放課後は、廃校舎で『家族ごっこ』をしています。



 麻生と一緒に、俺は自転車を押しながらかつては通学路だったであろう、雑木林の中の小道を歩く。帰りは下り坂なので、比較的楽だ。
「いつまでやらなきゃいけないんだろうなぁ、これ」
「……そうだねぇ」
 何とはなしに呟くように言う俺に、麻生もくたびれたような返事をする。
 花子さんと初めて『おままごと』をやってからしばらく、それぞれの自宅に花子さんが出るようになった。よくある、おかっぱ頭に赤いスカートを履いた、少女の霊が家の廊下や階段の踊り場、風呂場の鏡に映り込むなど、それはもうあらゆる手段で存在を誇示してきたのである。
 どうしたらいいのか、お祓いでなんとかならないかと地元神社の神主に相談をしたところ、俺たちは花子さんに気に入られてしまったらしく、彼女が『満足するまで』定期的におままごとをしろと言われたので、それ以来ずっとこうして続けているのだ。
 神主の言った『満足するまで』は多分、廃校舎以外の場所に出てくることがなくなるまで、ということだろうが、正直なかなか終わりが見えない。
「うちにはもう出てきてる感じないんだけど、麻生んとこにはまだ来てるのか?」
 何気なく尋ねると、麻生は少ししゅんとして暗い顔をする。
「……スギくんとこはそうなんだ。僕はこの間、家に一人の時にトイレに入ってたらノックされちゃったし、まだ来てるみたい」
「そっかー。麻生の家は今も両親遅いのか?」
 麻生の家は一人っ子なうえ、両親が毎日遅くまで働いているらしい。
「うん。きっと僕一人で家にいることが多いから、花子さんも出やすいんじゃないかな」
「それもあるかぁ。うちは弟たちがうるせーからなぁ」
「中学一年生と小学四年生だったよね」
「おう、毎日大騒ぎよ」
 我が家はうるさい弟二人がいるうえ、母親はパートなので基本誰かしら家にいることが多い。
 そのせいもあって、花子さんがよく我が家に出ていた頃は、弟たちもよく驚かされていて、一番下の弟に至っては、そのせいで階段から落ちて大怪我をしてしまった。
 自分だけならまだしも、家族にまで害が及ぶとなれば、文句を言ってもいられない。だから俺たちが『花子さんが出なくなるまで廃校舎に通う』のを、親たちは了承している。
「まぁ、前より出てくる回数はだいぶ減ってるけどね」
「姿は見せてこない系?」
「そう……だね。ノックとか、あと笑い声が多いかも」
 ずっとこの茶番を続けてきた甲斐もあって、花子さんによる被害は随分減った。
 ――麻生の家にだけまだ出てるのは、気になるけど。
 それもあって、今ではちょっとしたクラブ活動や習い事に行くかのような気分だが、辞めたらまたいつ何が起きるか分からないので、辞められないままでいる。
 しかし、いつまでもこんなことを続けているわけにいかない。
 俺たちももう高校二年生で、そろそろ高校卒業後の進路について考えないといけないからだ。
「……麻生はさ、やっぱり大学行くつもりなんだろ?」
「うん。県外の大学を勧められてるんだけど、コレのこともあるから迷ってて」
「そっか……」
 麻生は中学の時から頭が良くて、頭のいい優等生といえばコイツと言われるくらいだった。今だって偏差値の高い城誠高校でも、上位の成績だと噂を聞いたことがある。本人からは聞かないけど。
 ただこの『おままごと』は、平日の放課後でないと何故か花子さんが出てきてくれないので、ギリギリ放課後に『おままごと』ができる距離の高校を麻生は選んでくれた。
 ――俺が巻き込んだのにな。
 新聞委員で取材をしたあの日。当時の俺は態度がデカくて口が悪かったせいか、他の新聞委員が誰も取材のペアを組んでくれなかった。だから大人しくて何も言わなかった麻生を半ば無理矢理ペアにして『トイレの花子さん』の検証取材に連れて行ったのである。
 そのせいで、俺だけでなく麻生も『おままごと』を続ける羽目になった。
「……悪いな、巻き込んで」
「えっ、そんなことないよ!」
 俺が呟くように言うと、麻生が慌てて否定する。
「いやだってそもそも、俺が検証先に花子さんを選ばなきゃよかったんだしよ……」
 全ては、俺が面倒くさがったせいだ。
 あの日、さっさと取材を終わらせて帰りたかった。出口近くのトイレで検証するだけだから、すぐに済ませられると思って選んだ。
 それだけだったのに、こんな面倒な儀式じみたことを続けることになったのだ。
「……もう、それは言いっこなしって言ったはずだよ。僕もスギくんも、たまたま花子さんに気に入られただけで、どっちが悪いとかないんだからさ」
「……そうだけどよ」
 麻生は今も昔も、ずっと同じように主張する。
 誰が悪いわけでもなくて、たまたまあの日呼びかけた自分たちが選ばれただけなんだと。
 俺は隣に並んで歩く麻生を見上げる。
 昔は俺よりずっと華奢で背が低かったから、おままごとで『お母さん役』を任せたけれど、今ではすっかり俺を追い越してしまった。
 ただ、相変わらず少し気弱なところがあって、妙に猫背だし、前髪も伸ばしているから、なんだかそこまで大きいという感じはしない。
「……どうかした?」
 じぃっとそちらを見つめて黙ったせいか、不思議な顔で麻生が聞いてくる。
「あ、いやぁ。なんかまた背ぇ伸びた気がしてさ」
 取り繕うように言うと、麻生が少し照れたような顔をした。
「え、わ、わかる? 実はまた、三センチくらい伸びてたみたいで……」
「くそっ、羨ましい!」
 思わず吠えた。
 そう、麻生は中学を卒業した辺りからぐんぐん伸びて、未だに伸びているらしい。俺のほうは高校一年ですっかり止まってしまった。もう少し伸びると思ったのに!
「……俺よりもうデカいんだし、おままごとの役、いい加減代わるか?」
 世間には奥さんの方がデカい夫婦もいるけれど、俺の中では小さい方が妻のイメージが強くて(多分両親の影響だろうけど)どうしても変な感じがするのだ。
「ううん、大丈夫。なんかずっと『お母さん』だったから、慣れちゃったし」
「そうかぁ?」
 俺はそう言いながら手を伸ばし、麻生のメガネに掛かるくらい長い前髪を額がきちんと見えるように指で掻き分ける。
「……まぁ、顔はキレーなほうだからなぁ、お前」
 女みたいな顔をしている奴だな、と中学の時から思っていた。こうして前髪を分けないと見えないが、左の目尻にホクロまである。背が伸びて体格も大きくなったけれど、美人というやつの顔は綺麗なままらしい。
「いや、その、そんなことは……!」
 しげしげ見つめていると、麻生の顔が茹でダコみたいに真っ赤になった。人間ってこんなに赤くなるものなのか。おもしろ。
 麻生はもっとちゃんと、身だしなみを綺麗にしたら絶対女子にモテそうなタイプだ。しかし昔からどうにもオドオドしてて、髪型も襟足は長いし、前髪も目を隠すように伸ばしてるのがちょっと陰気臭いんだよな。俺くらい短くして、髪も明るくすればいいのに。
 中学の時なんて、頭はいいけどその暗そうで何を考えてるのか分からないからってよくハブられてたみたいだし、関わりたがる奴がいなかった。だからこそ、俺の取材ペアなんかに選ばれたわけだが。
 俺も大概だが、コイツもなかなかに不運だ。
「いい加減、前髪切らねーの?」
「……ひ、人と目を合わせるの、怖いし」
 そう言いながら麻生は俺が分けた前髪を、懸命に元に戻して目元を隠す。そうやって人の目から逃げているのだろう。つくづく勿体ない奴だ。
 俺も麻生も、身長や着ている制服が変わっただけで、中学の時からたいして変わらない。放課後にこうして『おままごと』をしなきゃいけないことも含めて。
 ずっとこのままでいいわけがない。
 でも、変える方法が分からない。
 辺りはすっかりオレンジ色が暗くなり、夜が近づいてきている。
「なぁ。もし、いつか『おままごと』しなくてもよくなったらさ、その前髪切りにいこうぜ」
「え、えぇ〜〜」
 麻生が顔を真っ青にして驚愕の顔をした。コロコロと顔色のよく変わる奴だ。誰だよコイツが何考えてるか分かんないって言ったの。
「いいじゃん、願掛け願掛け♪」
「……そ、そこまでいうなら。わかった」
 俺の適当な思いつきを、麻生は渋々ながらも了承する。
 そういうところが、麻生の良いところだ。
 話をしながら歩いているうちに、農道を出て大通りまで辿り着いていた。そこからしばらく歩いたところで、俺たちの向かう方向はちょうど別れ道になる。
「んじゃまた、再来週な!」
「うん、またね」
 車のヘッドライトに照らされながら手を振る麻生に、俺は手を挙げて答えると、そのまま自転車に跨って自宅へ向かった。