、今日はもう遅いし。今から行ったら真っ暗で危ないよ」
「へ?」
言われて窓の外を見ると、思っていた以上に日が暮れかかっている。
「おお、いつの間に?」
「また今度、時間を合わせて行ける日に行ったほうがいいよ」
「そうだな」
せっかくこの勢いのまま、と思ったのに。
俺がガッカリしつつ腰を下ろすと、鷹村が不思議そうな顔をする。
「なんだ、そこってそんなに暗い場所なのか?」
「日のあるうちはいいんだけど、あの辺りは街灯もないから、日が暮れたら真っ暗になるんだ。道も舗装されてないし、特に梅雨の時期は明かりとか準備して行かないと……」
珍しく長々と説明する麻生を、鷹村が何かを確かめるようにジッと見つめていた。するとそれに気付いた麻生が、慌てたように目を逸らして、俺の後ろに隠れようとする。
「あぁ、悪気はねぇんだ。そんなふうに見られるの、コイツ苦手でよ」
なぜか俺が代わりに弁明した。まぁ、麻生と一緒にいると時々あることなので、慣れたもんだ。
「そうなのか、悪いな」
「いえ……」
せっかく頭がいい奴同士だし、鷹村となら友達になれるかなーと思ったけど、麻生がこれじゃやっぱり難しそうだな。
学校でも一人だったりするんだろうか。なんか今更だけど、心配になってくる。
「じゃあとりあえず、改めて廃校舎に行く日を決めた方がいいか?」
「そうだな」
「休日はダメなんだっけ?」
「うん。なんでか分かんないけど、休みの日はいくら呼び出しても出てこないんだよなぁ」
平日の放課後だと都合が合わない時もあるからと、試しに休日に行って何度か試したことがある。でもそのどれもがダメだったので、平日の放課後だけと決めた。おかげで部活とかも諦めた。まぁ、やりたいことは特になかったからいいけど。
「たぶん、休日は学校がお休みの日だから、生徒がいるのはおかしい、みたいな理屈かなって思ってるけど……」
俺の陰に隠れながら麻生が言う。なんとなく俺もそんな気がしてるので、麻生の説を推したい。
「だからまぁ、やっぱり平日の放課後だな。麻生は、次いつならいけそう?」
「……来週だと月曜か金曜、かな。あとは、再来週水曜の『おままごと』の日になっちゃうかも」
麻生の言葉に、鷹村が携帯電話を取り出して何かを見ている。スケジュールは携帯電話に入れているんだろうか。
「うん、来週の月金ならオレも平気だよ」
「んじゃあ、とりあえず来週の月曜に行くってことで!」
まだ鷹村については半信半疑な部分があるけど、もしこれでうまくいけたらオールオッケーだろ。
高校二年目にして、ようやくまともな学生生活が送れるかもしれない。
俺はその予感めいたものだけで、めちゃくちゃ楽しくなっていたのだった。



