放課後は、廃校舎で『家族ごっこ』をしています。

 しみじみとここでの思い出を振り返っていると、携帯電話をチェックしていた鷹村が無情に告げる。
「さぁ、疑問も無くなったなら、花子さんもいなくなったことだし、片付けて引き上げるぞ」
「ね、ねぇ……!」
 不意に麻生が手を挙げる。
「その……結局、鷹村くんにお祓いをしてもらったような形になったし、お礼とかしたいんだけど……」
「そうだな。金が要らないなら、別のでもいいし。なんかないか?」
 仕事への対価ではなく、色々とひっくるめた、お礼と謝罪の気持ちを渡したい。
 俺と麻生の顔をそれぞれ見て、鷹村はふむ、と何か考えた顔をする。
「まぁ、そこまで言うなら何か考えておこう。ただ、今日はもう帰るぞ」
「お、おう……」
 鷹村に急かされるまま、懐中電灯の明かりを頼りに『おままごと』の道具を片付ける。
 そして「なくなったら困るものは一緒に引き上げてくれ」と言われたため、俺と麻生は手分けして、持ち込んでいた箒やレジャーシート、オモチャの入った箱を持つと、そのまま廃校舎から外に出た。
 出た、のはいいのだが、俺と麻生は外の光景にポカンとして足を止めた。
「は? なんだこれ」
 すっかり暗くなった校庭内に、たくさんの重機やトラック、そして見たことのない作業服を着た大人が大勢いたのだ。
「言っただろ、すぐ解体するって」
 隣に立った鷹村が、当たり前だろうと言いたげな顔をしている。
 いや、すぐって、すぐが過ぎないか?
「お前が呼んだの? 早すぎない!?」
「こういう場所はすぐ悪霊が住み着くからな。可能な限り早急に取り壊すしかないんだよ」
「へー……」
 すっかり感心していると、こちらの存在に気付いたらしい、ヘルメットを被った作業服姿の大人が駆け寄ってきた。
 麻生が驚いたのか、大荷物を抱えたまま、器用に俺が着ているジャージの裾を握る。
「鷹村様、準備の方は整っております」
「そうか。室内はもう誰も残っていないから、このまま始めてくれ」
「かしこまりました」
 作業服の大人は鷹村に一礼すると、トラックや重機などのあるほうに戻っていった。この工事の責任者だろうか。
 鷹村のほうは、まるでいつもやってるかのような、妙に慣れた感じで答えていて、コイツが大人びて見えるのはこういう経験も大きそうだ。
「あとはこっちの『仕事』だから任せてくれ」
「は、はい……」
「じゃあ、鷹村。また、月曜にな」
 そう言って俺と麻生は、学校の敷地を急いで後にした。
 農道までやってきたところで振り返ってみると、校舎のあったあたりは夜間工事用の照明を設置したのか、木々の隙間から煌々とした光が漏れていた。
「……びっくりしたなぁ」
 俺と麻生は光の漏れる山を眺めながら、ぼんやりとしばらく立ち尽くしていた。
「大規模な祓い屋の組織ってのは、本当だったんだな」
「う、うん。鷹村くんも、敬称で呼ばれてたね」
 途中の雑木林の小道にも、重機やトラックが並んでいたので、本格的に工事を始めるのだろう。
 なんだかこれまで知らなかった裏の世界の一端を、ほんの少しだけ垣間見た気分だ。
「しっかし。これでもう、花子さんと『おままごと』する必要は無くなったんだなぁ」
 空を見上げると、綺麗に星空が広がっていて、キラキラと瞬いている。
 三年間も続けていたのだ。
 それを『今日からはもうしなくていいですよ』と、突然放り出されたような気分で、正直、少し寂しい。
 でも、これこそが待ち望んでいたことなんだ。
 俺と麻生は、しばらく何も言わずに、遠い街灯しかなくてうす暗い農道をただ歩いた。
 夏が近いせいか、カエルの鳴き声が草むらから聞こえる。
「……あのね、スギくん」
 不意に立ち止まった麻生が、ジャージの裾を握ったままポツリと言う。
「ん? どうした?」
 引っ張られるように立ち止まり、そちらに顔を向けると、麻生が俯いたまま話し始めた。
「あのね。僕、昔から自分の意見とか、全然言えない子でさ。人見知りだし、思ったことを口にしようとすると、上手く、言葉にできなくて……」
 とつとつと話し始めた麻生の言葉に、俺は黙って耳を傾ける。
「中学生になっても変わらなくて。でも、初めてスギくんを見かけた時に、誰にでも自分の意見をズバズバ言っちゃってて。僕、それを見て、すごいなぁってずっと思ってたの」
「……あ、あー、そっか」
 中学一年の時はあまり関わりがないと思っていた麻生も、俺の黒歴史を知っていたのか。さすがにちょっと恥ずかしいな。
「最初は憧れに近かったと思う。でも、新聞委員で一緒に取材に行った時、すごく怖かったけど、スギくんはすごく優しくて、強くて、あったかくて。側にいるだけで、怖い気持ちを全部溶かしてくれて、勇気をくれて。スギくんともっと、ずっと一緒にいたいなって思うようになったの」
 麻生は俺のジャージの裾を握ったままだった手を離し、持っていた荷物を両手でぎゅっと抱きしめる。
 それから麻生が、真っ直ぐ俺を見て、言った。
「僕、その時からずっと、スギくんが好きだったんだ」
 心臓が、ドクンと大きく鳴った気がする。
「え、あ……」
 言葉がうまく出てこない。
 麻生が俺に懐いていたのは、単に俺に慣れてただけだからと思ってたのに。
「ごめんね。困らせちゃうよね……でも」
 そう言って麻生は俯いたけど、でもすぐに顔を上げる。
 麻生の目は、やっぱり真っ直ぐに俺を、俺だけを見ていた。
「でも僕、もうスギくんに嘘はつきたくない」
 本気の目だった。
 これが麻生の本心で。
 それをようやく打ち明けてくれたのだと思うと、なんだかそれが嬉しかった。
 だからこそ、ここはちゃんと俺も正直に言ったほうがいいなって。
「俺だって、嫌いな奴と三年もおままごとなんかしないし、むしろ友達として好きなほうではあるけど、さ……」
 麻生の気持ちはすごく嬉しい。
 でも、向けてくれるのと同じだけの気持ちを返せないのが、心苦しかった。
「ただその、お前の好きとは多分、ちょっと違うっていうか……」
 きっと、普通の友達以上ではあると思う。
 一緒にいて居心地が良くて、弟みたいに可愛くて、放って置けないんだから。
 でも、これがどういう感情なのか、自分でも正直よくわからない。
「うん、大丈夫。ただ、スギくんに伝えたかったんだ」
 麻生がどこか嬉しそうに、なんだかスッキリしたような顔でそう言ってから、ぐっと俺に顔を近づける。
「……それに、スギくんは僕のこと、嫌いじゃないんだよね?」
「う、うん……」
 俺が頷くと、目の前にある前髪に隠れていた麻生の目が、スッと嬉しそうに細くなった。
「だったらこれから頑張って、スギくんに好きになって貰えばいいかなって」
「……は? え?」
「だからね、スギくん。これからも、一緒にいようね」
「お、おう……」
 結局、花子さんとのおままごとからは解放されたが、麻生は俺を解放する気がないらしい。
 麻生の妙な迫力と嬉しそうな顔に押されて、俺はそう答えるしか出来なかった。