◇
約束の金曜日になった。
梅雨はまだ明けてないはずだか、今日は朝から天気がいい。ちょっと暑いけど。
鷹村とは花子さんの件もあって、学校でよく話すようになり、今では木下や野宮と一緒に昼食を取ったりするような仲だ。
木下たちが誰かに呼ばれていなくなり、二人きりになったタイミングで、鷹村がそういえば、と切り出す。
「廃校舎近くの雑木林の倒木、一昨日くらいに無事に撤去されたそうだよ」
「お、マジで。じゃあ今日こそは案内できそうだな」
俺は飲んでいた紙パックの牛乳を机に置くと、すぐに携帯電話を取り出して麻生にメッセージを送る。
俺《倒木、撤去されたってさ》
麻生《本当? よかった!》
向こうも昼休みらしく、相変わらず麻生は即レスで返してくれる。鈍臭そうに見えるけど、案外瞬発力はいいのかもしれない。
携帯電話をいじっていたら、鷹村がジッとこっちを見ていることに気付いた。
「ん? なに?」
「杉崎は、麻生と昔から仲がいいのか?」
「いんや?『おままごと』の件で話すようになって、今に至る感じだな」
「……そうか」
鷹村は妙に深刻そうな顔をしている。麻生がどうかしたんだろうか?
「なんだ? 麻生が気になる感じ?」
「そうだな……。あそこまで距離を取られたことがなかなか無いから、どういう奴なのかと思ってな」
「どうって言われてもなー」
改めて聞かれると、なんと答えたらいいものか。
「んー、頭が良くて優等生で、俺以外の人と話すのは苦手そうだな。でも結構気が利くし、悪い奴じゃねぇよ」
一緒に行動をするようになって、話をしてみて、つくづく麻生はいい奴だなと思う。
いつも何かに怯えている雰囲気のせいなのか、麻生と関わろうとする奴がいないのだけが謎だけど。
「まぁ、ビビりだからな。悪いことをしないっていうか、出来ないタイプだな、ありゃ」
「なるほどな。気が弱いのに定期的にお化けと交流してるというのは、確かになかなか根性があるな」
「だろー?」
鷹村みたいに外見で判断をしなさそうなタイプから見ても、麻生はやっぱり悪い奴じゃない。きっとあの見た目の雰囲気のせいだ。
早く『おままごと』を終わらせて、髪を切らせて、麻生にも新しい友達を作ってやらなきゃ。
授業が終わり、ようやく放課後になった。今日こそ鷹村を廃校舎に連れて行くぞ。
「よし、鷹村。今日こそ行こうぜ!」
「……行けるといいけどな」
昼休みはあんなに乗り気だったのに、鷹村は何か引っかかっているような、なんだか微妙な顔をしている。
「どうかしたか?」
「うーん、ちょっとね」
そう言いながら鷹村は、教室から駐輪場へ移動している間、携帯電話を難しい顔で睨んでいた。
――なんか『仕事』のことであったのかな。
よく分からないが、もしかしたらまた花子さんによる妨害があるのでは、と気にしているのかもしれない。
昇降口を出て、体育館横の駐輪場に向かっていると、麻生からメッセージが届いた。
麻生《今日は正門のところで待ってるね》
何気に正門の方に視線を向けると、確かに麻生らしい、違う制服を着た人物が立っているのが見える。
「お。今日はこっちまで来たっぽいな」
「だれが?」
「麻生だよ。今日は向こうの授業、早く終わる日だったのかな?」
いつも麻生は、駅からバスで廃校舎近くのバス停まで移動しているそうだが、俺より早く授業が終わる日は、こうして正門で待っててくれることが多い。
俺《チャリ取ってくるから、ちょっと待ってて》
麻生《わかった》
俺はささっと返信し、相変わらず即レスな返信を見てから、駐輪場にある自転車の鍵を開ける。
そうしていつも通りに自転車を出したところで、俺は妙な違和感を覚えた。
なんだか変な音がする。
「……ん?」
「どうかしたか?」
「いや、変な音が……」
気になってすぐスタンドを立ててから、改めて自転車のタイヤ周りを確認した。そしてすぐに違和感の正体に気付く。
「ああ!」
自転車のチェーンが切れていて、その切れた端がタイヤのスポークに当たっていたのだ。
「……チェーン、切れてるな」
「うっそだろぉ!? え、なんで??」
俺は地面に手をついて、まじまじとチェーンに顔を近づける。
どこからどう見ても、疑いようもなく、綺麗に切れていた。
「今朝登校する時は、なんともなかったのか?」
「当たり前だろ! 切れてたら自転車で来てねーよ」
「つまり、駐めてる間に切れたのか」
「そうなんじゃねーの?」
確認するように改めて言う鷹村に、俺は不貞腐れた声で答える。
今朝は普通に使ってたし、鍵だってちゃんと掛けてた。
毎日使うからこそ、定期的にチェックはしているつもりだったが、こんなに突然切れるなんて。気付いていないだけで、密かに老朽化してたんだろうか?
俺は深いため息を吐いた。嘆いていても仕方がない。
「とりあえず、正門いこうぜ。麻生待ってるし」
「……そうだな」
俺は悲しみに暮れながら、自転車をカラカラと押して麻生の待つ正門へ向かう。
「あそーうー」
「あ、スギくん、鷹村くん。……どうしたの?」
本を読んでいた顔を上げた麻生が、すぐに俺の異変に気付いて不思議な顔をする。
「……チェーンが、切れた」
「えぇ!」
驚いた麻生がそう言ってしゃがみ込み、自転車のチェーンを確認してくれた。
「……本当だ。バッツリ切れてるね」
「せっかく待っててくれたのに、すまん。修理屋行かねーと」
「ううん、僕なら大丈夫。駅前のでしょ? 一緒に行くよ」
結構待たせてたはずなのに、麻生はいい奴だな。
俺が麻生の優しさにじんわりしていると、その様子を黙ってじっと見ていた鷹村が、ああそうだ、と何か閃いたような顔をした。
「なぁ、もしかして麻生なら、こういうのも直せるんじゃないのか?」
「えっ?」
さすがの麻生も驚いて目を丸くしている。
「いや、なに言ってんだよ、鷹村」
「だって麻生って頭いいんだろ? 偏差値の高い城誠高校だっけ? そこの学生だし、自転車の仕組みくらい分かるんじゃないか? それならこういうのを直すのも、得意なんじゃないかなーって思ってさ」
偏差値の高さと、自転車の仕組みは結び付かなくないか? と思ったんだが、麻生は戸惑いつつも頷いた。
「……まぁ、仕組みは分かるし、直し方も確かに分かるけど」
「え、マジで!?」
「う、うん。でも直し方が分かっても道具がないし、それに切れた部分の替えのパーツが無いと無理だよ。さすがにそこまでは持ってないから」
頭がいいやつって何でもできるんだな、と感心したが、確かに道具もパーツもなければ、出来ないことと変わらない。
「あ、それもそうか」
「……本当に、持ってないのか?」
鷹村が妙に念入りに、確認するみたいに麻生に聞く。いやいや、さすがにちょっとしつこくないか?
「おいおい、麻生がそんなの持ってるわけないだろう?」
さすがにちょっと理不尽すぎる気がしたので、俺が間に入ってみたが、鷹村はジッと見つめる視線を麻生から外さない。
「も、持ってないよ……」
「……そうか」
困惑した顔で麻生が答えると、ようやく鷹村が視線を逸らした。
普通の高校生がそんなもん持ってるわけがないのに。何を言ってんだコイツ。
「今から修理屋に行って修理して……だと戻ってきても遅い時間だな。今日も『山』に行くのは無理そうだな」
鷹村が携帯電話の時間を確認しながらため息をついた。まったくもってその通りである。
学校に自転車を放置して『山』に行ってもいいけど、時間があったのに修理に行かなかったと親にバレたら、それはそれで怒られるので、修理に行かないという選択肢はない。
「悪いな、鷹村。都合つけてくれたのによ」
「いや、これもおそらく妨害の一つだろうからな」
「こんなこともしてくるのか……」
雑木林の木を倒して道を塞ぐぐらいだし、俺の自転車のチェーンを切るくらい、造作もないのかもしれない。
そんなことが出来る奴と三年間も一緒に遊んでいたのかと思うと、なんだか今更怖くなってきた。
「遅くなっちゃうし、とりあえず、修理屋さんいこうか」
「そ、そうだな」
俺たちはひとまず正門前から離れ、三人で修理屋のある駅前へと向かう。
それにしても、鷹村を廃校舎に連れて行きたいだけだってのに、こうも嫌がらせをされるとは想定外だ。
「麻生は俺みたいに、なんか変な目に遭ったりしてないか? 大丈夫か?」
やはり心配なのは麻生だ。
自分と同じように花子さんに気に入られているのだから、言わないだけでここに来るまでの間に何かしら妨害を受けているかもしれない。
そう思って聞いてみたのだが、
「あーうん。僕は今のところ、特にない、かな」
「えっ、じゃあ鷹村は?」
「オレもないね」
「くそっ、俺だけかよ!」
俺だけだった。なんでだ。
ガックリ肩を落とした俺を、麻生が慰めるように言う。
「いや、ほら! きっと鷹村くんを廃校舎に来させないために、一番効率が良かったり、可能性が高い方法を取ってるだけだよ!」
「あー、なるほどな。最初っから木を切り倒したくらいだもんな」
おそらく、麻生の言う通りなんだろう。花子さんは俺と麻生に執着しているわけだし、俺たち二人のどちらかが来られない状況になればいいと考えてるようだ。
麻生に慰められていると、鷹村が不思議そうな顔をして聞いてくる。
「……なぁ。これまでにオレ以外にも、いろんな霊能者に会ったんだろ? 廃校舎に誰かを連れて行こうとして、こういう妨害に遭ったことはないのか?」
鷹村の言葉に、俺と麻生は顔を見合わせた。
「今まで誰も、あの場所に行こうとしなかったから……」
「この辺りの人間は、あの廃校舎っていうか『山』自体怖がってるからな」
便宜上『山』と呼んではいるが、見た目はほぼ小さな丘のようなあの場所は、もともと曰くのあった山だったらしい。だから廃校舎になってしまった小学校を作る時も、結構な反対があったそうだが、他に場所がなくて仕方なく使われたとかなんとか。
そうして廃校舎になった後も、解体工事ができない上に、俺たちに色々起きたことが噂になって知られてしまい、余計に地域の人間は誰も近寄らなくなった。
「じゃあ、騙そうとしてきたっていう詐欺師も、そこに行ったことはない、と?」
「ああ。あいつらは話を聞くだけ聞いて、ご先祖様に祈りましょうとか、この数珠を買えばもう大丈夫ですとか、金のかかる話しかしなかったぞ」
「廃校舎に行きたいって言う人自体、ほぼいなかったね」
「……なるほどな」
俺と麻生の話を聞いて、鷹村はまた難しい顔をして黙り込む。
そう。これまで誰も、俺たち以外に廃校舎に行きたがる奴はいなかった。
もしかしたら、鷹村を廃校舎に連れていけないのは、花子さんが知らない人が来るのが嫌で恥ずかしがっているか、鷹村が『本物』の霊能者だから、のどちらかの可能性がある。
ちょうど駅前まで来た辺りで、鷹村の携帯電話が鳴った。すぐにメッセージを確認した鷹村は、返事を打ちながら聞いてくる。
「……とりあえず、今日はもう無理そうなわけだが、次行けるとしたらいつになる?」
「次は、来週の水曜、かな」
「一応その日にいつもの『おままごと』をするつもりだし、何が何でも行けないと困るけどよ」
次の予定が合う日は、月に二回の『おままごと』の日。
さすがに『おままごと』をしに行く日まで妨害されないとは思うが、どうなるかは分からない。
「……そうか、わかった」
鷹村はそう答えながら携帯電話をしまうと、ピタリと足を止めた。
「ちょっと予定が入ったから、オレはもう行くわ。また来週な」
「おお、じゃーなー」
「またね」
俺たちの挨拶に手を挙げてこたえながら、鷹村はその足を駅の改札の方へ向けて去っていく。予定とやらのために電車移動するようだ。
「……予定って、なんだろうね」
麻生が珍しく、鷹村が向かった駅の改札のほうを見つめて呟く。
ようやく俺以外の人間にも興味を持ったのだろうか。いい傾向だ。
「さぁな。なんかプロの『祓い屋』らしいし、緊急の仕事とかじゃね?」
「そっか、そうだね」
「とりあえず、修理屋いこうぜ」
「うん」
俺は麻生と一緒に、駅前の通りを抜けて修理屋のある商店街へと向かった。



