放課後は、廃校舎で『家族ごっこ』をしています。

 ◇


 三度目の正直の水曜日。
 今日こそ校舎にたどり着いて『おままごと』をしないと、そろそろ危ない頃である。
 ようやく家にお化けが出なくなったのに、また出るようになったらせっかくの苦労が水の泡だ。そう思っていたいのに。

 麻生《ごめん、電車が止まってて。遅くなっちゃいそう》

 放課後になってすぐ、俺の決意を嘲笑うかのように、麻生からそんなメッセージが届いた。
「……今日もさっそく妨害されてんなぁ」
「そのようだな」
 俺は携帯電話を見つめながら、幸先の悪さを噛み締める。
 今日も念の為、自転車ではなく徒歩で登校したのだが、今度は麻生が妨害されているようだ。

  俺《まじか。とりあえず、先に行ってるな》
 麻生《わかった、ごめんね》

「よし、ひとまず先に行こうぜ」
 麻生に返信すると、俺は鷹村と一緒に学校を後にする。
「電車を止められると、こっちはどうしようもねーよなぁ」
「そうだな。ただまぁ、よくある妨害行為ではある」
「へー、そういうもんか」
 俺と鷹村はいつものように、大通りを山のほうへ向かって進む。
 何か追加で起きるんじゃないかと注意しながら歩いたが、そこまで大きな問題は起きることなく、農道へ入る曲がり角まできた。
 しかしそこで、俺の見立てが甘かったことを思い知る。

【水道管の修理をしています】

 白地に青色の文字で、そんなふうに書かれた看板が、農道のど真ん中に鎮座していたのだ。
「はぁ!? マジかよ!」
 道路の先の方を見ると、確かに工事中らしき業者の車が道のど真ん中で道を塞ぎ、作業をしているのが見える。
「普通に工事中のようだな」
「ぐあー! くそーっ!」
 俺はひとしきり頭をガシガシと両手で掻きむしった後、ひとまず麻生に現状を報告した。

  俺《今度は水道工事で農道が塞がってる!》
 麻生《え!? 本当に?》
 麻生 怯えるねこのスタンプ

「……どうする?」
「うーん、廃校舎のほうに行きたいって言っても、通して貰えなさそうだしなぁ」
 もう少し道幅のある場所なら、徒歩の人間を通してくれそうだが、それも少し難しそうである。それに目的地である雑木林のほうは、普通の人間は行ってはいけないと言われている場所なので、余計に難しい。
「んー、困ったな」
 夏が近づいてきて日が長くなったとはいえ、放課後という時間は短くて、あっという間だ。暗くなったらおままごとをする時間すらも厳しい。
 頭を抱えて唸っていると、看板をジッと眺めていた鷹村が口を開いた。
「……こっちのルートからなら、行けないか?」
 鷹村がそう言って指差したのは、看板に貼られた『迂回ルート』と書かれていた一枚の紙。
 塞いでいる農道の反対側に行きたい人のための地図だが、雑木林の先にある山、廃校舎のある辺りの向こう側の道も描かれている。
「あー、道自体はなくなってるはずだけど、たしかにこっち側は正門のあったほうだな」
 道自体は繋がっていないが、山の反対側のすぐ近くに農道が通っており、地図で見る限りはなだらかな丘のようになっていそうな感じだ。
「この辺はどうなってるんだ?」
「うーん、行ったことはないな。廃校舎からだと正門側は出入り口の柵も無いし、草がボーボーだから近寄ったことすらねぇや」
「そうか。でももしこの地図どおりなら、土手のようになっているのかもしれないな。高さによってはよじ登れそうな気もするが」
「ここで待っててもどうしようもないし、近くまで行ってみようぜ」
 俺はそう言うと、看板に貼り付けられた地図を写真に撮り、麻生にもメッセージで送る。

  俺〈画像送信〉
  俺《看板に付いてたこの地図の、正門があったほうに行ってみるわ》
 麻生《わかった! 僕も駅に着いたらそっち側にいくバスに乗るね》
  俺《よろしくな!》

「よし、いくか!」
「ああ」
 いつもなら曲がってしまう大通りをまっすぐ進み、大きくなだらかなカーブを超えた先にある交差点を左に曲がる。
「時間もないし、走るか?」
「え、無理だよ。お前みたいに体力ねーし」
「じゃあ、早歩きで」
「ま、まぁ、それなら」
 普段通ることはないが、なんとなく記憶にある道だ。比較的大きくて、バスやトラックなど車通りもなかなか多い。きちんと整備された歩道を、俺と鷹村は普段より大きめの歩幅で進んだ。
 その道をある程度進むと、再び農道にはいる横道が見えてくる。
「この道、か?」
「そうっぽいな」
 写真に撮った地図と見比べながら位置を確認してみると、少し遠いが確かに廃校舎のある小山の近くまで繋がっている感じだ。
 アスファルトは敷いていないが、軽自動車ならギリギリ二台並べそうな幅に道路が確保されている。ただあまり使われていないのか、土と小石を踏み固めただけの道は雑草がそこそこ元気に生えていた。
 周囲を観察しながら進むと、道路とは別にところどころ開けた場所が設けられていて、そこには背の高い草に囲まれるように、工事資材のようなものが放置されている。奥の方には、すっかり錆きった道路工事を知らせる看板らしきものも見えた。
 ――廃校舎を潰せないから、ずっと止まってるんだろうな。
 途中、別れ道になっている箇所があり、一つは大きな通りのほうへ向かい、もう一つは山の方に向かっていたのでそちらを進んだが、中途半端に行き止まりになっていた。
「もしかして、本当ならこっちの道が山のほうに繋がる予定だったとか?」
「そうだな、道路の向きから考えても、そのつもりだったようだ」
 少し背の高い草が生い茂った行き止まりの先は、だだっ広い空き地が広がっている。元々は田んぼだったようで、あぜ道の名残のようなものも見えた。
 このあぜ道だった場所を通っていけば、ちょうど山の近くまで行けそうだが。
「近くまで行ってみるか」
 同じことを考えたのか、鷹村が背負っていた細長い布の袋の端を握ると、それを使って草を掻き分け、あぜ道に向かっていく。
「え、それ仕事道具なんだろ? そんな風に使っていいのか?」
「ああ、中身はどうせ日本刀だからな」
「はぁ!?」
「言っただろう、仕事道具だって」
「そ、そうか……」
 竹刀とか、せめて木刀か何かだと思っていたのだが、まさか日本刀だったとは。
 ――そういえば『斬る』とかなんとか言ってたな。
 花子さんについて鷹村に話をした時、対処法としてそんな風に言っていたのを俺は思い出していた。
 高校生で祓い屋で、日本刀を使うだなんて、まるで漫画やアニメの世界じゃないか。
 ――物語だったら、こういう奴が主人公になるんだろうな。
 そんなことを考えながら、鷹村のつくった道を後ろからついていき、あぜ道に辿り着く。
 改めて空き地を見てみたが、道路にするために買い取られた土地なのに、今やすっかり雑草ばかりが生えまくったただの原っぱだ。
「近くまではいけそうだな」
「ああ」
 鷹村の先導で雑草まみれのあぜ道を進む。
 学校を出た時はまだ綺麗な青空だったのに、だいぶ白っぽくなってきていて、夕方が近づいている。
 焦りつつも、あっさり廃校舎のある山の近くまで来ることは出来た。
 しかしそこは、綺麗に削り取られたような、ほぼ垂直に近い崖になっていて、崩れるのを防ぐための網が張り巡らせてあり、そこの隙間から雑草が伸びている。
「……うわぁ」
「これはちょっと厳しいな」
「やっぱダメだったかぁ」
 俺は頭を掻きながら、撮影しておいた迂回ルートの地図を見返した。
 地図上では高さを示す線の間隔が広くなっていたので、傾斜があるのだろうと思ったのだが、実際はその部分が綺麗に無くなっている。
「実際の場所と比べると形もだいぶ違うようだし、少し古い地図だったようだな」
「あーなるほどな」
 この辺りは何度か工事に着手しては中断を繰り返しているので、その過程で変わってしまったようだ。
 この地図はそもそも、工事をしていた農道の迂回ルートを案内するためのものだったわけだし、廃校舎に行きたい人間のことなんて考えてはいないはず。
「仕方ない、元の道に戻るか」
「え。でも、戻っても工事中なら入れないだろ?」
「工事場所は農道だし、おそらく農業用水の水道管修理だろう。それなら比較的短時間で済むはずだ」
「あ、そうなの?」
 水道工事といえば、結構大規模なイメージがあったけど、その可能性は思いつかなかった。さすがは物語の主人公のような、スーパー高校生である。
「破損の程度にもよるがな。最悪、工事の人に事情を説明して通してもらうしかない。今日は何がなんでも行かないとやばいんだろ?」
「あ、ああ……」
 前回『おままごと』に行ってから二週間は経った。そろそろ行っておかないと、花子さんがまた家にやってくるかもしれない。
 ――それだけは、避けないと。
 せっかくあと少しで終わりそうなのに。
「そうだ。戻るなら麻生にも言っておかないと」

  俺《地図の場所、ダメだった》
  俺《いつもの農道の入り口に戻ってるから、そっちに来てくれ》

 メッセージを送るだけ送ると、再び鷹村の先導で雑草まみれのあぜ道を戻り、草を掻き分けて舗装されていない農道まで戻ってくる。
 戻ってくる間に携帯電話が鳴らなかった気がしたので改めて確認してみたのだが、麻生からの返信は来ていなかった。