「……あれ?」
「どうした?」
「いや、麻生から返信がなくて……」
メッセージには『既読』のマークも付いていない。俺は追加でメッセージを送る。
俺《もしかして、まだ電車止まってる?》
いつもの麻生なら、ビックリする速さで『わかった』と返信をくれるのに。
心が妙にざわつく。だって麻生は花子さんに妨害されて、駅で待ちぼうけを喰らう羽目になったのだ。何かそれ以上のことが起きてるんじゃないかと思うと、不安で頭の中がいっぱいになる。
「電車やバスが混んでて、返信できないんじゃないか?」
「あ、うん。そう、だよな……」
鷹村に何気なく言われて、少しだけ落ち着いた。
そうだ、電車が混んでて遅くなった日も、そう言っていたじゃないか。
――きっと、大丈夫。
けれど、俺の不安を煽るみたいに、太陽は随分と傾いてきていて、空もほんのりとオレンジ色に染まり始めている。
「でも、どうしよう。連絡がつかないんじゃ、行き違いになりそうだし……」
せめて既読のマークがついてくれたら。
携帯電話がなかった頃の人たちは、こういう時どうしていたんだろうか。
「うーん。俺と杉崎が先に行って、麻生の代わりに俺が『ままごと』をやるわけにもいかないしな」
「当たり前だ!」
ポツリと言った鷹村に、俺はムッとして吠える。
「ただでさえ妨害されてるってのに、いつもと違うことやったら何されるかわかんねーよ」
花子さんをこれ以上怒らせてしまったら、三年間頑張って通ってた分をパアにされるかもしれない。
――俺だけの判断じゃ、決められない。決めたくない。
だってずっと、麻生と一緒にやってきたのだ。『ままごと』をやるなら、麻生と一緒がいい。
それに鷹村を廃校舎に連れて行くのだって、麻生と決めた。だから何かを変えるのなら、二人で決めたい。
ひとまず麻生と合流してから決めようとなり、俺と鷹村はこの農道で麻生を待つことにした。
「……それにしても、妙だと思わないか」
「なにがだ?」
「水道管工事と電車の遅延が同じ日に被るなんて、なかなかないだろう?」
「んなこと言ったら、これまで一度も水道管工事であの道塞がれたことなんてないぞ」
電車の遅延なんかはよくあるけど、水道管がそんなにしょっちゅう壊れても困る。
「それに、そういうあり得ないことでも、お化けなら出来ちゃうもんなんじゃねーの?」
「奴らはそこまで万能じゃない」
妙に冷ややかな声で鷹村が言った。
「不可思議に思えることでも、結局は無意識に人間がやっていたことだったりするんだ」
「へ?」
「例えば、怖い話でよくあるような、捨てても捨てても戻ってくる、心霊写真やいわくつきの物があったとするだろう?」
鷹村の言葉に、俺は昔読んだ怖い漫画でそういうのがあったのを思い出す。
「でも実際は困ってる当人が覚えていないだけで、無意識のうちに写真を焼き増ししたり、ゴミ捨て場から拾って戻したりしてるだけだったりするんだ」
「ま、マジで?」
「ああ。だからお化けにできるのは、案外それくらいのことだったりするんだよ」
「……でも。じゃあ、それって」
なんとなく、鷹村が何を言いたいのかが分かったような気がするけれど、どうしても頭がその先を考えようとしてくれない。
空はすっかりオレンジ色に染まっていて、もう少ししたら日が落ちる。周囲もほんのり暗くなり始めていた。
風がザアザアと草を撫でる音に混じって、農道の反対端のほうから誰かが歩いてくる足音が聞こえる。
「スギく〜〜ん。どこ〜〜?」
細くて弱々しい、泣きべそに近い呼び声。
俺はその声にハッとして、慌てて声のする方に向かう。
「麻生! こっちだ!」
そう言いながら少し走ったら、相変わらず背中を丸めて歩く麻生がそこにいた。
「あ! スギくん! よかったぁ〜〜」
こちらに気付いた麻生が嬉しそうに駆け寄ってくる。
「わりぃわりぃ。もうちょい分かりやすいとこにいるべきだったな」
泣きべそに近いと思ったが、ほぼ泣いていたのか目の周りが濡れていた。暗くなり始めていたのもあって、心細かったのだろう。
俺はグスグスと鼻を鳴らす麻生の頭を撫でた。
「麻生、携帯電話はどうしたんだ? 杉崎から連絡がきただろう?」
後ろからついてきた鷹村がそう言うと、麻生はしょんぼりした顔をする。
「え? あ。実は、電車の中で落としちゃって……」
麻生が見せてくれた携帯電話は、液晶画面に蜘蛛の巣のようなヒビが入っており、電源が入らないのか真っ暗なままだった。
「うわぁ……」
「地図はちゃんと見た後だったから、場所はなんとか分かったんだけど、連絡できなくって」
「……これじゃどうしようもないな」
さすがの鷹村も、気の毒そうに息を吐く。俺としては連絡のつかなかった理由が分かって、少しだけホッとした。
「あ、そうだ。こっちの道から廃校舎って行けそう?」
「いや、ダメだったんだ。だから元の道の工事が終わってるかもだから、戻ろうかって話をしててよ」
「そうだったんだね。ごめん……」
携帯電話が壊れてなければ、上手いこと連絡して、元の道から廃校舎に行けたかもしれない。
しかし、辺りはすでに薄闇が広がっていて、大通りのほうの街灯が点き始めていた。
「さすがにこの暗さじゃ、難しいな」
今から元の道に戻った頃には、すっかり日が落ちて真っ暗になっているだろう。そうなると、廃校舎で『おままごと』どころじゃない。
とりあえず帰ろうと、俺たちは来た道を戻っていつもの大通りへ向かう。
「どうしよう……今日こそ行かないといけなかったのに」
トボトボと歩きながら、麻生が不安そうな声で言った。
前回の『おままごと』から二週間。過去にこれ以上の間隔を空けた時は、必ず俺か麻生の家に花子さんが姿を現していた。
普段なら二週間近く経つと鏡に映ったり、トイレをノックしてくる程度だが、二週間以上経った場合は、階段の踊り場や廊下の奥に佇んで『あそぼう』と囁きかけてくる。
ただでさえ妨害をしてくるような状態。なるたけ早く、次に行く日を決めないと。
「麻生は、次いつなら行けそうだ?」
「うーん、最短だと金曜かな。でも、金曜って確かスギくんたち球技大会の日だよね?」
「あ、やべ忘れてた。そういやそうだ」
麻生の言葉にそんな予定があったのを思い出す。今年もクラス対抗でフットサルとバレーとバスケをするのだが、俺は一応バスケに参加する予定だ。
「なんで、違う学校の麻生が、こっちの学校行事を把握してるんだ?」
「えっ? あ、スギくんの学校のサイトとかで確認してるから……」
鷹村がなんともいえない顔で尋ねたが、麻生はニコッと笑って返す。
「麻生が覚えててくれるから、めっちゃ楽なんだよな」
俺がすぐ忘れてしまって『おままごと』の日程を決める時に困るので、いつの間にか麻生が調べて覚えててくれるようになったのだ。
頼りすぎはよくないと分かっているけど、この気楽さや至れり尽くせり感に慣れるとなかなか難しい。
「……そう、か」
しかし鷹村の表情は、なんともいえない微妙な顔のまま。なんでだ?
「球技大会あるから登下校もジャージだけど、まぁ問題ないだろ。時間も、打ち上げに参加しなきゃいいだろうし」
「そっか。遅くなっても十六時前には終わるだろうし、大丈夫そうだね」
「……だからなんで時間まで」
鷹村の言葉に、麻生はやっぱりニッコリ笑うだけだった。
「でも、いいの? 打ち上げ参加しなくて……」
「いや、どう考えても今日『おままごと』出来なかったことのほうがヤバいだろ」
「そ、そうだね……」
打ち上げに参加しなかったくらいで、そいつを除け者にするようなクラスではない。クラス仲は比較的いい方だしな。
話しながら大通りを歩いているうちに、いつもの農道の入り口まで戻ってきていた。
看板も工事車両もなくなっていたが、辺りはすっかり暗くなっていて、街灯のない雑木林のほうはすっかり暗闇に沈んでいた。廃校舎まで行けば非常用の懐中電灯を置いてあるが、そこに向かうまでの明かりが何もないので、このまま向かうには無謀すぎる。
「とりあえず、次は金曜だな」
「うん、わかった」
いつもなら麻生とはここで別れるのだが、麻生はバスで駅前まで戻り、携帯電話を取り換えてくるというので、今日は近くのバス停で別れることになった。
「また家に出るかもしれねーから、何かあったら連絡しろよ」
「うん、スギくんもね。あ、携帯直ったら連絡するね」
「おう、じゃあな!」
バス停で手を振る麻生に手を振り返し、俺は鷹村と一緒に帰路についた。
「どうした?」
「いや、麻生から返信がなくて……」
メッセージには『既読』のマークも付いていない。俺は追加でメッセージを送る。
俺《もしかして、まだ電車止まってる?》
いつもの麻生なら、ビックリする速さで『わかった』と返信をくれるのに。
心が妙にざわつく。だって麻生は花子さんに妨害されて、駅で待ちぼうけを喰らう羽目になったのだ。何かそれ以上のことが起きてるんじゃないかと思うと、不安で頭の中がいっぱいになる。
「電車やバスが混んでて、返信できないんじゃないか?」
「あ、うん。そう、だよな……」
鷹村に何気なく言われて、少しだけ落ち着いた。
そうだ、電車が混んでて遅くなった日も、そう言っていたじゃないか。
――きっと、大丈夫。
けれど、俺の不安を煽るみたいに、太陽は随分と傾いてきていて、空もほんのりとオレンジ色に染まり始めている。
「でも、どうしよう。連絡がつかないんじゃ、行き違いになりそうだし……」
せめて既読のマークがついてくれたら。
携帯電話がなかった頃の人たちは、こういう時どうしていたんだろうか。
「うーん。俺と杉崎が先に行って、麻生の代わりに俺が『ままごと』をやるわけにもいかないしな」
「当たり前だ!」
ポツリと言った鷹村に、俺はムッとして吠える。
「ただでさえ妨害されてるってのに、いつもと違うことやったら何されるかわかんねーよ」
花子さんをこれ以上怒らせてしまったら、三年間頑張って通ってた分をパアにされるかもしれない。
――俺だけの判断じゃ、決められない。決めたくない。
だってずっと、麻生と一緒にやってきたのだ。『ままごと』をやるなら、麻生と一緒がいい。
それに鷹村を廃校舎に連れて行くのだって、麻生と決めた。だから何かを変えるのなら、二人で決めたい。
ひとまず麻生と合流してから決めようとなり、俺と鷹村はこの農道で麻生を待つことにした。
「……それにしても、妙だと思わないか」
「なにがだ?」
「水道管工事と電車の遅延が同じ日に被るなんて、なかなかないだろう?」
「んなこと言ったら、これまで一度も水道管工事であの道塞がれたことなんてないぞ」
電車の遅延なんかはよくあるけど、水道管がそんなにしょっちゅう壊れても困る。
「それに、そういうあり得ないことでも、お化けなら出来ちゃうもんなんじゃねーの?」
「奴らはそこまで万能じゃない」
妙に冷ややかな声で鷹村が言った。
「不可思議に思えることでも、結局は無意識に人間がやっていたことだったりするんだ」
「へ?」
「例えば、怖い話でよくあるような、捨てても捨てても戻ってくる、心霊写真やいわくつきの物があったとするだろう?」
鷹村の言葉に、俺は昔読んだ怖い漫画でそういうのがあったのを思い出す。
「でも実際は困ってる当人が覚えていないだけで、無意識のうちに写真を焼き増ししたり、ゴミ捨て場から拾って戻したりしてるだけだったりするんだ」
「ま、マジで?」
「ああ。だからお化けにできるのは、案外それくらいのことだったりするんだよ」
「……でも。じゃあ、それって」
なんとなく、鷹村が何を言いたいのかが分かったような気がするけれど、どうしても頭がその先を考えようとしてくれない。
空はすっかりオレンジ色に染まっていて、もう少ししたら日が落ちる。周囲もほんのり暗くなり始めていた。
風がザアザアと草を撫でる音に混じって、農道の反対端のほうから誰かが歩いてくる足音が聞こえる。
「スギく〜〜ん。どこ〜〜?」
細くて弱々しい、泣きべそに近い呼び声。
俺はその声にハッとして、慌てて声のする方に向かう。
「麻生! こっちだ!」
そう言いながら少し走ったら、相変わらず背中を丸めて歩く麻生がそこにいた。
「あ! スギくん! よかったぁ〜〜」
こちらに気付いた麻生が嬉しそうに駆け寄ってくる。
「わりぃわりぃ。もうちょい分かりやすいとこにいるべきだったな」
泣きべそに近いと思ったが、ほぼ泣いていたのか目の周りが濡れていた。暗くなり始めていたのもあって、心細かったのだろう。
俺はグスグスと鼻を鳴らす麻生の頭を撫でた。
「麻生、携帯電話はどうしたんだ? 杉崎から連絡がきただろう?」
後ろからついてきた鷹村がそう言うと、麻生はしょんぼりした顔をする。
「え? あ。実は、電車の中で落としちゃって……」
麻生が見せてくれた携帯電話は、液晶画面に蜘蛛の巣のようなヒビが入っており、電源が入らないのか真っ暗なままだった。
「うわぁ……」
「地図はちゃんと見た後だったから、場所はなんとか分かったんだけど、連絡できなくって」
「……これじゃどうしようもないな」
さすがの鷹村も、気の毒そうに息を吐く。俺としては連絡のつかなかった理由が分かって、少しだけホッとした。
「あ、そうだ。こっちの道から廃校舎って行けそう?」
「いや、ダメだったんだ。だから元の道の工事が終わってるかもだから、戻ろうかって話をしててよ」
「そうだったんだね。ごめん……」
携帯電話が壊れてなければ、上手いこと連絡して、元の道から廃校舎に行けたかもしれない。
しかし、辺りはすでに薄闇が広がっていて、大通りのほうの街灯が点き始めていた。
「さすがにこの暗さじゃ、難しいな」
今から元の道に戻った頃には、すっかり日が落ちて真っ暗になっているだろう。そうなると、廃校舎で『おままごと』どころじゃない。
とりあえず帰ろうと、俺たちは来た道を戻っていつもの大通りへ向かう。
「どうしよう……今日こそ行かないといけなかったのに」
トボトボと歩きながら、麻生が不安そうな声で言った。
前回の『おままごと』から二週間。過去にこれ以上の間隔を空けた時は、必ず俺か麻生の家に花子さんが姿を現していた。
普段なら二週間近く経つと鏡に映ったり、トイレをノックしてくる程度だが、二週間以上経った場合は、階段の踊り場や廊下の奥に佇んで『あそぼう』と囁きかけてくる。
ただでさえ妨害をしてくるような状態。なるたけ早く、次に行く日を決めないと。
「麻生は、次いつなら行けそうだ?」
「うーん、最短だと金曜かな。でも、金曜って確かスギくんたち球技大会の日だよね?」
「あ、やべ忘れてた。そういやそうだ」
麻生の言葉にそんな予定があったのを思い出す。今年もクラス対抗でフットサルとバレーとバスケをするのだが、俺は一応バスケに参加する予定だ。
「なんで、違う学校の麻生が、こっちの学校行事を把握してるんだ?」
「えっ? あ、スギくんの学校のサイトとかで確認してるから……」
鷹村がなんともいえない顔で尋ねたが、麻生はニコッと笑って返す。
「麻生が覚えててくれるから、めっちゃ楽なんだよな」
俺がすぐ忘れてしまって『おままごと』の日程を決める時に困るので、いつの間にか麻生が調べて覚えててくれるようになったのだ。
頼りすぎはよくないと分かっているけど、この気楽さや至れり尽くせり感に慣れるとなかなか難しい。
「……そう、か」
しかし鷹村の表情は、なんともいえない微妙な顔のまま。なんでだ?
「球技大会あるから登下校もジャージだけど、まぁ問題ないだろ。時間も、打ち上げに参加しなきゃいいだろうし」
「そっか。遅くなっても十六時前には終わるだろうし、大丈夫そうだね」
「……だからなんで時間まで」
鷹村の言葉に、麻生はやっぱりニッコリ笑うだけだった。
「でも、いいの? 打ち上げ参加しなくて……」
「いや、どう考えても今日『おままごと』出来なかったことのほうがヤバいだろ」
「そ、そうだね……」
打ち上げに参加しなかったくらいで、そいつを除け者にするようなクラスではない。クラス仲は比較的いい方だしな。
話しながら大通りを歩いているうちに、いつもの農道の入り口まで戻ってきていた。
看板も工事車両もなくなっていたが、辺りはすっかり暗くなっていて、街灯のない雑木林のほうはすっかり暗闇に沈んでいた。廃校舎まで行けば非常用の懐中電灯を置いてあるが、そこに向かうまでの明かりが何もないので、このまま向かうには無謀すぎる。
「とりあえず、次は金曜だな」
「うん、わかった」
いつもなら麻生とはここで別れるのだが、麻生はバスで駅前まで戻り、携帯電話を取り換えてくるというので、今日は近くのバス停で別れることになった。
「また家に出るかもしれねーから、何かあったら連絡しろよ」
「うん、スギくんもね。あ、携帯直ったら連絡するね」
「おう、じゃあな!」
バス停で手を振る麻生に手を振り返し、俺は鷹村と一緒に帰路についた。



