放課後は、廃校舎で『家族ごっこ』をしています。

「どこも無理そうだったな」
「ずっと正面玄関しか使ってなかったから気付かなかったけど、本当にオンボロだったんだな」
「そ、そうだね」
 一通り見て回って、正面玄関に戻ってきた俺たちはガックリと息を吐く。
 空はだいぶオレンジ色がかってきていて、木々に囲まれた校舎周辺はすでに暗くなり始めていた。時間がない。
「そうなると、この下駄箱をどかすしかなさそうだな」
 鷹村がそう言って玄関ドアに近づこうとすると、ずっと後ろのほうにいた麻生が叫んだ。
「い、いいのかな!?」
 麻生の顔はすっかり恐怖で青ざめている。
「だって、こんなふうに入れないようされてるなんて、初めてだし。……やっぱり、花子さんは鷹村くんに来て欲しくないんじゃ!」
 確かに、これまでのことを考えると、これは花子さんからの意思表示としか思えない。
 麻生が心配する気持ちも分かる。もし今、無理矢理にでも中に入ったら、怒った花子さんに何かされる可能性は高いだろう。
 俺はガリガリと頭を掻いた。
「なぁ、鷹村。やっぱり今日は帰って――」
「……いい加減にしろよ」
 今日は帰ってくれないか、そう言おうと思ったのを遮るみたいに、鷹村が聞いたことないくらい低い声で言った。
「……鷹村?」
 驚いてそちらを見ると、鷹村は俺ではなく、鋭い目つきで麻生を睨んでいる。
「まったく。オドオド怖がるふりをして、よっぽどオレを『彼女』に合わせたくないようだな、麻生」
「……え?」
「そらそうだろうな。だってもう、花子さんはお前らに執着なんかしてないんだし」
「何を、言って……」
 鷹村の言葉がうまく飲み込めない。花子さんは俺たちにもう付き纏ってないってこと?
 じゃあ、これまでの妨害や、家に出たお化けは?
 心臓がバクバクとうるさく鳴り出している。
「下駄箱をこんなふうにしたの、お前だろ、麻生」
「で、出来るわけないじゃん! だって今さっき一緒に来たのに!」
 麻生が叫ぶと、鷹村はニヤリと意地悪そうな顔で笑った。
「出来るさ。だってお前は今日、学校を休んでたんだからさ」
「……え?」
 鷹村の言葉に、麻生が目を見開いて固まる。
「とりあえず、下駄箱をどかして中に入ろう。杉崎、手伝ってくれ」
「……へ? あ、ああ」
 俺は呆然とする麻生をそのままに、鷹村の言葉に引っ張られるように、玄関ドアへ向かう。
 そうだ。家に花子さんが出たせいで、忘れていた。
 麻生が、俺たちに『嘘』をついていることを。
 鍵の壊れていた玄関ドアを一つだけ開けると、立ち塞がる下駄箱を一つだけ鷹村と二人で奥に押しやった。下駄箱は見た目の割に軽くて、男子高校生二人でも簡単に動かせてしまった。
 ドアを開けた箇所以外の下駄箱も動かして、奥のエントランスホールまで通れるように通路を作る。
 そういえば、下駄箱に置いていた『おままごと』グッズを入れた箱はどこに行ったのかと探したら、玄関の隅にきちんと置かれていた。
「これがいつも使ってた道具か?」
「ああ、うん」
 鷹村が興味深そうに近づいて、箱を開けようと手を伸ばす。
「触らないで!」
 外で見ていただけだった麻生が、悲鳴みたいな叫び声を上げて駆けてきて、まるで鷹村から庇うように箱を抱えて座り込んだ。
「……あ、麻生?」
「別に壊したりしねーよ。大事な大事な思い出だろうしな」
 俺にはもう、何が何だか分からなかった。
 鷹村には何が見えていて、本当のことがなんなのかも分からない。
「なぁ、鷹村。麻生のせいって、どういうことなんだ? それに麻生が休んでたなんて、どうやって……」
 混乱する頭を抱えながら、俺は鷹村に尋ねる。
 鷹村はジィッと蹲った麻生を見つめたまま、口を開いた。
「――少し前から、城誠高校に臨時の講師が来てる話は聞いてるか?」
「へ? あ、ああ」
 そういえば、鷹村がやってきた頃、麻生がそんな話をしていたのを思い出す。ケガで入院することになった教師の代わりに、数学の臨時講師がきていると。
「ソイツな、オレの『仕事』の相棒で、兄貴なんだ」
「はぁ!?」
 俺が声を上げると同時に、麻生も驚いたように目を見開いて鷹村を見上げた。
「……星野先生が、兄弟?」
 呟くように言った麻生に、鷹村がどこか得意げな顔をする。
「全く似てないだろ? だが、事実だ」
「そうか、名前は旧姓を……」
 麻生が全く気付かなかった辺り、どうやら鷹村と鷹村兄は相当似ていないらしい。それで苗字が違えば全くの他人と変わらないし、二人の関係を結びつけるなんて無理だ。
「そんな兄貴から、昼間のうちに連絡があったんだよ。『麻生が欠席している。何か仕込んでいるかも』ってな」
 昼間の球技大会で誰よりも活躍していたのに、一体いつそんな連絡を受けたりしていたんだ。
 ――全然気付かなかった。
 これがプロという奴なのだろうか。
「昼間のうちに下駄箱をこんなふうに並べた後、校舎のどこかの横穴から脱出。一度自宅に帰ってシャワーも浴びて。授業が終わる頃合いをみて、制服に着替えてから何食わぬ顔でオレたちと合流した。……違うか?」
 麻生は目を見開いて、閉じた唇を震わせながら鷹村を見つめていた。
「……どうして」
「なんで気付いたかって? お前の制服だよ」
 そう言って鷹村が麻生を指差す。
「一日着てた割にシワがないし、履いてる靴も妙に綺麗だ。たぶんその手のケガも本当は、脱出した時に地面に落ちてたガラスか何かで切ったんじゃないのか?」
 鷹村の指摘した箇所を、なぞるように麻生を見てみたが、俺には細かい違いなんて分からない。
 だが、麻生が黙ったままということは、事実なんだろう。
「もちろん、それ以外の妨害も説明できるぞ。最初の妨害は倒木だったな。普通の学生なら無理だろうけど、頭のいいお前なら簡単だろ? それに、倒木の撤去をお願いした業者に確認したが、人為的に切られたものだと判明してる」
 確かに麻生なら、一人で効率よく木を切り倒す方法くらい知ってそうだし、両親があまり家にいないから、夜に家を抜け出して実行するなんて簡単だ。
「次は、杉崎の自転車のチェーンが切れた日か。あの日もお前は早退してるな。一年生の下校に紛れて学校に忍び込み、杉崎の自転車のチェーンを切っておいたんだ」
 あの日、鷹村が携帯電話を見ながら、何故か渋い顔をしていたのを覚えている。
 ――あれは、お兄さんから麻生の早退の知らせを受け取ってたのか。
 鷹村があの日、やたら麻生に直せないかと聞いていた理由が分かった。
「そして農道の水道管工事。あれもお前が仕組んだんだろ?」
 深いため息を吐きながら、鷹村が腕を組む。
「城誠高校は午前授業で終わりの日だったし、授業が終わってすぐ水道管に適当にヒビをいれて、自ら連絡したんだ。そして緊急の工事が始まって、看板が設置された後、頃合いをみて例の『迂回ルート』と書いた紙をこっそり貼っておいた。オレと杉崎が地図の場所に行くようにさ」
 そうだ、あの時麻生は『電車が止まっている』からと後からの合流だった。
 でもあの日、電車は止まったり遅れたりなんかしてなくて――。
「一応、業者に確認をとったが、連絡してきたやつの声は、若い男性の声だったそうだ」
 俺はギュッと拳を握る。
 鷹村の話は全て、理屈が通っていた。
 全部が全部、麻生なら出来ることで、麻生にしか出来ないことだった。
「麻生、申し開きはあるか?」
 冷たい鷹村の声に、麻生はギュッと唇を噛んで俯いたまま。
 でも、俺には一番分からないことがある。
「――ま、待ってくれ!」
 俺は鷹村と麻生の間に入って叫んだ。
 そして麻生のほうを向いて肩を掴む。
「なぁ、麻生。鷹村が言ってたことは本当なのか? なんでこんなことしたんだよ!」
 肩を揺さぶってみるが、それでも麻生は何も言ってくれない。
 少し変わった奴だけど、麻生が理由もなくこんな、他人に迷惑をかけるようなことをするわけがないんだ。
「頼む、麻生! 本当のことを言ってくれ!」
 そこまで言ってようやく麻生が顔を上げる。
 でも、視線は俺じゃなくて鷹村の方を見ていた。
 そしてその目は、いつもの引っ込み思案だけど穏やかなものと全然違い、これまで見たことがないくらい鋭くて――。
「――どうして、気付いたの?」
 細い声の問いかけに、鷹村は腕を組んだまま、目をスッと細めた。
「お前らにはモヤがまとわりついてるって、最初に話したよな」
 カフェで詳細を聞きたいと言われた日、神主以外には言われたことのない、花子さんが俺たちに執着している証のモヤを、鷹村は言い当てた。
 だからこそ、鷹村を信じる気になったし、花子さんはまだ俺たちを手放す気がないんだと思ったのだ。
「初めてこの校舎近くまで来た時、校舎にいる何かとお前らのまとってるモヤの気配が全く違うと気付いたんだ。だからお前らのそのモヤは、花子さんじゃない、何かの別の執着だってな」
「……え?」
「そして、杉崎の家に花子さんが出たって話を詳しく聞いて、確信した。杉崎の家に出たのは、花子さんじゃない」
 鷹村の言葉に俺は息を飲む。
「花子さんじゃ、ない? じゃあ、あれは……?」
「……生き霊だよ」