放課後は、廃校舎で『家族ごっこ』をしています。

「そういや先週、水谷に会ったぞ」
 翌月曜日の昼休み、木下と野宮と鷹村の三人と一緒に昼飯を食べている時に、俺はふと思い出してそう言った。
「うわ、なつかし」
「おー、アイツ元気だった?」
 木下と野宮は予想通りの反応で、鷹村は不思議そうな顔を俺に向ける。
「誰だ?」
「ああ、中学ん時の同級生」
 俺は手短に、自転車のチェーンが切れたので修理屋に行ったこと、そしてそこで水谷に会ったことを話した。
「そうか、三人は中学が同じなんだな」
 俺と木下と野宮は、おんなじタイミングで鷹村にピースをして見せる。
 しかし話題にしたのは、懐かしい話をしたいからじゃない。
「それでさ。そん時麻生も一緒だったんだけど、なんか水谷がスゲー麻生のこと嫌がっててさ。なんかその、理由とか知ってる?」
 改めて俺が尋ねると、木下と野宮が驚いた顔を見合わせる。
「……え、お前知らないのか?」
「しらねーから麻生といられるんだろ、たぶん」
「え、俺だけ知らない系?」
 二人に妙に同情的な視線を向けられてしまって、俺は一人困惑した。
 すると野宮が、うーんと考えた顔をして、すぐに仕方がないかという感じで口を開く。
「……いやほら。中学ん時、俺らの学年で教室で暴れまくった奴がいたって事件、覚えてないか?」
 野宮によると、中学一年生の時にある生徒が、通学用カバンに祖母の形見のマスコットをつけていたところ、それをクラスメイトたちに「ダサい」だなんだと揶揄(からか)われた挙句、壊されてしまったということがあったらしい。
 そのことにキレた生徒は、教室内にあった机や椅子を振り回したり投げ飛ばしたりの大暴れ。その場にいたクラスメイトの何人かはケガをして、一人は入院するほどだったという。
 この大暴れした生徒というのが、麻生なんだそうだ。
 本来なら色々と問題になりそうなことだけど、麻生の持ち物を壊したクラスメイトたちの素行が元々悪かったことや、直前まで麻生自身に暴力を振るっていたのもあって、大きなお咎めなく示談で終わったらしい。
 その事件以降、麻生はクラス内だけでなく、学年のなかで浮きまくっていたそうだ。
「……あ、あった! あれ麻生だったのか」
「そ。だからオレらの学年の奴ら、ほとんど麻生のこと避けてたんだよ。また変に怒らせて、ブチ切れられたら何されるか分かんねーって」
「しかも、親が弁護士だから事件をもみ消してもらった、みたいな話もあって、下手に関わらないほうがいいぞーなんてのも言われてた」
 ――だからアイツもあぶれてたのか。
 俺はてっきり、優等生のくせに根暗でオドオドしてるからだと思っていたのだが、どうやら全然違う理由だったらしい。
「……そっか、それでか」
 水谷が怯えながら俺に「気を付けろ」と言った意味が、ようやく分かった気がする。
「杉崎は同じ中学だったのに、知らなかったのか?」
「うん、知らない……」
 ずっと黙って聞いていた鷹村に気まずそうに答えると、木下と野宮がケラケラと笑い出した。
「まー中学ん時は、スギも周りからちょい浮いてた感じだったしな」
「先輩にも女子にもズケズケ正論で物言うタイプでさ、コイツ」
「そのせいで、女子も男子も最初のうちは距離置いてたんだよなぁ」
「へぇー」
「ほっとけよ! 今はちゃんと気を付けてるだろ!」
「そういうとこ、そういうとこ」
 木下と野宮に恥ずかしい過去を掘り返されて、耳まで熱い。
 中学一年から二年の時は、正論言える俺かっこいい、誰も言えないことをズバッと言える俺スゴイって思ってたんだよ!
 でもさすがに二年の後半になってからは、それじゃ友達がまともに出来ないと気付いて、相手を思い遣った発言を心がけるようになり、中学を卒業する頃にはこうして仲良く話せる友人が出来た。
 ――正論や常識が通じない『お化け』に出会ったせいもあるかもだけどな。
 廃校舎のトイレのドアをノックしただけで、理不尽な習慣を科されるようになったのだから、価値観だって変わって当たり前だ。
 木下と野宮は、俺ですら忘れていた言動のいくつかを鷹村に吹き込んだ後、部活動の後輩に呼ばれて行ってしまった。
「……杉崎も、なかなかに面白いことしてたんだな」
「もう忘れてくれぇ……!」
 本当にもう、穴があったら入りたい気分って、まさに今だな。
「麻生の件も意外だったな。あの見た目のイメージからはあんまり想像ができないが。それを杉崎も知らなかったとは」
「んあー、事件があったのは覚えてたんだけどな。それが麻生だったのは本当に知らない。クラスも違ったし、アイツも自分のことそんなに話すタイプじゃないし」
 ただもし話すタイプだったとしても、こんな不名誉な話を自らするとは思えないけど。
 中学の時は、麻生の話題を出そうとするだけで周囲がよそよそしくなったので、ずっと聞けなかったというのも理由の一つだ。
「まぁでも、これで麻生が妙に怖がられてる理由が分かってスッキリしたわ」
 意外と知らなかった麻生のことを、少しだけど知れたというのは収穫である。
 俺が満足げに笑ってみせると、鷹村が少し躊躇いがちに尋ねてきた。
「……怖いとは、思わないのか?」
 ジッと見つめてくる鷹村に、俺はいつも通りの調子で答える。
「べつに。確かに人にケガさせたのは良くなかったけど、普通に他人の大事なものを壊す奴の方が悪くね?」
 仲が良いとか悪いとか関係なく、そもそもこの話は、先に手を出したほうが圧倒的に悪いじゃないか。
 時々こういうのあるけど、本当にくだらないなと思う。
 俺の言葉に、鷹村は少し拍子抜けしたような、意外そうな顔をした。
「……まぁ、たしかにそれはそう、だな」
「だろ? 理由もなく、他人に暴力振るうような奴じゃねーよ、アイツは」
 三年くらい一緒にいるけど、麻生はそういう奴だ。
 オドオドしてるけど、一生懸命ちゃんと、全部、考えてる。
 全部のことに、ちゃんと理由があるんだ。
「鷹村は麻生のこと怖いか?」
「いや、怖いとかはないが、なるほどな、とは思った感じだな」
 鷹村は鷹村で、なにか俺の考えとは全く別の、それこそ難しい部分で納得をしたらしい。
「なんかあんのか?」
「うーん、いや。もう少しハッキリしたら教えるよ」
 よく分からないが、鷹村は少し困ったように笑ってそう答えるだけだった。
「ふーん……」
 頭のいい奴はなにをどこまで考えてるのか分かんねーや。
 まぁいいか、と思いながら、俺は紙パックの牛乳をズズズッとストローで飲み干した。