◇
「……はー、今日に限って絵本パターンとは」
レジャーシートの上に揃って寝転んだまま、俺は疲れたように呟く。
今日の花子さんが読み上げてくれたお話は、赤ずきんとシンデレラと白雪姫を足して割ったような話だった。
もちろんこれも過去に何度か読み聞かせてもらった話である。
ひたすら相槌を打ち続けていたら、外はあっという間に真っ暗になっており、念の為にと置いておいた電池式ロウソクの明かりが煌々と眩しい。
お話が終わったタイミングを見計らって、もう寝る時間だよと寝かしつけることで、ようやく今日の『おままごと』が終わったところだ。
「でも久々だったね、絵本読んでもらうの」
「まー、時間がある時ならいいんだけどよ」
よりにもよって、遅くなった日に限ってこのパターンはなかなか辛い。主に空腹とかその辺が。
俺は深く息を吐きながら身体を起こした。
電池式ロウソクの明かりを頼りに、下駄箱にしまっておいた予備の懐中電灯を取り出し、もう少しだけ室内を明るくしてから片付けを始める。
そうやっていつものように、オモチャを箱にしまい、下駄箱に片付けてから外に出ると、雨はすっかり上がっていた。
「よかったぁ、雨止んで」
「今のうちに帰らねーとな」
「うん」
残念ながら晴れてはいないが、雲は薄くなったようなので、家に帰り着くまでは大丈夫だろう。
雨水でグチャグチャとうるさい足元を、小さな懐中電灯で照らしながら雑木林の中の道を少しゆっくりめに進んだ。
この辺りは農道まで出ないと街灯がないので、遅くなった時用に準備している懐中電灯がないと、帰るのもままならない。
「そういえば、今日の残業の理由、いつもと違ったからビックリしちゃった」
舗装されていない道に出来た小さな川を踏みつけながら進む俺に、麻生が笑うようにそう言った。
「あー、悪い。ちょうど今日、うちのクラスに転校生がきたもんで、ついな」
やはり麻生もビックリしていたらしい。パッと思いついた今日の印象深い出来事がそれだったから許してほしい。
「へー転校生? 珍しいね、こんな時期に」
「そうなんだよ。なんか家族の都合で〜とか言ってたけどな。そいつが勉強も運動もできるスゲー奴でさぁ」
「……ふーん。男の子?」
「ああ。ちょうど後ろの席になったんだけど、背もたけぇし、天は二物を与えずとかいうけど、あいつは多分例外だなぁ、ちくしょう」
俺の正直な感想に麻生がクスクス笑う。うるせぇ。
「ああそういえば。うちも先週、新しい数学の先生が来たよ」
「え、こんな時期にか?」
「うん、臨時でね。元々の先生は、休みの日に趣味のキャンプに行って、ケガして入院しちゃったんだって」
月に二回の『おままごと』は面倒なこともあるけど、こうして帰り道に麻生と何気ない話をするのだけは嫌いじゃない。
できれば普通に、この『おままごと』以外でも遊んだり出来たらいいなと思うけど。
――巻き込んだ側が言うことじゃないしな。
麻生は学校も、たぶん趣味も違う。頭いいし。ただ普通にいい奴だから、こうして文句も言わずに『おままごと』に付き合ってくれてるだけだ。
「そりゃまた大変だな。その先生は、男? 女?」
「男の先生だよ。元の先生より教えるのうまくて、ずっとこの先生がいいってみんな言ってる」
「わはは、たまにあるよなぁ、そういうこと」
互いの学校の話をしているうちに、長くもない農道はあっという間に大通りに辿り着いてしまう。
いつもの別れ道までやってくると、俺はいつものように笑って手を挙げた。
「じゃあ、また再来週な」
「うん、またね」
「あ、ちゃんと帰ったらすぐ風呂入れよ!」
「わかってるって。スギくんも、暗いから気をつけてね」
「おー、じゃーなー」
麻生と別れた俺は、大通りから住宅街に向かう道に入る。
そこからしばらく住宅街を進んで、スーパーの横を通り抜け、さらに奥の方へ行くと我が家だ。
長靴をグチュグチュ鳴らしながら、ちょうど閉店時間の迫っているスーパーの横に差し掛かったところで、俺は声を掛けられた。
「あれ、杉崎?」
「え?」
思わず立ち止まって振り返ると、そこにはあの転校生・鷹村が立っている。
予想外の人物すぎて、俺はしばらくポカンと口を開けたままだった。
「……え、おー、鷹村か。なんで、こんなとこに?」
「ああ、ちょっと家族に買い物頼まれてさ」
そういう鷹村は、両手に大きな白い半透明のビニール袋を持っている。スーパーのロゴが書かれたその中身は食料品がほとんどで、本当に普通に、買い物帰りだった。
「へー。あ、もしかしてこの辺に越してきたのか?」
「うん、少し行った先の、マンションなんだ」
確かにこの辺は賃貸マンションも多いし、納得の話である。
「それで杉崎は? 例の『山』に行った帰り?」
「あー、まぁね。ちょっと遅くなってさ」
躊躇いがちに答える俺に、鷹村はたいして遠慮する素振りもなく近寄ってきた。
「……アイツらから『山』の話、聞いたんじゃねーのか?」
「うん、ザックリだけどね。杉崎も大変なんだな」
放課後の駅前でクラスメイトから歓迎を受けた鷹村は、俺が『山』に行く理由を聞いたはず。あの話を聞いた奴はたいてい、同情の視線を向けたり、気味悪がったりするものだが、鷹村の向ける視線からはそんな感情を全く感じない。なかなか肝の据わった奴だ。
「その『山』でやってることって、そんなに時間がかかるものなのか?」
「んー、日によるかな。その日のお化けの気分次第なとこあるし」
「ふーん、そういうもんなのか」
鷹村は俺の言葉に、しばらく何事かを考えてから顔を上げる。
「――なぁ。よかったら、もう少し詳しく話を聞きたいんだけどさ」
「はぁ?」
あまりに爽やかに、思ってもいなかったことを言われて、俺はつい間抜けな顔で返してしまった。
恐怖や気味の悪さより、鷹村はこの手の話に興味を持つタイプなんだろうか。まったくそんな感じがなかったけど。
「ああ、今日はさすがに遅いから、明日の昼休みとか放課後でもいいんだけど、どう?」
「……あんまり、面白い話じゃねーぞ」
「いやぁ、オレなら解決できるかもしれないって思ってさ」
その一言で、俺は少しだけ鷹村に対する警戒心を上げる。
花子さんに付き纏われるようになった当初、俺と麻生の待遇は、それはそれは酷いものだった。
面白半分でネタにしようと話を聞きに来る奴らに、同情の視線を向けながらヒソヒソと噂をする奴ら。
特にムカついたのは、高い金を要求して適当なお祓いをするだけの奴らだ。
噂を聞いてやってきた自称霊能者は嫌というほどいたし、先祖を大事にしていないからだとか、信仰心が足りないだとか、俺たちが悪いと決めてかかってくる。俺の両親なんかは、そういう奴らに一度騙されてしまってやばい状況になった。幸い、弁護士をしている麻生の両親たちのおかげで酷いことにはならなかったけど。
そうして頭の悪い俺でもさすがに学んだのだ。『お化けで困ってる人間に、自分から解決できると寄ってくる奴の殆どは詐欺師』ということを。
「ああ、別に金銭を要求したりはしないよ。安心して」
俺がすっかり黙って警戒したのを見て、鷹村が困ったように笑う。
「まぁ自分で言っといてなんだけど、こういうこと言う奴って詐欺師が多いでしょ? 怪しいって思うかもしれないけど、騙すつもりは本当にないからさ」
そう言って鷹村が肩をすくめてみせた。
今日あったばかりではあるけど、確かに鷹村は今まで見てきたような奴とは圧倒的に雰囲気が違う。
――頭がいいから騙すのも得意だったりするとか?
俺が判断に迷って戸惑っていると、鷹村は腕時計を確認して、あ、と焦った顔をする。
「あ、やば。そろそろ戻らないと。別に今すぐ決めなくてもいいよ。一緒に『山』に行ってるって子と相談してからでもいいし、その子同席でもいいし。とりあえず、考えておいてくれないか?」
言うだけ言った鷹村はにっこり笑うと「じゃあな」と、妙な爽やかさを残して走り去ってしまった。
「ま、まじかよ……」
俺はしばらく呆然として立ち尽くした。
ようやく自宅に帰りつき、一人遅い夕飯を食べた俺は、早速麻生に鷹村のことを連絡した。
俺《今日の帰り、例の転校生に出くわしてさ》
麻生《転校生って、帰りに話してた勉強も運動もすごい人?》
俺《そうそう。ソイツに解決できるかもだから、今度詳しく教えてって言われたんだ》
愚痴るようにメッセージを送ると、麻生がすぐに返信してくる。
正直、鷹村は胡散臭いことこの上ない。
偽物は散々見てきたし、唯一ちゃんとした対策を考えてくれたのは、地元神社の神主さんだけだった。
ただその神主さんも、高齢で引退してしまったので、今の俺たちに心霊関係で頼れる当ては正直ない。
麻生《うーん、ちょっと怪しいよね》
俺《だよなぁ。でも、さすがにこのままじゃやっぱダメだし》
俺《話すだけ話してみようかとも思ってるんだけど、どう思う?》
そこまで送って、麻生の返信を待ったが、なかなか返ってこなかった。
「……あれ。こねーな?」
いつもならこっちがビビるくらいの即レスでくるのに。こういう時に限って、少し間が開くのが歯痒い。
麻生も考えているのか、両親が帰ってきて相手でもしているのか。
もうしばらく待ってみたが返信がこないので、俺は諦めて風呂に入ることにした。
家族が残してくれていた湯船に肩までしっかり浸かりながら、鷹村に言われた言葉を改めて思い出す。
「『解決できるかもしれない』か……」
つぶやいた言葉が、浴室の湯気と一緒にふわりと空中に漂って消えた。
これまでは『解決できます』と、自信満々の嘘を立派な盾にして近づいてきた奴がたくさんいた。
彼らに共通していたのは、常に耳触りのいいことばかりを言って、期待させといて、どん底に落としてくること。
だから俺も麻生も、そういう奴らを最初から信用できなくなってしまった。
そんな俺たちにとって、鷹村の『金は要らない』という発言や、『解決できるかも』といった曖昧な表現はどこか引っかかる。
もし騙そうと思ってるなら、こんな中途半端な言い方はしない気がするし、何よりアイツはまだ俺と同じ学生だ。
「いや、学生の詐欺師もいなくはないしな……」
結局答えが出ないまま、悶々としながら風呂から上がる。
自分の部屋に戻り、置きっ放しだった携帯電話を見ると、麻生から返信が来ていた。
麻生《ごめん、母さんに手伝い頼まれてた》
麻生《すごく怪しくはあるけど、話をするだけって念押しすれば大丈夫かな》
麻生にそう言われると、なんだか本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だ。
俺はすぐに返信する。
俺《そうだよな。とりあえず、話すだけ話してみようかな》
麻生《あ、でも》
麻生《話をする時は、僕も一緒にいたほうがいいよね》
俺《あーうん、いてほしい》
いつものように即レスで言われて、俺は頷いた。
なんせ鷹村は高校生でありながら詐欺師の可能性もあるし、普通に頭がいい奴だから、俺だけで話をしていたらあれよあれよと言い包められてしまうかもしれない。正直、そうならない自信もなかった。
それなら、同じくらい頭のいい麻生がいてくれたほうが絶対にいい。
麻生《わかった。僕も一緒にいるね》
麻生《でも、明日は難しいかな。スギくんも遅くなる時間割だったよね》
俺《あー、そうだった、かも?》
麻生《明後日なら僕も早く終わる日だから、明後日にしようか》
俺《オッケー! 明日アイツに言っておくわ》
麻生《うん、よろしく》
俺《じゃあ明後日な》
俺は携帯電話を置くと、ベッドに寝転がった。
相変わらず、俺のクラスの時間割まで頭に入ってる辺り、麻生の頭の良さは計り知れない。しかしおかげでサクッと話をする日程も決まった。
鷹村は正直胡散臭いけど、解決してくれりゃありがたいし、結局詐欺師だったとしても、今までと特に変わらず『おままごと』を続けるだけだ。それに、廃校舎以外に花子さんの出てくる回数は減っているから、近いうちにこのくだらない『おままごと』の終わりは来る。
全部が終わってくれたら、麻生も安心して受験する大学を選べるようになるだろう。そうなったら、嬉しい。
嬉しい、けど。
――麻生と会う理由がなくなるのは、ちょっと寂しいなぁ。
頭が良くて、自分とはちょっと違う世界にいる感じの麻生とは、この件がなければそんなに親しくなることはなかっただろう。
もし『おままごと』が終わったら、普通に遊んでくれたりするんだろうか。
「そうなったら、いいな」
俺はそんなことを考えながら、ゆっくり目を閉じた。
「……はー、今日に限って絵本パターンとは」
レジャーシートの上に揃って寝転んだまま、俺は疲れたように呟く。
今日の花子さんが読み上げてくれたお話は、赤ずきんとシンデレラと白雪姫を足して割ったような話だった。
もちろんこれも過去に何度か読み聞かせてもらった話である。
ひたすら相槌を打ち続けていたら、外はあっという間に真っ暗になっており、念の為にと置いておいた電池式ロウソクの明かりが煌々と眩しい。
お話が終わったタイミングを見計らって、もう寝る時間だよと寝かしつけることで、ようやく今日の『おままごと』が終わったところだ。
「でも久々だったね、絵本読んでもらうの」
「まー、時間がある時ならいいんだけどよ」
よりにもよって、遅くなった日に限ってこのパターンはなかなか辛い。主に空腹とかその辺が。
俺は深く息を吐きながら身体を起こした。
電池式ロウソクの明かりを頼りに、下駄箱にしまっておいた予備の懐中電灯を取り出し、もう少しだけ室内を明るくしてから片付けを始める。
そうやっていつものように、オモチャを箱にしまい、下駄箱に片付けてから外に出ると、雨はすっかり上がっていた。
「よかったぁ、雨止んで」
「今のうちに帰らねーとな」
「うん」
残念ながら晴れてはいないが、雲は薄くなったようなので、家に帰り着くまでは大丈夫だろう。
雨水でグチャグチャとうるさい足元を、小さな懐中電灯で照らしながら雑木林の中の道を少しゆっくりめに進んだ。
この辺りは農道まで出ないと街灯がないので、遅くなった時用に準備している懐中電灯がないと、帰るのもままならない。
「そういえば、今日の残業の理由、いつもと違ったからビックリしちゃった」
舗装されていない道に出来た小さな川を踏みつけながら進む俺に、麻生が笑うようにそう言った。
「あー、悪い。ちょうど今日、うちのクラスに転校生がきたもんで、ついな」
やはり麻生もビックリしていたらしい。パッと思いついた今日の印象深い出来事がそれだったから許してほしい。
「へー転校生? 珍しいね、こんな時期に」
「そうなんだよ。なんか家族の都合で〜とか言ってたけどな。そいつが勉強も運動もできるスゲー奴でさぁ」
「……ふーん。男の子?」
「ああ。ちょうど後ろの席になったんだけど、背もたけぇし、天は二物を与えずとかいうけど、あいつは多分例外だなぁ、ちくしょう」
俺の正直な感想に麻生がクスクス笑う。うるせぇ。
「ああそういえば。うちも先週、新しい数学の先生が来たよ」
「え、こんな時期にか?」
「うん、臨時でね。元々の先生は、休みの日に趣味のキャンプに行って、ケガして入院しちゃったんだって」
月に二回の『おままごと』は面倒なこともあるけど、こうして帰り道に麻生と何気ない話をするのだけは嫌いじゃない。
できれば普通に、この『おままごと』以外でも遊んだり出来たらいいなと思うけど。
――巻き込んだ側が言うことじゃないしな。
麻生は学校も、たぶん趣味も違う。頭いいし。ただ普通にいい奴だから、こうして文句も言わずに『おままごと』に付き合ってくれてるだけだ。
「そりゃまた大変だな。その先生は、男? 女?」
「男の先生だよ。元の先生より教えるのうまくて、ずっとこの先生がいいってみんな言ってる」
「わはは、たまにあるよなぁ、そういうこと」
互いの学校の話をしているうちに、長くもない農道はあっという間に大通りに辿り着いてしまう。
いつもの別れ道までやってくると、俺はいつものように笑って手を挙げた。
「じゃあ、また再来週な」
「うん、またね」
「あ、ちゃんと帰ったらすぐ風呂入れよ!」
「わかってるって。スギくんも、暗いから気をつけてね」
「おー、じゃーなー」
麻生と別れた俺は、大通りから住宅街に向かう道に入る。
そこからしばらく住宅街を進んで、スーパーの横を通り抜け、さらに奥の方へ行くと我が家だ。
長靴をグチュグチュ鳴らしながら、ちょうど閉店時間の迫っているスーパーの横に差し掛かったところで、俺は声を掛けられた。
「あれ、杉崎?」
「え?」
思わず立ち止まって振り返ると、そこにはあの転校生・鷹村が立っている。
予想外の人物すぎて、俺はしばらくポカンと口を開けたままだった。
「……え、おー、鷹村か。なんで、こんなとこに?」
「ああ、ちょっと家族に買い物頼まれてさ」
そういう鷹村は、両手に大きな白い半透明のビニール袋を持っている。スーパーのロゴが書かれたその中身は食料品がほとんどで、本当に普通に、買い物帰りだった。
「へー。あ、もしかしてこの辺に越してきたのか?」
「うん、少し行った先の、マンションなんだ」
確かにこの辺は賃貸マンションも多いし、納得の話である。
「それで杉崎は? 例の『山』に行った帰り?」
「あー、まぁね。ちょっと遅くなってさ」
躊躇いがちに答える俺に、鷹村はたいして遠慮する素振りもなく近寄ってきた。
「……アイツらから『山』の話、聞いたんじゃねーのか?」
「うん、ザックリだけどね。杉崎も大変なんだな」
放課後の駅前でクラスメイトから歓迎を受けた鷹村は、俺が『山』に行く理由を聞いたはず。あの話を聞いた奴はたいてい、同情の視線を向けたり、気味悪がったりするものだが、鷹村の向ける視線からはそんな感情を全く感じない。なかなか肝の据わった奴だ。
「その『山』でやってることって、そんなに時間がかかるものなのか?」
「んー、日によるかな。その日のお化けの気分次第なとこあるし」
「ふーん、そういうもんなのか」
鷹村は俺の言葉に、しばらく何事かを考えてから顔を上げる。
「――なぁ。よかったら、もう少し詳しく話を聞きたいんだけどさ」
「はぁ?」
あまりに爽やかに、思ってもいなかったことを言われて、俺はつい間抜けな顔で返してしまった。
恐怖や気味の悪さより、鷹村はこの手の話に興味を持つタイプなんだろうか。まったくそんな感じがなかったけど。
「ああ、今日はさすがに遅いから、明日の昼休みとか放課後でもいいんだけど、どう?」
「……あんまり、面白い話じゃねーぞ」
「いやぁ、オレなら解決できるかもしれないって思ってさ」
その一言で、俺は少しだけ鷹村に対する警戒心を上げる。
花子さんに付き纏われるようになった当初、俺と麻生の待遇は、それはそれは酷いものだった。
面白半分でネタにしようと話を聞きに来る奴らに、同情の視線を向けながらヒソヒソと噂をする奴ら。
特にムカついたのは、高い金を要求して適当なお祓いをするだけの奴らだ。
噂を聞いてやってきた自称霊能者は嫌というほどいたし、先祖を大事にしていないからだとか、信仰心が足りないだとか、俺たちが悪いと決めてかかってくる。俺の両親なんかは、そういう奴らに一度騙されてしまってやばい状況になった。幸い、弁護士をしている麻生の両親たちのおかげで酷いことにはならなかったけど。
そうして頭の悪い俺でもさすがに学んだのだ。『お化けで困ってる人間に、自分から解決できると寄ってくる奴の殆どは詐欺師』ということを。
「ああ、別に金銭を要求したりはしないよ。安心して」
俺がすっかり黙って警戒したのを見て、鷹村が困ったように笑う。
「まぁ自分で言っといてなんだけど、こういうこと言う奴って詐欺師が多いでしょ? 怪しいって思うかもしれないけど、騙すつもりは本当にないからさ」
そう言って鷹村が肩をすくめてみせた。
今日あったばかりではあるけど、確かに鷹村は今まで見てきたような奴とは圧倒的に雰囲気が違う。
――頭がいいから騙すのも得意だったりするとか?
俺が判断に迷って戸惑っていると、鷹村は腕時計を確認して、あ、と焦った顔をする。
「あ、やば。そろそろ戻らないと。別に今すぐ決めなくてもいいよ。一緒に『山』に行ってるって子と相談してからでもいいし、その子同席でもいいし。とりあえず、考えておいてくれないか?」
言うだけ言った鷹村はにっこり笑うと「じゃあな」と、妙な爽やかさを残して走り去ってしまった。
「ま、まじかよ……」
俺はしばらく呆然として立ち尽くした。
ようやく自宅に帰りつき、一人遅い夕飯を食べた俺は、早速麻生に鷹村のことを連絡した。
俺《今日の帰り、例の転校生に出くわしてさ》
麻生《転校生って、帰りに話してた勉強も運動もすごい人?》
俺《そうそう。ソイツに解決できるかもだから、今度詳しく教えてって言われたんだ》
愚痴るようにメッセージを送ると、麻生がすぐに返信してくる。
正直、鷹村は胡散臭いことこの上ない。
偽物は散々見てきたし、唯一ちゃんとした対策を考えてくれたのは、地元神社の神主さんだけだった。
ただその神主さんも、高齢で引退してしまったので、今の俺たちに心霊関係で頼れる当ては正直ない。
麻生《うーん、ちょっと怪しいよね》
俺《だよなぁ。でも、さすがにこのままじゃやっぱダメだし》
俺《話すだけ話してみようかとも思ってるんだけど、どう思う?》
そこまで送って、麻生の返信を待ったが、なかなか返ってこなかった。
「……あれ。こねーな?」
いつもならこっちがビビるくらいの即レスでくるのに。こういう時に限って、少し間が開くのが歯痒い。
麻生も考えているのか、両親が帰ってきて相手でもしているのか。
もうしばらく待ってみたが返信がこないので、俺は諦めて風呂に入ることにした。
家族が残してくれていた湯船に肩までしっかり浸かりながら、鷹村に言われた言葉を改めて思い出す。
「『解決できるかもしれない』か……」
つぶやいた言葉が、浴室の湯気と一緒にふわりと空中に漂って消えた。
これまでは『解決できます』と、自信満々の嘘を立派な盾にして近づいてきた奴がたくさんいた。
彼らに共通していたのは、常に耳触りのいいことばかりを言って、期待させといて、どん底に落としてくること。
だから俺も麻生も、そういう奴らを最初から信用できなくなってしまった。
そんな俺たちにとって、鷹村の『金は要らない』という発言や、『解決できるかも』といった曖昧な表現はどこか引っかかる。
もし騙そうと思ってるなら、こんな中途半端な言い方はしない気がするし、何よりアイツはまだ俺と同じ学生だ。
「いや、学生の詐欺師もいなくはないしな……」
結局答えが出ないまま、悶々としながら風呂から上がる。
自分の部屋に戻り、置きっ放しだった携帯電話を見ると、麻生から返信が来ていた。
麻生《ごめん、母さんに手伝い頼まれてた》
麻生《すごく怪しくはあるけど、話をするだけって念押しすれば大丈夫かな》
麻生にそう言われると、なんだか本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だ。
俺はすぐに返信する。
俺《そうだよな。とりあえず、話すだけ話してみようかな》
麻生《あ、でも》
麻生《話をする時は、僕も一緒にいたほうがいいよね》
俺《あーうん、いてほしい》
いつものように即レスで言われて、俺は頷いた。
なんせ鷹村は高校生でありながら詐欺師の可能性もあるし、普通に頭がいい奴だから、俺だけで話をしていたらあれよあれよと言い包められてしまうかもしれない。正直、そうならない自信もなかった。
それなら、同じくらい頭のいい麻生がいてくれたほうが絶対にいい。
麻生《わかった。僕も一緒にいるね》
麻生《でも、明日は難しいかな。スギくんも遅くなる時間割だったよね》
俺《あー、そうだった、かも?》
麻生《明後日なら僕も早く終わる日だから、明後日にしようか》
俺《オッケー! 明日アイツに言っておくわ》
麻生《うん、よろしく》
俺《じゃあ明後日な》
俺は携帯電話を置くと、ベッドに寝転がった。
相変わらず、俺のクラスの時間割まで頭に入ってる辺り、麻生の頭の良さは計り知れない。しかしおかげでサクッと話をする日程も決まった。
鷹村は正直胡散臭いけど、解決してくれりゃありがたいし、結局詐欺師だったとしても、今までと特に変わらず『おままごと』を続けるだけだ。それに、廃校舎以外に花子さんの出てくる回数は減っているから、近いうちにこのくだらない『おままごと』の終わりは来る。
全部が終わってくれたら、麻生も安心して受験する大学を選べるようになるだろう。そうなったら、嬉しい。
嬉しい、けど。
――麻生と会う理由がなくなるのは、ちょっと寂しいなぁ。
頭が良くて、自分とはちょっと違う世界にいる感じの麻生とは、この件がなければそんなに親しくなることはなかっただろう。
もし『おままごと』が終わったら、普通に遊んでくれたりするんだろうか。
「そうなったら、いいな」
俺はそんなことを考えながら、ゆっくり目を閉じた。



