「花子さんが出た?」
翌日、学校に登校してすぐ、鷹村に花子さんが夜中うちに出たことを報告した。
「どんなふうに出てきたんだ?」
「あー、洗面台の鏡に写った後、階段あがろうとしたら踊り場にって感じ……」
俺は机に座ったまま、グッタリしつつ説明する。
昨日はその後部屋に戻ったものの、色んなことをぐるぐると考え込んでしまって、あまり寝付けなかった。
「もー。あれぜってー怒ってるってぇ」
机に突っ伏して、我ながら情けない声を漏らす。
行くと決めた日に行けなかったのだし、きっと怒ってるに違いない。
「……それは、顔が怒っていたから、そう判断したのか?」
鷹村はやはり祓い屋だからなのか、妙に真剣に『花子さん』が現れた時の状況について細かく聞いてくる。
よく見ると、カフェで聞き取りをした時のペンとノートを手に持っていた。
「いや……後ろ向いてたから、顔は見てないんだけどさ」
「いつもそんな風に現れるのか?」
言われてみると、昨日の現れ方はいつもと違った気がしたな、と俺は身体を起こし、腕を組みながら改めて思い出してみた。
「あー、いつもはだいたいこっち向いて立ってた……な。まぁ、目の周りは陰になっててわかんないけど、口元は見える感じで……」
「座ってると思ったのはなんでだ?」
「現れる時はいっつも白いシャツに赤いスカートが見えるけど、それが見えなくて。高さもちょっと低い気がしたし。だから、後ろ向きに座ってるのかなって思ったんだ」
なんとなく小さい子が拗ねて、体育座りしたまま背を向けているような、そんなイメージを持ったのは覚えている。
「あといつもは『あそぼう』って言われることが多いんだけど、それもなかったなぁ」
「ふむ、そうか……」
俺の話を一通り聞いた鷹村は、書き込んだノートをじっと見つめて、どこか考え込むような顔をしていた。
「なぁ、やっぱり怒ってると思うか?」
「そうだな。いつもと違う形で出てきたというのなら、違う感情を持っていてもおかしくはないだろうな」
「やっぱそっかぁ……」
専門家が言うくらいなのだから、やっぱり花子さんは怒っているか、拗ねているか、その両方の可能性もある。
――どうしたら、許してもらえるんだろ。
鷹村を連れて行くのをやめたら、謎の妨害もなくなって丸く収まる気もするが、それでは今までと変わらない。
一人でうんうん唸っていると、鷹村がそういえば、と口を開く。
「杉崎のとこに出てきたなら、麻生のところにも出たのか?」
「いや、麻生に聞いてみたけど、あっちには出てないらしい」
朝起きてすぐ麻生に報告したら、めちゃくちゃ心配するメッセージが山のようにきた。
ついこの前、うちにはもう出てこなくなったなんて話をしたのに、また出るようになったから、余計に心配になったんだろう。
――麻生を不安にさせてばかりだなぁ。
巻き込んだ側なのに、ちゃんと解決したいのに、上手くいかないのがなんだか悔しい。
「……とにかく、金曜は何が何でも、廃校舎に行くからな」
「ああ、そのほうがいいだろうな」
花子さんには悪いけど、この放課後の『家族ごっこ』を、俺はいい加減終わらせたいんだ。
――今度こそ!
◇
金曜日。球技大会で俺たちのクラスは、なかなかの健闘ぶりだった。
バレーとフットサルはトーナメントの初戦で落ちたが、バスケはスーパー転校生・鷹村のおかげで準決勝まで行ったのだ。
「よし、打ち上げ行こうぜ!」
閉会式が終わってからも、クラスメイトたちは興奮で沸き立っている。
しかし、俺と鷹村はそれどころじゃない。
むしろ本番は、放課後――これからだ。
「鷹村は強制参加だからな!」
「そうだそうだ! 我がクラス一番の功労者だし!」
クラスメイトたちに取り囲まれた鷹村は、そのまま駅前のファミレスに連行されそうな勢いであったが、ここでもやはり上手くかわしてしまう。
「悪いな、今日はどうしても外せない仕事の手伝いがあって。オレの分まで楽しんでくれ」
そして俺も、一応バスケで出ていたので参加するよう言われたのだが、本当に、それはそれはものすごーく残念そうな顔で「用事が……あって」と歯軋りしながら断り、二人揃って学校を出た。
ちなみに今日も自転車に細工をするような妨害をされないよう、徒歩である。
「かなり残念そうな顔だったな。そんなに行きたかったのか?」
「まーね。クラスメイトと放課後ワイワイ楽しく過ごす青春の楽しみってのを、『おままごと』のおかげでだいぶ削られてるからな」
鷹村が来た時の歓迎会も『おままごと』のおかげで行けなかったし、綺麗な青をグレーに染められたような気持ちでこれまで過ごしてきた。
高校二年の球技大会は今日しかないのに。それを心の底から楽しめないのが、すごく悔しい。
「そうは言っても、月に二回だけだろう?」
「まぁ、そうだけどさ。俺がそういうオカルトっぽいことしてるってだけで、嫌な顔するやつもいるからよ」
特に女子たちからは『呪われてる』とヒソヒソ噂されるし、部活動も不定期で休んで迷惑をかけられないから、中学からずっと帰宅部のままだ。
「……それに。麻生も早く解放してやりたいしさ」
自分はやりたいこととか特にないけど、麻生にはやりたい部活とか、本当はあったかもしれない。それなのに、俺と同じように迷惑をかけないようにと部活動はしないと言ってくれた。
「アイツ、これのせいで行きたい大学迷ってるんだって」
先のことを考えたいのに、ずっと足に絡みついて、引っ張られて、自由に考えられない。
「高校だって、本当はもっとすげーとこ行けたって聞いたこともある。アイツは本当にすごい奴なんだ。尊敬もしてる。だから、こんなことで足を引っ張りたくないんだよ」
いつかこの『おままごと』がなくなって、定期的に会える日がなくなるのは寂しいけど。
――こればっかりは仕方ないし。
大通りを山の方に向かって鷹村と歩いていると、農道へ入る別れ道まで来たところで、ちょうど少し先のバス停から降りた麻生と鉢合わせた。
「あ、あそーう!」
「スギくん、鷹村くん」
手を振って呼びかけると、気付いた麻生が嬉しそうに駆け寄ってくる。
俺よりデカいし頭もいいのに、行動はやっぱりどこか弟のように感じるから不思議だ。
麻生と合流し、三人で農道を歩きながら雑木林の奥を目指す。
「今日も歩きなんだね」
「おう。今日こそは花子さんに会わないととだからな。それに、またチェーン切られたら金かかるし……」
「それもそうだね」
俺がグッタリしながら言うと、麻生は少し困ったような顔で笑った。
「麻生だって、ケータイ買い換える羽目になったろ?」
「あーうん。まぁそろそろ替えようとは思ってたからいいんだけど、急な出費で困っちゃうよね」
「最新のやつにしたんだっけ?」
「うん、そうだよ」
そう言って麻生が俺に、新しく買った携帯電話を差し出して見せる。
「うおー! いいなぁ!」
俺は基本中古品を買って使ってるので、最新で新品の携帯電話を持つことはほとんどない。
真新しい携帯端末の綺麗さに感動していると、ふと麻生の手に包帯が巻いてあるのに気づいた。
「あれ、手ぇどうした?」
「……あ、昨日の夜、洗い物してる時にお皿割っちゃって、それで」
麻生の家は両親が忙しいから、麻生が替わりに家事をやることも多いと聞いている。
「もしかして、洗ってる時に花子さんが出たとか!?」
「違う違う! 普通にただ、うっかりで落としちゃっただけ」
「そ、そうか。それはそれで気を付けろよ」
「うん……」
うちに出てきたみたいに、麻生の家にも花子さんが出てきたのではないかとつい勘繰ってしまった。違ったらしくて少し安心する。
俺がホッとしている横で、鷹村は何故かジッと麻生を見ていた。合流してからずっと黙っているし、どうしたんだろう?
「た、鷹村くん。どうか、した?」
「……いや、べつに」
さすがの麻生も気になったようだが、鷹村はそっけなく返すだけだ。
麻生はだいぶ鷹村に慣れてきたようだが、肝心の鷹村が妙に麻生と距離をとってるのが気になる。学校じゃ誰とも積極的に仲良くなっていた感じなのに、なんでだ?
雑木林の手前まで来たところで、農道の端の草が生い茂っていた箇所に車の轍ができているのに気付く。
「一昨日の水道管工事、この辺だったっぽいな」
「そうみたいだね」
よく見ると一部の草が刈られて、焦茶色の土が剥き出しになっている箇所がある。
「あぁ、あの辺かも」
「へー、あんなとこに水道管なんてあったんだな」
「農業用水のための水道管じゃないかな。こっち側って水路がないし」
「そういやそうだな」
相変わらず麻生は物知りだ。この頭の良さを、もっといろんなことに使ってほしい。
話しているうちにいつもの雑木林に着いた。先週あんなにガッチリ道を塞いでいた倒木は、綺麗さっぱりなくなっていて、以前と変わらずに通れるようになっている。
「お、ちゃんと通れるな」
「……よかったぁ」
「なんかここ通るのが久々に感じるわ」
「本当だね」
何度もここを通ろうとして、妨害され続けたせいか妙に感慨深い。
舗装のされていない坂道を踏み締めるように上り、裏門だった場所を表す門柱の間を通り抜け、雑草が伸び放題のままになった校庭を突っ切って、ボロボロの校舎へ向かう。
――ようやく鷹村をここまで連れてこれた。
内心ホッとしながら、廃校舎の正面玄関近くまできたところで、俺は奇妙な違和感を覚えた。
「……あれ?」
なんだか玄関の様子が、いつもと違う。
「どうしたの?」
麻生の声には答えず、一人で玄関前まで駆けていって、分かった。
古いガラス張りの玄関ドアの向こう側に、茶色い木の板が立ち塞がるように並んでいる。おそらく、玄関の内側にたくさんあった、木製の下駄箱だ。
「え、うそだろ?」
「なにこれ……」
驚いていると、追いついてきた麻生が同じように息を呑む。
俺たちが驚いているのを見た鷹村が、玄関ドアを眺めながら訊いてきた。
「ここは、普段はこうじゃないのか?」
「……あ、ああ。いつもはもっと、ドアから離れたとこに並んでる下駄箱なんだけど」
「重そうだし、動かしたことなんてなかったのに……」
下駄箱は分厚い木の板で出来ていて、見た目からして重そうだったから、無理に動かしたりはせず、廃校舎に置いておく荷物置き場にしていたくらいだ。
それをあんなふうに動かすなんて。
「その『おままごと』はいつもどこでやっていたんだ?」
「すぐそこだよ。この玄関から入って、すぐのエントランスホールがわりと綺麗だから、そこでいつも『おままごと』してて……」
「なるほど、じゃあこの玄関の向こう側に行かなきゃならんのだな」
「うん……」
「……ど、どうしよう」
冷静に周辺を見回す鷹村と対照的に、麻生はすっかり怯えて涙目になっている。俺は麻生の隣に行き、よしよしと頭を撫でた。
「とりあえず、他に入れる場所がないか探そう」
「ああ」
三人で廃校舎の周辺を改めてぐるりと回ってみるが、壊れていないドアや窓はしっかり鍵がかかっていて、びくともしない。
いくつか壁に穴の空いた場所を見つけたが、どこも派手に崩れていたり、瓦礫やガラスの散らばる床下の地面を這いずっていかないといけないようなものばかりで、校舎の中まで入るのは難しそうだ。
翌日、学校に登校してすぐ、鷹村に花子さんが夜中うちに出たことを報告した。
「どんなふうに出てきたんだ?」
「あー、洗面台の鏡に写った後、階段あがろうとしたら踊り場にって感じ……」
俺は机に座ったまま、グッタリしつつ説明する。
昨日はその後部屋に戻ったものの、色んなことをぐるぐると考え込んでしまって、あまり寝付けなかった。
「もー。あれぜってー怒ってるってぇ」
机に突っ伏して、我ながら情けない声を漏らす。
行くと決めた日に行けなかったのだし、きっと怒ってるに違いない。
「……それは、顔が怒っていたから、そう判断したのか?」
鷹村はやはり祓い屋だからなのか、妙に真剣に『花子さん』が現れた時の状況について細かく聞いてくる。
よく見ると、カフェで聞き取りをした時のペンとノートを手に持っていた。
「いや……後ろ向いてたから、顔は見てないんだけどさ」
「いつもそんな風に現れるのか?」
言われてみると、昨日の現れ方はいつもと違った気がしたな、と俺は身体を起こし、腕を組みながら改めて思い出してみた。
「あー、いつもはだいたいこっち向いて立ってた……な。まぁ、目の周りは陰になっててわかんないけど、口元は見える感じで……」
「座ってると思ったのはなんでだ?」
「現れる時はいっつも白いシャツに赤いスカートが見えるけど、それが見えなくて。高さもちょっと低い気がしたし。だから、後ろ向きに座ってるのかなって思ったんだ」
なんとなく小さい子が拗ねて、体育座りしたまま背を向けているような、そんなイメージを持ったのは覚えている。
「あといつもは『あそぼう』って言われることが多いんだけど、それもなかったなぁ」
「ふむ、そうか……」
俺の話を一通り聞いた鷹村は、書き込んだノートをじっと見つめて、どこか考え込むような顔をしていた。
「なぁ、やっぱり怒ってると思うか?」
「そうだな。いつもと違う形で出てきたというのなら、違う感情を持っていてもおかしくはないだろうな」
「やっぱそっかぁ……」
専門家が言うくらいなのだから、やっぱり花子さんは怒っているか、拗ねているか、その両方の可能性もある。
――どうしたら、許してもらえるんだろ。
鷹村を連れて行くのをやめたら、謎の妨害もなくなって丸く収まる気もするが、それでは今までと変わらない。
一人でうんうん唸っていると、鷹村がそういえば、と口を開く。
「杉崎のとこに出てきたなら、麻生のところにも出たのか?」
「いや、麻生に聞いてみたけど、あっちには出てないらしい」
朝起きてすぐ麻生に報告したら、めちゃくちゃ心配するメッセージが山のようにきた。
ついこの前、うちにはもう出てこなくなったなんて話をしたのに、また出るようになったから、余計に心配になったんだろう。
――麻生を不安にさせてばかりだなぁ。
巻き込んだ側なのに、ちゃんと解決したいのに、上手くいかないのがなんだか悔しい。
「……とにかく、金曜は何が何でも、廃校舎に行くからな」
「ああ、そのほうがいいだろうな」
花子さんには悪いけど、この放課後の『家族ごっこ』を、俺はいい加減終わらせたいんだ。
――今度こそ!
◇
金曜日。球技大会で俺たちのクラスは、なかなかの健闘ぶりだった。
バレーとフットサルはトーナメントの初戦で落ちたが、バスケはスーパー転校生・鷹村のおかげで準決勝まで行ったのだ。
「よし、打ち上げ行こうぜ!」
閉会式が終わってからも、クラスメイトたちは興奮で沸き立っている。
しかし、俺と鷹村はそれどころじゃない。
むしろ本番は、放課後――これからだ。
「鷹村は強制参加だからな!」
「そうだそうだ! 我がクラス一番の功労者だし!」
クラスメイトたちに取り囲まれた鷹村は、そのまま駅前のファミレスに連行されそうな勢いであったが、ここでもやはり上手くかわしてしまう。
「悪いな、今日はどうしても外せない仕事の手伝いがあって。オレの分まで楽しんでくれ」
そして俺も、一応バスケで出ていたので参加するよう言われたのだが、本当に、それはそれはものすごーく残念そうな顔で「用事が……あって」と歯軋りしながら断り、二人揃って学校を出た。
ちなみに今日も自転車に細工をするような妨害をされないよう、徒歩である。
「かなり残念そうな顔だったな。そんなに行きたかったのか?」
「まーね。クラスメイトと放課後ワイワイ楽しく過ごす青春の楽しみってのを、『おままごと』のおかげでだいぶ削られてるからな」
鷹村が来た時の歓迎会も『おままごと』のおかげで行けなかったし、綺麗な青をグレーに染められたような気持ちでこれまで過ごしてきた。
高校二年の球技大会は今日しかないのに。それを心の底から楽しめないのが、すごく悔しい。
「そうは言っても、月に二回だけだろう?」
「まぁ、そうだけどさ。俺がそういうオカルトっぽいことしてるってだけで、嫌な顔するやつもいるからよ」
特に女子たちからは『呪われてる』とヒソヒソ噂されるし、部活動も不定期で休んで迷惑をかけられないから、中学からずっと帰宅部のままだ。
「……それに。麻生も早く解放してやりたいしさ」
自分はやりたいこととか特にないけど、麻生にはやりたい部活とか、本当はあったかもしれない。それなのに、俺と同じように迷惑をかけないようにと部活動はしないと言ってくれた。
「アイツ、これのせいで行きたい大学迷ってるんだって」
先のことを考えたいのに、ずっと足に絡みついて、引っ張られて、自由に考えられない。
「高校だって、本当はもっとすげーとこ行けたって聞いたこともある。アイツは本当にすごい奴なんだ。尊敬もしてる。だから、こんなことで足を引っ張りたくないんだよ」
いつかこの『おままごと』がなくなって、定期的に会える日がなくなるのは寂しいけど。
――こればっかりは仕方ないし。
大通りを山の方に向かって鷹村と歩いていると、農道へ入る別れ道まで来たところで、ちょうど少し先のバス停から降りた麻生と鉢合わせた。
「あ、あそーう!」
「スギくん、鷹村くん」
手を振って呼びかけると、気付いた麻生が嬉しそうに駆け寄ってくる。
俺よりデカいし頭もいいのに、行動はやっぱりどこか弟のように感じるから不思議だ。
麻生と合流し、三人で農道を歩きながら雑木林の奥を目指す。
「今日も歩きなんだね」
「おう。今日こそは花子さんに会わないととだからな。それに、またチェーン切られたら金かかるし……」
「それもそうだね」
俺がグッタリしながら言うと、麻生は少し困ったような顔で笑った。
「麻生だって、ケータイ買い換える羽目になったろ?」
「あーうん。まぁそろそろ替えようとは思ってたからいいんだけど、急な出費で困っちゃうよね」
「最新のやつにしたんだっけ?」
「うん、そうだよ」
そう言って麻生が俺に、新しく買った携帯電話を差し出して見せる。
「うおー! いいなぁ!」
俺は基本中古品を買って使ってるので、最新で新品の携帯電話を持つことはほとんどない。
真新しい携帯端末の綺麗さに感動していると、ふと麻生の手に包帯が巻いてあるのに気づいた。
「あれ、手ぇどうした?」
「……あ、昨日の夜、洗い物してる時にお皿割っちゃって、それで」
麻生の家は両親が忙しいから、麻生が替わりに家事をやることも多いと聞いている。
「もしかして、洗ってる時に花子さんが出たとか!?」
「違う違う! 普通にただ、うっかりで落としちゃっただけ」
「そ、そうか。それはそれで気を付けろよ」
「うん……」
うちに出てきたみたいに、麻生の家にも花子さんが出てきたのではないかとつい勘繰ってしまった。違ったらしくて少し安心する。
俺がホッとしている横で、鷹村は何故かジッと麻生を見ていた。合流してからずっと黙っているし、どうしたんだろう?
「た、鷹村くん。どうか、した?」
「……いや、べつに」
さすがの麻生も気になったようだが、鷹村はそっけなく返すだけだ。
麻生はだいぶ鷹村に慣れてきたようだが、肝心の鷹村が妙に麻生と距離をとってるのが気になる。学校じゃ誰とも積極的に仲良くなっていた感じなのに、なんでだ?
雑木林の手前まで来たところで、農道の端の草が生い茂っていた箇所に車の轍ができているのに気付く。
「一昨日の水道管工事、この辺だったっぽいな」
「そうみたいだね」
よく見ると一部の草が刈られて、焦茶色の土が剥き出しになっている箇所がある。
「あぁ、あの辺かも」
「へー、あんなとこに水道管なんてあったんだな」
「農業用水のための水道管じゃないかな。こっち側って水路がないし」
「そういやそうだな」
相変わらず麻生は物知りだ。この頭の良さを、もっといろんなことに使ってほしい。
話しているうちにいつもの雑木林に着いた。先週あんなにガッチリ道を塞いでいた倒木は、綺麗さっぱりなくなっていて、以前と変わらずに通れるようになっている。
「お、ちゃんと通れるな」
「……よかったぁ」
「なんかここ通るのが久々に感じるわ」
「本当だね」
何度もここを通ろうとして、妨害され続けたせいか妙に感慨深い。
舗装のされていない坂道を踏み締めるように上り、裏門だった場所を表す門柱の間を通り抜け、雑草が伸び放題のままになった校庭を突っ切って、ボロボロの校舎へ向かう。
――ようやく鷹村をここまで連れてこれた。
内心ホッとしながら、廃校舎の正面玄関近くまできたところで、俺は奇妙な違和感を覚えた。
「……あれ?」
なんだか玄関の様子が、いつもと違う。
「どうしたの?」
麻生の声には答えず、一人で玄関前まで駆けていって、分かった。
古いガラス張りの玄関ドアの向こう側に、茶色い木の板が立ち塞がるように並んでいる。おそらく、玄関の内側にたくさんあった、木製の下駄箱だ。
「え、うそだろ?」
「なにこれ……」
驚いていると、追いついてきた麻生が同じように息を呑む。
俺たちが驚いているのを見た鷹村が、玄関ドアを眺めながら訊いてきた。
「ここは、普段はこうじゃないのか?」
「……あ、ああ。いつもはもっと、ドアから離れたとこに並んでる下駄箱なんだけど」
「重そうだし、動かしたことなんてなかったのに……」
下駄箱は分厚い木の板で出来ていて、見た目からして重そうだったから、無理に動かしたりはせず、廃校舎に置いておく荷物置き場にしていたくらいだ。
それをあんなふうに動かすなんて。
「その『おままごと』はいつもどこでやっていたんだ?」
「すぐそこだよ。この玄関から入って、すぐのエントランスホールがわりと綺麗だから、そこでいつも『おままごと』してて……」
「なるほど、じゃあこの玄関の向こう側に行かなきゃならんのだな」
「うん……」
「……ど、どうしよう」
冷静に周辺を見回す鷹村と対照的に、麻生はすっかり怯えて涙目になっている。俺は麻生の隣に行き、よしよしと頭を撫でた。
「とりあえず、他に入れる場所がないか探そう」
「ああ」
三人で廃校舎の周辺を改めてぐるりと回ってみるが、壊れていないドアや窓はしっかり鍵がかかっていて、びくともしない。
いくつか壁に穴の空いた場所を見つけたが、どこも派手に崩れていたり、瓦礫やガラスの散らばる床下の地面を這いずっていかないといけないようなものばかりで、校舎の中まで入るのは難しそうだ。



