「は?」
鷹村の言葉が飲み込めなかった。
この廃校舎に鷹村を連れて行こうとして起きていた妨害は、全て麻生の企みによるもので、家に出たお化けも花子さんじゃなかったなんて、意味が分からない。
「お化けってのは、半分くらい脳で見てるんだ。もし本物の花子さんだったなら、これまで通りおかっぱ髪に赤いスカート姿が視えたはず。それが違ったってことは、違うやつだ」
確かにこの間の花子さんは見た目だけでなく、囁き声もなくて妙だとは思った。
でも、だからって――。
「んで、ここにも遠目からみたらおかっぱ頭に見えなくもない、長い黒髪のやつがいるよな」
鷹村がそう言って口の端を上げる。
俺の視線は、自然と麻生に向いてしまった。
「じゃあ、俺が見たのは……」
「ああ、麻生の生き霊だ」
そうだ。麻生の髪は黒くて、前髪だけでなく襟足も長い。薄暗いところで後ろ姿の上半身だけを見たら、ショートヘアに見えなくもない。
「まぁ流石に、自分の生き霊が杉崎の家に現れたのは、想定外だったようだがな」
麻生は『おままごと』の箱の前に座り込んだまま動かない。
頭が、考えるのを拒否するみたいにぼんやりしていた。
「――鷹村は、最初から麻生が邪魔してるって、気付いてたのか?」
「最初は確信が持てなかった。ただ兄貴からの連絡で、麻生がタイミングよく早退や欠席をしてるって気付いて、気になる点を調べたんだよ」
鷹村が妙に麻生に対して冷たい雰囲気があったのも、妨害していると思わしき人物だったから、なんだろう。
さすがだな、と思った。
俺はバカだし、麻生を疑うなんて、考えられなかったから。
でも、やっぱり分からない。
「……麻生、なんで?」
こんなこと、はやく解放されたかったはずなのに。
早く終わるといいねって、言い合ってたし、だからそのために、鷹村を連れて来て終わらせようって、相談して決めたじゃないか。
「……なんでだよ!」
言いたい言葉が喉につかえて、うまく出てこない。
悔しくて、目の奥が熱くて、涙が出そうだ。
それでも麻生は俯いたままで、唇はギュッと結んだまま。いつもなら俺の服の裾を掴んでくるのに、今日だけは自分のズボンをしわくちゃにしながら握っている。
すると何も言えない俺たちに痺れを切らしたのか、鷹村が深いため息をついた。
「理由はおそらく、杉崎を誰にも渡したくないから。違うか?」
俺は二回まばたきをして、ようやく鷹村の言葉を飲み込む。
「は、俺!?」
てか、俺を『誰にも渡したくない』って、なんだ!?
理解ができなくて混乱していると、グスグスと麻生が肩を震わせながら鼻を鳴らし始めた。
「ごめんなさい……。ごめん、なさい……!」
俯いた顔から、ポタポタと涙が落ちてきて、廃校舎の床にシミを作る。
「……あ、麻生?」
いつもの恐怖で怯えるのとは違う涙に、俺はどう対応していいのか分からない。
「ほ、本当は……スギくん家に花子さんが出なくなったって言い出した頃から、うちにも全然、出なくなってて……」
麻生はメガネを外し、手の甲で涙を拭いながら、ようやくポツポツと理由を話し始めた。
「もしかしたら、もう……花子さんは満足してて、本当は『おままごと』行かなくても……いいんじゃないかって、思ってたんだ、けど……」
麻生が胸元を、両手で苦しそうに抑えている。
「イヤ、だった……終わらせたくなかった。だってここには、他の誰もこないし、僕とスギくんだけで。ここで一緒に過ごすのが楽しくて、幸せ、だったから……」
きっと他人が苦手な麻生にとっては、ここでの時間がそのくらい楽しかったんだ。
――だから、あんなに張り切って小道具を用意してたんだな。
最初のうちは俺も怖かったし、面倒だったけど、そのうち普通に楽しむようになったのは、麻生と同じだ。
「僕にはスギくんだけ、スギくんしかいないのに……!」
いつも、半分くらいは冗談だと思ってた。
一番仲が良い相手だと伝えるために、そう言ってるって。
でも、そう言ってこちらを見た麻生の顔は、見たことがないくらい必死で、切羽詰まってた。
「なのに……『おままごと』が無くなったらもう、スギくんと会う理由も、全部なくなっちゃうって。だから……!」
「――だから、嘘、ついてたのか?」
「ごめんなさい……! ごめんなさい……!!」
何度もそう繰り返しながら、麻生はおままごとの道具が入った箱に縋りつくみたいに、その場に突っ伏した。
丸まった背中は小刻みに震えていて、嗚咽まじりの「ごめんなさい」だけが、しばらく廃校舎の中に響いてた。
頭の中は怒りと、驚きと、安堵でグチャグチャで。
でも、これだけは言わなきゃダメだって、少しだけ冷静だった。
俺は大きく息を吸い込んでから、言った。
「こんの……バカヤロウ!!」
怒鳴りつけた声に弾かれるみたいに、麻生の背中が大きく跳ねる。
そして、こちらを見上げた麻生の、涙と鼻水でビショビショの顔を、俺は両腕でギュッと包むみたいにして抱きしめた。
「――ったくよぉ。お前んとこには花子さんがまだ出てるって聞いて、俺はずーっと心配してたんだぞ」
ずっとずっと気にしてたんだ。
麻生ばっかり嫌な目に遭ってるんじゃないかって。
「ごめんなさい……」
「『おままごと』が無くなったら、俺と会う理由がなくなるってなんだよ。知り合ったきっかけが花子さんだっただけで、それ以外で会っちゃいけないルールなんかなかったろ」
ルールはなかったけど、気を遣って会わないようにしてただけなんだ。
だって、クラスも一緒に遊ぶ友達も違ったから、迷惑になると思って。ただ、麻生を困らせたくなかっただけなんだ。
「確かに今は学校も、一緒に遊ぶ連中も全然違うから、花子さんのこと以外で会ってなかったけどさ」
そっと身体を離すと、麻生が泣き腫らした顔のままで俺をジッと見ている。涙はひとまず止まったみたいだ。
「別に花子さんが理由じゃなくても、一緒に遊びたかったら遊んでいいんだ。お前がいい奴なのは俺がちゃんと知ってる。それにずっと一緒に『おままごと』してた仲だろ」
麻生のほっぺたにたくさん出来た涙の跡を、俺はゴシゴシと指で擦って拭いてやる。
俺よりデカいし頭もいいのに、やっぱり泣いてる時は年下に見えるから不思議だ。
「……いいの? また、これからも、一緒にいても、いいの?」
「……そんなの、聞くことかよ」
麻生の頭を手のひらでワシャワシャと撫でてから、俺はニッと歯を見せて笑う。
「当たり前だろーが!」
それから俺は、両手に腰を当てて、少しだけふんぞりながら立ち上がった。
「今回は許すけど、もう嘘なんかつくなよ!」
「……はい」
「よし!」
麻生のやったことは全部、どれもいいことじゃない。どっちかと言えば悪いことだ。
でも、麻生が俺と同じに『おままごと』が終わっても、仲良くしたいって、一緒にいたいって気持ちだったことが、普通に嬉しかった。
麻生とのやり取りを、呆れたように見ていた鷹村のほうを振り返る。
「悪いな、鷹村。なんか俺らのワガママに、変に振り回した感じになったな」
俺が頭を掻きながらそう弁明すると、麻生がハッと気付いたように立ち上がって、すぐに頭下げた。
「ご、ごめんなさい! 僕ずっとお仕事の邪魔してて……!」
しかし鷹村は怒るわけでもなく、例の『仕事道具』の入った袋を下ろし、その先端を床につける。
「あー、気にするな。こういうことは割とあるから」
「……え?」
「殆どのお化けは元々人間だったんだぞ。こういう欲に絡んだ出来事も、結局は犯人が生きてるか死んでるか、くらいの差しかねぇんだよ」
「そういうもん、か?」
「ああ」
そう言って鷹村が肩をすくめた。
生きてても死んでても、人間は欲望に忠実で、度が過ぎたら他人を巻き込んでしまうのは変わらないのかもしれない。
「ひとまず、ここの現状と真偽も分かったことだし。おかげでようやくここの解体に着手できるな」
そう言いながら、鷹村は携帯電話を操作していた。
メッセージを送っているようだが、どこかにこの校舎の現状報告でもしているのだろうか。
「そうなのか?」
「ああ。ここにはもう、例の花子さんしか残ってないみたいだからな」
鷹村がボロボロの校舎内をぐるりと大きく見回す。
俺たちにはさっぱり分からないが、この廃校舎にはもう、工事を邪魔していたような悪霊はいないらしい。
ここに残っているのは、俺たちの『おままごと』に付き合ってくれていた、花子さんだけ。
そんなことが分かるってことは、やっぱり鷹村は本当にプロの、本物の『祓い屋』なんだろう。
鷹村の言葉が飲み込めなかった。
この廃校舎に鷹村を連れて行こうとして起きていた妨害は、全て麻生の企みによるもので、家に出たお化けも花子さんじゃなかったなんて、意味が分からない。
「お化けってのは、半分くらい脳で見てるんだ。もし本物の花子さんだったなら、これまで通りおかっぱ髪に赤いスカート姿が視えたはず。それが違ったってことは、違うやつだ」
確かにこの間の花子さんは見た目だけでなく、囁き声もなくて妙だとは思った。
でも、だからって――。
「んで、ここにも遠目からみたらおかっぱ頭に見えなくもない、長い黒髪のやつがいるよな」
鷹村がそう言って口の端を上げる。
俺の視線は、自然と麻生に向いてしまった。
「じゃあ、俺が見たのは……」
「ああ、麻生の生き霊だ」
そうだ。麻生の髪は黒くて、前髪だけでなく襟足も長い。薄暗いところで後ろ姿の上半身だけを見たら、ショートヘアに見えなくもない。
「まぁ流石に、自分の生き霊が杉崎の家に現れたのは、想定外だったようだがな」
麻生は『おままごと』の箱の前に座り込んだまま動かない。
頭が、考えるのを拒否するみたいにぼんやりしていた。
「――鷹村は、最初から麻生が邪魔してるって、気付いてたのか?」
「最初は確信が持てなかった。ただ兄貴からの連絡で、麻生がタイミングよく早退や欠席をしてるって気付いて、気になる点を調べたんだよ」
鷹村が妙に麻生に対して冷たい雰囲気があったのも、妨害していると思わしき人物だったから、なんだろう。
さすがだな、と思った。
俺はバカだし、麻生を疑うなんて、考えられなかったから。
でも、やっぱり分からない。
「……麻生、なんで?」
こんなこと、はやく解放されたかったはずなのに。
早く終わるといいねって、言い合ってたし、だからそのために、鷹村を連れて来て終わらせようって、相談して決めたじゃないか。
「……なんでだよ!」
言いたい言葉が喉につかえて、うまく出てこない。
悔しくて、目の奥が熱くて、涙が出そうだ。
それでも麻生は俯いたままで、唇はギュッと結んだまま。いつもなら俺の服の裾を掴んでくるのに、今日だけは自分のズボンをしわくちゃにしながら握っている。
すると何も言えない俺たちに痺れを切らしたのか、鷹村が深いため息をついた。
「理由はおそらく、杉崎を誰にも渡したくないから。違うか?」
俺は二回まばたきをして、ようやく鷹村の言葉を飲み込む。
「は、俺!?」
てか、俺を『誰にも渡したくない』って、なんだ!?
理解ができなくて混乱していると、グスグスと麻生が肩を震わせながら鼻を鳴らし始めた。
「ごめんなさい……。ごめん、なさい……!」
俯いた顔から、ポタポタと涙が落ちてきて、廃校舎の床にシミを作る。
「……あ、麻生?」
いつもの恐怖で怯えるのとは違う涙に、俺はどう対応していいのか分からない。
「ほ、本当は……スギくん家に花子さんが出なくなったって言い出した頃から、うちにも全然、出なくなってて……」
麻生はメガネを外し、手の甲で涙を拭いながら、ようやくポツポツと理由を話し始めた。
「もしかしたら、もう……花子さんは満足してて、本当は『おままごと』行かなくても……いいんじゃないかって、思ってたんだ、けど……」
麻生が胸元を、両手で苦しそうに抑えている。
「イヤ、だった……終わらせたくなかった。だってここには、他の誰もこないし、僕とスギくんだけで。ここで一緒に過ごすのが楽しくて、幸せ、だったから……」
きっと他人が苦手な麻生にとっては、ここでの時間がそのくらい楽しかったんだ。
――だから、あんなに張り切って小道具を用意してたんだな。
最初のうちは俺も怖かったし、面倒だったけど、そのうち普通に楽しむようになったのは、麻生と同じだ。
「僕にはスギくんだけ、スギくんしかいないのに……!」
いつも、半分くらいは冗談だと思ってた。
一番仲が良い相手だと伝えるために、そう言ってるって。
でも、そう言ってこちらを見た麻生の顔は、見たことがないくらい必死で、切羽詰まってた。
「なのに……『おままごと』が無くなったらもう、スギくんと会う理由も、全部なくなっちゃうって。だから……!」
「――だから、嘘、ついてたのか?」
「ごめんなさい……! ごめんなさい……!!」
何度もそう繰り返しながら、麻生はおままごとの道具が入った箱に縋りつくみたいに、その場に突っ伏した。
丸まった背中は小刻みに震えていて、嗚咽まじりの「ごめんなさい」だけが、しばらく廃校舎の中に響いてた。
頭の中は怒りと、驚きと、安堵でグチャグチャで。
でも、これだけは言わなきゃダメだって、少しだけ冷静だった。
俺は大きく息を吸い込んでから、言った。
「こんの……バカヤロウ!!」
怒鳴りつけた声に弾かれるみたいに、麻生の背中が大きく跳ねる。
そして、こちらを見上げた麻生の、涙と鼻水でビショビショの顔を、俺は両腕でギュッと包むみたいにして抱きしめた。
「――ったくよぉ。お前んとこには花子さんがまだ出てるって聞いて、俺はずーっと心配してたんだぞ」
ずっとずっと気にしてたんだ。
麻生ばっかり嫌な目に遭ってるんじゃないかって。
「ごめんなさい……」
「『おままごと』が無くなったら、俺と会う理由がなくなるってなんだよ。知り合ったきっかけが花子さんだっただけで、それ以外で会っちゃいけないルールなんかなかったろ」
ルールはなかったけど、気を遣って会わないようにしてただけなんだ。
だって、クラスも一緒に遊ぶ友達も違ったから、迷惑になると思って。ただ、麻生を困らせたくなかっただけなんだ。
「確かに今は学校も、一緒に遊ぶ連中も全然違うから、花子さんのこと以外で会ってなかったけどさ」
そっと身体を離すと、麻生が泣き腫らした顔のままで俺をジッと見ている。涙はひとまず止まったみたいだ。
「別に花子さんが理由じゃなくても、一緒に遊びたかったら遊んでいいんだ。お前がいい奴なのは俺がちゃんと知ってる。それにずっと一緒に『おままごと』してた仲だろ」
麻生のほっぺたにたくさん出来た涙の跡を、俺はゴシゴシと指で擦って拭いてやる。
俺よりデカいし頭もいいのに、やっぱり泣いてる時は年下に見えるから不思議だ。
「……いいの? また、これからも、一緒にいても、いいの?」
「……そんなの、聞くことかよ」
麻生の頭を手のひらでワシャワシャと撫でてから、俺はニッと歯を見せて笑う。
「当たり前だろーが!」
それから俺は、両手に腰を当てて、少しだけふんぞりながら立ち上がった。
「今回は許すけど、もう嘘なんかつくなよ!」
「……はい」
「よし!」
麻生のやったことは全部、どれもいいことじゃない。どっちかと言えば悪いことだ。
でも、麻生が俺と同じに『おままごと』が終わっても、仲良くしたいって、一緒にいたいって気持ちだったことが、普通に嬉しかった。
麻生とのやり取りを、呆れたように見ていた鷹村のほうを振り返る。
「悪いな、鷹村。なんか俺らのワガママに、変に振り回した感じになったな」
俺が頭を掻きながらそう弁明すると、麻生がハッと気付いたように立ち上がって、すぐに頭下げた。
「ご、ごめんなさい! 僕ずっとお仕事の邪魔してて……!」
しかし鷹村は怒るわけでもなく、例の『仕事道具』の入った袋を下ろし、その先端を床につける。
「あー、気にするな。こういうことは割とあるから」
「……え?」
「殆どのお化けは元々人間だったんだぞ。こういう欲に絡んだ出来事も、結局は犯人が生きてるか死んでるか、くらいの差しかねぇんだよ」
「そういうもん、か?」
「ああ」
そう言って鷹村が肩をすくめた。
生きてても死んでても、人間は欲望に忠実で、度が過ぎたら他人を巻き込んでしまうのは変わらないのかもしれない。
「ひとまず、ここの現状と真偽も分かったことだし。おかげでようやくここの解体に着手できるな」
そう言いながら、鷹村は携帯電話を操作していた。
メッセージを送っているようだが、どこかにこの校舎の現状報告でもしているのだろうか。
「そうなのか?」
「ああ。ここにはもう、例の花子さんしか残ってないみたいだからな」
鷹村がボロボロの校舎内をぐるりと大きく見回す。
俺たちにはさっぱり分からないが、この廃校舎にはもう、工事を邪魔していたような悪霊はいないらしい。
ここに残っているのは、俺たちの『おままごと』に付き合ってくれていた、花子さんだけ。
そんなことが分かるってことは、やっぱり鷹村は本当にプロの、本物の『祓い屋』なんだろう。



