「この間はちゃんとお礼も言わずに、すみませんでした」
月曜日。シェア弁当ランチは中止されることなく、この日も遂行された。
でも場所は生徒会室じゃなく、久々の東屋だ。会長の提案を、俺もOKした。
人に聞かれたくない話をするなら、こっちのほうがいい。
看病のお礼をまともに言っていないと昨日気づいた俺は、出会い頭に頭を下げた。
「来てくれて、看病してくれて、ありがとうございました」
「……泉のそういうところ、やっぱり大好きだよ」
上から嬉しそうな声が降ってくる。
俺はどんな顔をしていいかわからなくて、口がむずむずするのを感じながら頭を上げた。
「この程度の礼儀は普通って、前にも言ったでしょ」
(まぁ、礼儀に反する振る舞いも山ほどしてるけど)
「だからそういう、礼儀とか、言葉にするっていうのを大事にできるところが好きなんだよ」
「っ……」
ふわりとほほ笑まれて、俺はたまらず横を向く。
「……なんだよ、その急なアピール」
会うなり『好き』の連続攻撃だ。しかも意図的に言っている気がする。
「そういうこと言わないって約束でしたよね?」
皮肉っぽく尋ねたけれど、会長は真顔で切り返した。
「今日だけは許してほしい。誤解されたままなのは嫌だから」
「……誤解?」
(もしかして俺がこの間、あんなこと言ったから?)
「泉を好きになったのは同情からじゃない。土曜はおまえに無理をさせたくなかったから引き下がったが、これだけはきちんと伝えておきたい」
推測は当たっていたようで、これはあの時の話の続きなんだと察する。
「たしかに俺は、まだおまえのことをたいして知らないかもしれない。それでも、この気持ちは本物だ。気の迷いでも同情でもない。ただ、じゃあなんなんだと言われると、うまく言葉にできないんだが……」
「できないのかよ」
なんだそれ。思わずツッコんでしまった。
会長は困ったように眉を寄せて身を乗り出した。
「恋をしているんだとしか言いようがない。好きで、守ってやりたい。大事にしたい。いつの季節も独りだと呟いているおまえを見た時、俺が傍にいてやりたいと心から思った。でもそれは哀れみからじゃなくて、愛おしいからだ。この手で幸せにしたい相手だからだ」
どんどん言葉に熱が帯びていき、強引に手を取ってぎゅっと握り込まれる。
「うわ、ちょっ……」
「そもそも、あの時より前から好きだった。泉は俺の……初恋なんだ」
(……え)
「は……初恋?」
凛々しい顔から、えらく可愛いワードが飛び出した。
「そうだ。正直に言えば、最初は外見からだった。おまえがあまりに可愛くて、しばらく見惚れたよ。一目惚れ、といってもいいのかもしれない」
どこかうっとりした表情で、遠い日を思い出すように虚空へ目線を投げる会長。
でもすぐに頬を引き締めると、再び正面から俺を見た。
「でも、顔だけじゃない。話すようになって、どういうやつなのかを知って、それでもっと好きになったんだ」
「……どういうやつなんですか、俺は」
この人は俺の偽りに気づいてた。だけど同情してたんじゃないというなら、この人の目には俺はどんなふうに映っていたんだろう。
「素直じゃなくて強がりだけど、根はまっすぐで純粋。勉強も生徒会の活動も、大変だろうけど頑張ってる。簡単にできることじゃない、芯があるってことだ。すごく努力家だよな」
「…………」
自分で聞いておきながら、どう反応していいかわからなかった。
実際、努力はしている。成績を下げないための努力。今のようにテスト期間と行事が重なったりして、生徒会との両立が大変な時も多い。
その努力を見抜かれていたのが恥ずかしいのに、褒めてもらえたのは嬉しい。今までこの努力をねぎらってくれる人なんて、一人もいなかった。
「純粋ではないと思いますけどね」
ぼそっと呟くようにそれだけ言うと、会長はふっと苦笑した。
「純粋だよ。俺はそう思ってるし、そういうおまえを好きになった。出会った頃より、今のほうがずっと、おまえのことが好きだ」
「……さっむ」
両腕をぐいっと引いて会長の手から逃れ、顔を背けた。
そろそろ耐えがたい。鼓動が妙に速くて、油断すると顔まで熱くなってきそうになる。
「よくそんな恥ずかしいセリフ羅列できますね。プライム帯の恋愛ドラマでも、そんなベタなこと言わないんじゃないの」
「俺は全然恥ずかしくない」
「こっちが恥ずかしいんだよ!」
(胸を張って言うな! ダメだこの人、愛情垂れ流しモードになるとやっぱ変だ!)
落ち着いたのかと思っていたけど、本当に約束したから封印していただけらしい。
「泉。俺はおまえのことをもっと知りたい。表向きの『いい子』じゃない、本当のおまえを。だからこれからも、俺にはなんでもぶつけてくれ」
「……まぁ、もう会長に『いい子』を演じる意味はないですね」
仮面は、土曜日にパッキリと割れてしまっている。
ふてくされた俺の返答を聞いて、会長は口元を緩めた。
「なんで笑ってんですか」
「素で話してくれるのが嬉しいから」
「後輩にこの態度取られて嬉しいって、もしかして会長マゾです?」
「おまえなら嬉しい。俺には遠慮なんかしなくていいからな」
言って、本当に幸せそうな顔で笑う。
その顔を見ていたら、なんかもう毒気が抜かれてしまった。
「ほんとおかしな人ですね、会長って。素の俺をもっと知ったら、冷めていくかもですよ」
「それはない。もっと好きになることはあっても」
「どこからその根拠……」
「おまえの存在そのものが愛おしいからな」
「…………もういいです」
(ツッコむだけ無駄だな、これ……)
「時間なくなる、食べましょ」
まだ蓋が閉まったままの弁当箱に手を伸ばす。開けると、今日もおかずが彩りよく詰められていた。
「あ、今日は和風」
「ああ、病み上がりにはあっさりめのほうがいいかと思ってな。メインは大葉入り鶏つくねの和風あん。肉じゃがも少し塩分を控えてある」
(……作るだけでも手間なのに、そんなことまで気を遣ってくれたのか)
「ありがとうございます、いただきます」
解説通り、その日のメニューは全体的に優しい味付けのほっこり弁当だった。
食後にはあまり時間が残らなかったので、片付けを終えてすぐに立ち上がろうとすると、
「明日からも作ってきていいよな?」
わずかに不安そうな色を含んだ声で会長が尋ねてくる。
「……俺はおいしいご飯が食べられて助かってますから、会長が続けたいなら」
「もちろん続けたい」
「……続けても、俺が会長のこと好きになる日は来ないと思うけど、それでも?」
「かまわないよ。おまえがそう思ってても」
「…………」
(自分はそうは思ってない、って言いたいのかな)
山ほど愛の言葉を聞いても、やっぱり会長がどうしてそんなに俺のことを好きで、こうも一途にぶつかってくるのかはわからない。
『純粋』なんて言葉は俺にはそぐわなくて、会長の中の泉湊音はだいぶ美化されているようにも思う。
気持ちには多分この先も応えられない。だけど──
「……明日も、和風がいいです」
『誠北館の黒獅子』じゃない黒瀬獅央を、俺ももう少し知ってみたい。
いつの間にかそんな感情が自分の中にあるのを、その時初めて自覚した。


