駅前商店街の端の方に、自転車の販売や修理、レンタルをやってる店がある。自転車の購入も修理もいつもここだ。
修理受付の場所に自転車を持って行き、修理箇所の説明をしたら、順番待ちの番号札をもらう。
「受付終わった?」
「ああ、二十分くらいで終わるってさ」
店内の自転車パーツ類の前にいた麻生のところに戻って、『二〇八』と書かれた番号札をひらひらと見せた。
かかる時間が二十分ほどと中途半端なので、店内でなんとなく時間を潰す。
パーツ類のエリアから、自転車本体のエリアに移動すると、最新式の自転車がずらりと並んでいた。
麻生がとても興味深そうに、最新式の自転車をあれこれ見ている。もしかして欲しいんだろうか。
「麻生はチャリとか乗らねーの?」
「うーん、ちょっと欲しいなって思ってるんだけど、今のマンションだと駐輪場の手続きとか色々あるから、どうしようかなって」
「あー、マンションだとそういうのがあるのか」
「だから、買うとなったら親に相談しなきゃで……」
確か麻生は毎日家から駅までバスで移動していると言っていたし、自転車があったほうがきっと便利だろうに、考えなきゃいけないことが多いようだ。
我が家は戸建てで小さな庭があるので、そこに俺と弟たちの自転車も並べて置いてあるから、その辺までは考えたことがなかったな。
――住んでる環境が違うと、考えることも違うんだなぁ。
買うとしたらどれにするか、なんて話をしていたら、高校生数人が店内に入ってきた。ズボンの色が城誠高校とも森川高校とも違うので、違う学校の生徒のようだ。
何気なく眺めていたら、そのうちの一人がこちらを見て「あっ」と声を上げた。
「あ! スギじゃん!」
「おおー、水谷か? 久しぶりだな」
中学の時の同級生だ。クラスは違ったけど、昼休みや放課後によく遊んでいたうちの一人。高校は違う学校になったので、卒業してから会うのはずいぶん久しぶりだ。
「スギも元気そうだなぁ」
「そっちもな」
「駅前までくるの珍しいじゃん」
「いやー、チャリのチェーンが切れてさぁ」
話し始めたら、あっという間に昔に戻ったみたいになる。しばらく会ってなかったのが不思議なくらいだ。
水谷と他愛のない話をしていると、麻生が俺のシャツの裾をギュッと握っているのに気付く。
「ん? どうした?」
「あれ、そっち誰?」
俺が後ろを振り向くと、水谷が興味深そうに麻生の方を見た。
でも、麻生が俯いていた顔を上げた途端、水谷は分かりやすく嫌な顔をする。
「……げっ。麻生じゃん」
おいおい、げっ、てなんだよ。
内心呆れた俺をよそに、麻生は小さく頭を下げただけで、すぐに視線を逸らしてしまった。
え? 俺ら三人とも同じ中学の、同級生のはずだよな?
困惑していると、水谷は俺の腕を引っ張って麻生から引き離し、小声で耳打ちするみたいに言った。
「お前、まだアイツとつるんでんの?」
「え? ああ、まぁ……」
「いい加減やめたほうがいいって」
「なんでだよ。別に悪い奴じゃねーし」
「今はそうかもしんねーけどよ……」
何か言いたそうな顔で、水谷が俺の肩越しに、盗み見るみたいに麻生に視線を向ける。
嫌なものを見る顔というより、なんだか恐ろしいものを見た時のような表情をしていた。
「――まぁ、お前がいいならいいけど。マジで気を付けろよ」
妙な表情の理由は言わずにそれだけ言うと、「じゃあな」とそそくさと同じ学校の生徒たちの方へ戻って行き、そのまま店を出ていってしまった。
「……なんだアイツ」
「ごめんね、僕がいたせいだね」
「あー、別にいいよ。たまに遊んでたくらいの奴だし」
俺は鼻をフンッと鳴らしながら麻生のそばに戻る。
麻生がちょっと陰気そうに見えるからって、あんなに嫌な顔しなくてもいいのに。
仲のいい片方にだけ、もう片方の嫌な言葉を吹き込んでくるような奴、こっちから願い下げだ。
「僕、みんなに嫌われてたから」
「……いやまぁ、それはなんとなく察してたけどよ」
麻生が目を丸くしてから、ちょっとだけ悲しそうに笑う。これはあれだ。自虐とか自罰とか、そんな難しい言葉の顔だ。
「スギくんは、僕のこと嫌じゃないの?」
麻生が沈んだ顔のままで、また俺のシャツの裾をぎゅっと握った。
不安だったり、しんどそうな時、麻生はこうやって俺のシャツの裾を握ってくる。
「お前は嫌な奴と三年間も一緒に『おままごと』すんのかよ」
俺は握られたシャツをそのままに、腕を組んでそう言った。
「アイツに何かしたのか?」
「……ううん、してない」
「じゃあ堂々としてればいいだろ」
気持ちが落ち着かない時、麻生は俺のシャツの裾を握ってると大丈夫らしい。小さい子どもがお気に入りの毛布を手放せないみたいな、あんな感じに近いそうだ。
俺としては、それで気持ちが落ち着くなら別にいいし、弟たちが小さかった時もこういうのがあったから、慣れてるし。
だから時々麻生が、俺より大きくて同級生なのに、弟みたいに見える時があるんだよな。
俺はヨシヨシと麻生の、癖のある長めの髪を掻き回すみたいに頭を撫でる。
「お前もいい加減、俺以外の友達増やせよ?」
「……僕はスギくんがいればいいもん」
麻生がそう言ってキュッと唇を噛んだ。
――俺、弟三人もいたっけな。
生意気な中学生と、うるさい小学生の弟が一人ずつだったはずなのに。
今でこれじゃあ『おままごと』をしなくてよくなった後が心配だ。
内心ため息をついていると、店内にピンポンパンポーン♪とお知らせのチャイムが鳴り響く。
〈お待たせしました。二〇八番の方、修理が完了しました〉
アナウンスと一緒に、店内モニターに修理完了の番号が表示された。
「あ、終わったみたいだな」
完了前の呼び出しもなかったところを見ると、どうやら我が愛車は無事に修理出来たようだ。
「ほら、なんかアイスでも食いながら帰ろうぜ」
「……うん」
シャツの裾を掴んだままの麻生と一緒に、俺は修理カウンターへと向かう。
きっと、麻生は麻生で、俺の知らない何かがあったんだ。何せ、中学の時は一度も同じクラスにならなかったのだから仕方ない。
麻生の様子を見るに、なんだか話したくなさそうだし、無理に聞きたいとも思わない。けど。
――俺、麻生のこと、案外知らないかも。
そう気付いてしまって、少し、寂しくなった。



