放課後は、廃校舎で『家族ごっこ』をしています。



 中学二年の時、新聞委員に所属していた俺は、夏のホラー特集『地域の怖い話』のための取材をすることになったんだ。
 地域で怖い噂がある場所に実際に行って、どんな噂があるのか、お化けが本当に出るのか検証とか実験をして記事にするってやつ。
 普段は学校内で済む記事ばっかりだったのに、内容が内容だから、委員活動の時間に学校外まで行く羽目になって、スゲー嫌だったな。
 こういうのがあるから、新聞委員は不人気で嫌われてた。俺も本当はやりたくなかったけど、当時は口が悪いせいで周りからちょっと距離取られててさ。だから、殆ど押し付けられたみたいな形で新聞委員をやってた。
 そんで、いくつかあった怖い話の取材候補のうち一つが、山の中にある例の廃校舎だったんだ。
 ずいぶん昔に老朽化や移転が重なって、閉鎖された小学校の校舎なんだけど、別に変な事件が起きたりもしてないのに、取り壊し工事をしようとすると機械の故障や事故が相次いで出来ないんだって。そのうち『幽霊がいるから解体されない校舎』と言われるようになって、誰も寄り付かなくなった場所だ。
 廃校舎では数組のペアに分かれて、校舎内の写真を撮ったり、噂で伝わってた七不思議の検証をしていった。
 俺はその時、違うクラスの新聞委員だった麻生とペアになって、一緒に『トイレの花子さん』の検証をしたんだ。
 この学校の花子さんは、一階の女子トイレにいるって話だったから、まず校舎一階の一番端にある、女子トイレに向かった。校舎内はかなりボロかったけど、一階の廊下はまだなんとか通れる感じだったからさ。
 トイレに着いて、中に入ってみたら壁に貼られたタイルはボロボロで、あちこちヒビが入ってるし、埃っぽいし、木製のドアも湿気のせいか表面がふにゃふにゃ。個室は五つあったけど、中の便器も殆どが割れてたな。
 とりあえず、噂の通りに手前から三番目のドアをノックして呼びかける。
「はーなこさん、遊びましょう」
 同じように二度ほど繰り返したが、何も起こらなかった。
「……いないみたいだな」
「そ、そうだね」
 ノックした俺も、俺の後ろにくっついてビビってた麻生も、ホッとしたような拍子抜けしたような息を吐く。それからまぁ取材だし、トイレの中の写真をいくつかパシャパシャ撮って、麻生と一緒にトイレから出ようとした、その時だった。
 いきなり出口近くにあった手洗い場の蛇口から、ジャーっと勢いよく水が出てきたんだ。
「はぁ!?」
 廃校舎だから水道なんか通ってるわけないし、鏡の外された手洗い場の蛇口には、そもそも捻る為のハンドルがない。
「たたたたぶん、雨水とかが溜まっててそれが出てきたんだよ!」
 麻生が震えながらもそれっぽい理由を言ってくれたので、俺はそれに乗っかって頷いた。
「そ、そうだよな! たまたま出てきただけだよな! よし、これを記事のネタにしようぜ!」
 俺たちは頷き合うと急いでトイレから廊下へ飛び出した。
 そしてすぐに取材が終わったら集合する予定の、正面玄関前に向かって走り出す。
 ギシギシうるさい廊下を、音なんて構わず踏み鳴らしながら走った。走って走ったが、全然つかない。
「……ね、ねぇ。こんなに遠かったっけ?」
 はぁはぁと肩で息をする麻生に言われて、二人して立ち止まる。
 確かに妙だった。トイレの横は用務員、印刷室、職員室が並んで、校長室まで行けば玄関前の、大きく開けたエントランスホールに繋がる。なのに全然、広い空間にたどり着く気配がない。
「い、いや。そんなはず、ないけど……」
 困惑しながら振り返ると、かなり遠くになったはずのトイレが、すぐそこにあった。
「……嘘だろ」
 俺はすっかりへばった麻生の腕を掴んで、もう一度走り出す。
 でもどれだけ走っても走っても、職員室の先にいけない。
 引率できていた先生に連絡しようにも、授業の一環で来てるから携帯電話は手元にないし、廊下の窓を開けて脱出しようとしてみたが、窓枠が歪んでいてびくともしない。
「……くそ!」
 さすがに体力が限界で、俺も麻生も廊下に転がるように座り込んだ。
 どうするべきか考えていると、不意に後ろのほうからドアがギィっと開く音が小さく聞こえる。
 ハッとして二人同時に振り返ると、小学生くらいの女の子がトイレの前の廊下に立っていた。
 おかっぱ頭で赤いスカートを履いた女の子。なぜか顔だけがぼんやりとしていて、うまく認識できない。
〈ねぇ、何して遊ぶ?〉
 耳元で囁くような声が聞こえた。
「うわああああああああ」
 俺も麻生も大声で叫びながら、また正面玄関に向かって廊下を走り出す。
 たぶんあれは、花子さんだ。
 ギシギシうるさい廊下をひたすら走っていると、今度は普通に職員室の先まで行けた。
 これなら正面玄関まで行ける。そしたら先生や他の生徒が待っているはずだし、なんとかしてもらえるはずだ。俺は少しだけホッとしていた。
 ようやくエントランスホールにつき、玄関から出ようとドアのほうへ曲がると、下駄箱の手前にさっきの女の子が立っている。
「ひぃいいい!」
 麻生が腰を抜かしたのか、そのままその場に崩れ落ちた。
 追いかけてきてると思ったのに先回りしてるなんて反則だろ。
〈ねぇ、何して遊ぶ?〉
 姿は目の前にあるのに、声はなぜかすぐ耳元で囁かれているような、奇妙な感覚が気持ち悪い。
 俺は花子さんの問いかけに、一生懸命考えた。
 噂だと、ここで答えを間違えたら大変な目に遭うらしい。例えば『おにごっこ』ならずっと追いかけまわされて家までついてくるし、『かくれんぼ』は花子さんを見つけるまで家に帰れないとか。
 小学生くらいの子どもとできる、安全な遊びを考えて考えて、俺はあっと一つ思い出した。
 少し前に親戚の家に行って、小さな従妹たちとやった遊び。
「お、おままごと!」
 俺がそう叫ぶと、花子さんは嬉しそうな声で答えた。
〈うん、いいよ〉
 そうして俺は麻生と一緒に、正面玄関の手前にあるエントランスホールで『おままごと』をした。
 俺がお父さん役で、麻生がお母さん役。そして花子さんが娘の役だった。
『おままごと』といっても、使えそうな小道具なんて何もないから、その辺に落ちてた石や瓦礫を家具に見立てて、小さな家族ごっこを始めたんだ。
 よくある家族っぽい会話に、家族っぽい動作。
 それをただぎこちなく、なんとか考えながらやったことだけは覚えている。
 気付いた時には俺も麻生も、エントランスホールで眠るように倒れていたらしい。なかなか戻ってこない俺たちを探しにきた先生や、他の新聞委員たちに起こされた。
 その日は俺も麻生も、花子さんの要求は満たしたし、それで終わりだと思っていた。花子さんが家に着いてくるとかもなかったし。
 でも、取材からしばらくして、周囲で変なことが起きるようになったんだ。
 夜中に突然、部屋やトイレのドアをノックされたり、家に一人しかいないのに家中の水道が一気に全部出たり。ほかにも、洗面台の鏡に知らない女の子が映ったり、階段の踊り場に人が立ってると家族も言うようになって。一番下の弟なんて、お化けに驚いて階段から落ちて怪我したりもしたんだ。
 これは絶対、花子さんの仕業だと思った俺は、一緒に『おままごと』をした麻生に「お前の家は大丈夫か?」って聞きに行ったら、麻生の家もだいたい同じような状況で困ってるって言われた。
 それで俺たちは二人でなんとかしなきゃと思って、地元の神社に相談に行ったんだ。そしたらすごい年食った神主さんに、こんなふうに言われた。

「あんたら二人、彼女に気に入られたんだろう。きっと最後まで一緒に遊んでくれたのが、よほど嬉しかったんだろうね。だからまた遊びたくて、家まで誘いにきているんだ。定期的に会いに行って、満足させるしかないだろうね」

 それから俺と麻生は、定期的に花子さんと『おままごと』をするために廃校舎へ行くようになった。
 一度行くとしばらくは自宅で怪現象が起きなくなるんだけど、数日したらまたすぐ変なことが起きるようになった。鏡に知らない女の子が映ったり、トイレに入ってるとノックしてきたりして、花子さんがやってくる。
 そしたら俺と麻生は『おままごと』をしに、廃校舎に行かなきゃいけない。
 最初のうちは三日に一回くらいは行ってたかな。そのうち一週間に一回、十日に一回と少しずつ間隔を空けられるようになった。
 今は二週間に一回、だいたい月に二回くらいの『おままごと』を続けてる。