放課後は、廃校舎で『家族ごっこ』をしています。

 月曜の昼休み。
 昼食も食べ終わって、自分の席でぼんやりと携帯電話を見つめていると、鷹村が話しかけてきた。
「杉崎、今日の放課後空いてるか?」
 鷹村は俺の前の座席に腰掛けて、相変わらず爽やかな顔で言う。
「え、なんで?」
 廃校舎の一件も片付いて、これ以上特に、鷹村が学校のこと以外で俺と関わる用事はなかったはずだが。
「金曜に言ってた謝礼の件、やってもらいたいことを思いついてさ」
 鷹村は元々、この地域全体のオカルトなあれこれを解決してほしいという依頼を受けていたからと、廃校舎の件についての謝礼金は断られていた。
 とはいえ、それでは俺と麻生も気が済まないので、何かお礼代わりになることを思いついたら言って欲しいと、確かに言ってはいたのだが。
「そ、そうか。……でも、その。今日は麻生と、遊ぶ約束をしてて」
 金曜の夜、色んなことが解決した帰り道、麻生から告白された。
 けど、自分の気持ちがよく分からないからと、保留というかなんというか、そんな感じにしてある。
 ただそれとは別で、花子さんの件も解決したし、月曜の放課後に会って遊ぼうぜ、と約束していたのだ。
 ――だってもともと、麻生とやってみたかったことだし。
 解決したらやると決めていただけで、だから別に、深い意味はない。……たぶん、きっと。
「あー、ならちょうどいいや。すぐ済むし。じゃあ、放課後よろしくな」
「え、ちょっと!」
 鷹村は言うだけ言って教室を出ていくと、他のクラスメイトたちとどこかに行ってしまった。
 ――アイツ、俺と麻生にだけ遠慮してないな?
 廃校舎で見せたような顔を学校では見たことがないし、普段はああして爽やかイケメンの皮を被ってるんだろうな。
 俺は深いため息をつくと、仕方なく麻生に鷹村も来ることになった、と連絡した。


 帰りのホームルームが終わり、支度していると後ろの席の鷹村が声を掛けてきた。
「杉崎、行くなら早く行こうぜ」
「なんか急ぐ理由あったか?」
「いや。ほらあれ、たぶん麻生だろ?」
 鷹村がそう言って、窓の外の正門がある辺りを指差す。
 そちらをよく見ると、正門前に妙な人だかりが出来ていた。
 殆どが女子生徒のようだが、その中央には、城誠高校らしい制服を着た人物がいる。城誠高校の生徒でうちの学校に用がありそうな人物なんて他にいないだろうし、正門前で待ち合わせの約束もしていたから、おそらく麻生だ。
「何があったんだ……?」
「騒ぎになりそうだし、急いだほうがいいな」
「お、おう」
 鷹村と一緒に急いで正門前へ向かう。
 ちなみに今日は遊ぶ約束もあったので、自転車はない。
「麻生ー!」
 走りながら俺が人だかりに向かって呼びかけると、女子生徒に囲まれてオドオドしていた人物が、嬉しそうな声と共に顔を上げた。
「あ、スギくん!」
 こちらを見て笑う麻生は、約束通りに前髪を短くしていて、穏やかなタレ目と、左目尻のホクロまでちゃんと見える。
「……あれ、麻生なのか?」
「おう! やっぱ俺の見立て通りだったな」
 襟足などはまだ少し長いままだったが、前髪がスッキリしたおかげで元の綺麗な顔が強調されていて、予想通り女子生徒に大人気だ。
 が、さすがにちょっと、集まりすぎじゃないだろうか。
 ――嬉しいけど、なんか複雑だな。
 少しモヤっとする気持ちを置いといて、俺は「はいはい、待ち合わせ相手がきましたんで!」と、手を叩きながら、麻生を囲んでいた生徒たちから引き離した。
 それでも追いかけてきそうな雰囲気があったので、麻生の腕を掴み、鷹村も一緒に正門から離れて駅前商店街のほうへ急いだ。
「しかし、髪型だけで随分と雰囲気が変わるもんだな」
「元がいいんだよコイツは」
「でも、やっぱり恥ずかしいよ」
 感心する鷹村と鼻高々な俺をよそに、麻生はしきりに前髪をいじっている。
 たとえ元が美人でも、生来の人見知りは治らないらしい。勿体無いなぁ。
 ある程度学校から離れたところで、俺は麻生の手を離すと、腰に手を当て麻生を振り返る。
「麻生も、もっと他人と交流持たないとダメだぞ?」
「……僕は、スギくんがいればそれでいいもん」
 そう言って麻生が、いつものように俺の制服の裾を掴み、頬を膨らませた。
「お前はまたそういうことを……」
 今までなら前髪で隠れていた潤んだ目が、こちらをジッと見ていることに気付いて、ちょっとドキッとしてしまう。
 ――自分で言ったこととはいえ、これはちょっと照れるな。
 前髪を切れば、麻生の良さが分かりやすくなると思ってたけど、予想以上だ。
 美人って、強いんだな。
「……麻生も、大変だな」
 俺らのやり取りを横で見ていた鷹村が、妙に同情的な視線を麻生に向ける。
 そこは俺じゃないのか?
「――わかってるなら、鷹村くんはこれ以上邪魔しないで」
「安心しろ。馬に蹴られる趣味はねぇ」
 何故か互いにトゲのある言い方をしている。
 麻生もすっかり鷹村には慣れたようなのだが、仲良くはならないようだ。
 頭のいい奴らってよくわかんねーや。
「今日だって、僕とスギくんだけで遊ぶはずだったのに」
「話が終わったら即帰るから安心しろ」
「あー、はいはい。とりあえず、どっか話できるとこいこうぜ」
 このままだと、麻生と鷹村で変な言い合いがはじまりそうなので、俺は二人の間にそう言って割って入った。
 とにかく鷹村の話を落ち着いて聞けるよう、駅前のファストフード店に入る。
「そんで? 謝礼代わりに何して欲しいんだ?」
 三人とも適当に飲み物だけ頼んで、人の少なそうなイートインスペースの隅に腰を下ろした。これなら多少変な話――主に鷹村の仕事についてだが――をしてても大丈夫だろう。
「やっぱりお金が必要だったとか?」
「いや、金は要らないんだが、この辺りの『怖い噂』がある場所に案内して欲しくてさ」
「『怖い噂』がある場所? お化けが出たりするような?」
「そうだ」
 鷹村の言葉に、俺と麻生は顔を見合わせた。
「まー、この辺のそういうのなら、一通りは知ってる、よな」
「うん。中学の時に新聞委員で調べたのとか、花子さんのことを解決するために色々調べたりもしたから、他の人よりは知ってるほうではあるね」
 花子さんとの『おままごと』を終わらせるため、霊能者を調べたりする過程で、俺も麻生もそういう幽霊話やオカルトな話はいくつも聞いた。
「それならありがたいな。数が多いのは分かってるんだが、場所や詳細が曖昧なものも多くてさ。地元民の協力者が欲しかったんだ」
「それはその『仕事』の協力者ってことか?」
「ああ」
 確かにこの辺の地域の怖い話は、昔からいる老人たちしか知らないものも結構多い。俺たちは親戚だったり地元の子どもってことで話を聞かせてもらえるけど、外部からきた人間が詳細に辿り着くのは大変だろうなとは思う。
「だから、時々こうやって時間を作って、そういう場所に案内してもらえると助かるんだが。どうだ?」
 こちらとしては『おままごと』も無くなった今は時間もあるし、親が心配するような金銭の受け渡しでもないので、かなり魅力的な謝礼の方法だ。
「まぁ分かりにくい場所もあるしなー。どうする?」
 隣にいる麻生に尋ねると、麻生は相変わらず俺のシャツの裾を掴んでいる。
「僕は、スギくんがいいなら……」
 お前はブレないな。
 俺は頷くと鷹村に笑顔で答える。
「じゃあ、それで!」
「助かるよ。じゃあせっかくだし、今日の分の案内をお願いしようか」
「え、今から?」
「ああ、二人ともちょうどいるしな」
 日程の相談を始めるかと思えば、まさかの展開だ。相変わらずコイツも予想外が過ぎる。
「『怖い噂』の詳細と、場所の案内さえしてもらえば問題ない。あとは俺の『仕事』だからな。それにお前ら、これからデートなんだろ?」
 さらっと当たり前のように言われて、俺は思わずコーラを吹き出した。
「……ち、ちげーし!」
「なんだ違うのか?」
 鷹村が妙に楽しそうな顔をしている。どういう心情なんだ?
 俺は口の周りやテーブルに飛び散ったコーラをとりあえず拭いた。
「……なんで、そう思ったんだよ」
「顔に書いてあるからな」
「えっ」
 マジかよ。そんなに考えてるつもりも、表情に出してるつもりも無かったんだが。俺だけが意識しすぎなのか?
 麻生は麻生で、妙にニコニコしているし。
 くそ、頭のいい奴らって本当に分かんねぇ。
「まぁサクッと案内してくれたら、オレはそこで解散でいいからさ。近場でそういう話のある場所ってないか?」
 言われて俺は、麻生と顔を突き合わせて相談する。
「ここから一番近いのって、なんかあったか?」
「それなら『幽霊踏切』が近いかな」
「ああ、踏切にまつわる話は聞いたな。ここから近いのか? どんな場所なんだ?」
 鷹村が身を乗り出してきたのを見て、麻生は口元をムッと曲げると、そのまま立ち上がった。
「歩きながら話すよ。これ以上は時間がもったいないもん」
「……はいはい、わかりましたよ」
 そう答えて鷹村も立ち上がる。二人ともいつの間にか頼んでいたコーヒーを飲み干していたらしい。
「わ、ちょ、待って!」
 俺は慌ててカップに残っていたコーラを一気に飲み干して、立ち上がる。
「よし、じゃあ行くか」
 そうして俺たち三人は、ファストフード店を後にして、この辺りでも有名な『怖い噂』のある踏切へ向かった。
 廃校舎の花子さんはいなくなったけど、俺たちの怪奇な放課後は、まだしばらく終わらない。


〈了〉