「俺の分はお金出すんで、二人分作ってきてください」
会長とのランチ継続が決まって、俺はそう要望した。
毎回俺の持ってきたパンと交換していたんじゃ、会長の食事が不健康になるからだ。
「別に金なんか──」
「受け取らないならやめます」
「わ、わかった」
と、要望は受け入れられ、翌日からは二人分の弁当をシェアする形に。
そしてしばらくすると、場所も東屋から変更になった。
5月が近づき、生徒総会の準備のため、のんびりランチしている暇がなくなってきたのだ。
「すみません、遅れました」
生徒会室に駆け込むと、会長は席に座って待っていた。
「お疲れさま。バスケ部、どうだった?」
ランチバッグを開きながら会長が尋ねてくる。
俺は隣の椅子を引きつつ、ついため息をこぼした。
「明日まで待ってほしいって。ったく、申請書の期限もう3日も過ぎてんのに」
「そうか。あそこの部長はルーズだからな……いいやつなんだが。俺からも声をかけておくよ」
「お願いします。予算案、さっさとまとめちゃいたいんで」
「決算報告のほうは平沢主導だったな。問題なさそうか?」
「そっちは大丈夫だと思います。平沢先輩、慣れてるし」
(ほんと、会計経験者の平沢先輩が相棒じゃなかったらもっと死んでたわ、これ……)
総会前の会計は忙しい。わかっていたつもりだったけど、予想以上だった。
各部活、委員会、学校との連携。数字の精査。書類の作成。会計二人に丸投げされているわけじゃないけど、とにかくやることが多い。
「とりあえず、食べてエネルギー補給しろ。今日は中華風弁当だ」
会長が、ふたつ並べた弁当箱の蓋を開ける。
(うわ、今日のもうまそー)
中身は両方ともおかずで、別にラップでくるんだおにぎりが2個ずつ。シェアするようになってからはこれが定番だ。
「酢豚、エビマヨ……牛肉と……これ、なんですか?」
「牛肉と空心菜のオイスター炒めだ。こっちが棒棒鶏サラダに、中華風無限ピーマン、トマトのナムル」
指さして説明してから、俺に箸を手渡す。
「さぁ、時間もあまりない。どんどん食べろ」
「はい、いただきます」
蓋を取り皿に、さっそく食事を始めた。
慌ただしくなってきた日々の中、会長のご飯が俺のエネルギーと癒しになっているのは間違いない。
白状すると、バスケ部の部長と話をしながらも、今日のメニューは何だろうなんて考えていた。
(約束通り、あれ以来会長も変なこと言ったりしなくなったし。すっかり慣れちゃったよな、俺)
会長がこれまで通りの会長でいてくれさえすれば、本当にいい先輩なのだ。まぁ、奥底に俺への恋心が潜んでいることは知ってしまったわけだけど……。
(どうせ顔を気に入られただけなんだし。多分、そのうち諦めてくれるだろ)
そう考え、今はあまり気にしないようにしていた。会長に頼まれてしていることなんだから俺が気を遣う必要はないはずだし、弁当はおいしいし。
「報告書の原稿は泉が書くんだよな?」
「あ、はい。そこは勉強だからって、平沢先輩に一任されました」
「できたら見てやるよ。いつでも持ってこい」
「ありがとうございます」
(ほんと……こうしてれば、マジで頼れるいい先輩……)
エビマヨを頬張りながらそんなことを考えていると、足音が近づいてきた。
『誰か来る?』と思った時には、もうドアが開いている。
「っと。会長と……泉?」
廊下に立っていたのは副会長の野々隈だった。
(まずい、口軽そうなこいつにこんなところ見られたら……!)
「え、何してんすか。それ、シェア弁当? ええっ?」
「ちが、あの、これは……!」
「泉が持ってきてくれたんだよ。予算案のことで相談されて、時間を作るお礼にって。な、泉?」
うろたえる俺をさえぎって、会長がにこやかに説明する。
「あ……は、はい」
「そうなんだ。あれ、でも泉のお母さんって朝忙しいんじゃなかった?」
「有休消化でたまたま休みだったそうだ」
「へー。つか、やっぱ会計大変なんだなぁ。お疲れ、泉」
「う、うん……」
まったく疑っていないようで、野々隈は俺に労いの目を向ける。
まぁ、俺が逆の立場でも信じただろう。それくらい自然な嘘っぷりだった。
(会長……親睦会の時といい、息するように嘘をつける人種だったんだな)
聖人君子のような顔をしておいて、侮れない男だ……。助かったけど。
と、そこでふと気づく。
「野々隈は何しに来たの?」
「え。あ……いや……」
疑問を投げかけると、野々隈は戸口に立ったまま言葉を濁した。視線が宙をさ迷う。
「……? どうしたんだよ。招集でもないのに、何か用事が──」
「生徒総会の、過去の原稿を見に来たんだろ?」
(え?)
隣から野々隈へ投げかけられた声に、俺は横を向いた。会長は重ねて野々隈へ問う。
「閉会の辞の参考にしたくて。だろ?」
(閉会の辞? そういえば、今回は野々隈が任されてたっけ。でも、こいつ──)
俺は数日前の会議で交わされた会話を思い起こす。
『閉会の辞は野々隈くんに担当してもらおうかしら。会を締める総括と挨拶で3分くらい。お願いできる、野々隈くん?』
『え、俺? 三咲先輩じゃなくて?』
『私は新歓で挨拶したし。同じ副会長として、そろそろ野々隈くんにお願いしたいわ』
『わぁ! 野々隈くん、副会長として今までで一番の大仕事じゃない?』
『……わかりました、やります! 任せてください!』
『悩んだ時はフォローするから言ってね』
『大丈夫です。いいスピーチでばっちり締めてやりますから、期待しててくださいよ!』
(──なんて、自信満々の感じで言ってたよな。過去の原稿って……)
「そうです。えー、なんでわかったんですか」
いぶかる俺をよそに、野々隈はバツが悪そうに頭を掻きながら室内へ入ってきた。
(え? 当たり?)
「初めてなんだ、悩むのは当然だよ」
会長はまるでわかっていたように立ち上がり、壁際の書類ラックへ歩み寄る。ためらいなくいくつかのファイルを選び取ると、野々隈に渡した。
「過去3年分ある。でもな、真似する必要はないし、同じようにいいことを言わなきゃなんて考える必要もないぞ」
「え……でも……」
「おまえの言葉でいいんだ。おまえがこの学校の生徒として思っていること、感じたこと。これからこの学校に、仲間に望むこと。それをそのまま、飾らずに伝えればいい」
「……!」
野々隈がまじまじと会長の顔に見入る。その視線を受け止めて、会長は優しくほほ笑んだ。
「おまえが誠北館を大好きなこと、ちゃんとわかってる。そのおまえになら安心して任せられると、三咲も俺も判断したんだ。自信を持て」
「会長……!」
「まぁ、それでも不安な時は見てやるから、いつでも持ってこい」
俺にかけたのと同じ言葉を告げ、会長はぽんと野々隈の肩をたたいた。
「はいっ、ありがとうございます!」
野々隈は頬を紅潮させ、渡されたファイルを胸に抱える。そして、勢いよく部屋を出ていった。
会長は満足そうに見送り、ラックの戸を閉めてから席へ戻ってくる。
「……わかってたんですか、野々隈が閉会の辞に悩んでたこと」
尋ねると、会長は静かに「ああ」と答えた。
「あいつは明るくて元気で、ちょっとお調子者で。その分、弱音を吐くのが苦手なところがある。同じ副会長の三咲は先輩だし、真面目で優秀で、引け目を感じることもあるんだろう」
(たしかに三咲先輩は性格硬めの秀才キャラで、野々隈とのタイプは正反対だけど……)
「……俺、あいつがそれを気にしてるなんてまったく思ってませんでした」
あいつは根っからの陽キャで、場の空気も読まなくて。三咲先輩と自分を比較するような言葉だって、1回も聞いた記憶はない。
「まあ、本人が出さないようにしてるからな。マイナス部分を表にさらけ出すことに抵抗を持つタイプなんだろう。だから悩んでても不安でも、周りには隠して、いつも強気に振る舞ってる。ちょっと泉とも似てるよな」
「え……」
「でもあいつは陰でちゃんと努力してるし、いろいろ考えてる。閉会の辞も、いいものができるだろう」
立ち去り際の野々隈の表情を思い出す。もう心配はいらないと、俺にも思えた。
(なんか、悔しいけど……)
「会長って……やっぱ、いい会長ですよね」
「どうした、いきなり」
会長が驚き混じりに笑う。
自分でも、妙にしみじみとこんなことを言っていてなんだかおかしいけど。でも、言いたかった。
「やっぱ、『誠北館の黒獅子』はすごいなって。学校のことだけじゃなく、生徒会のメンバーのこともちゃんと見てて、考えてて。こんないい生徒会長、他にいないと思います」
いきなり俺に求婚してきた変な人だ。すごいだけじゃないとも知ってるけど……やっぱり、すごい。こんなリーダーのいる俺たち生徒は、幸せ者だと思う。
「はは、ありがとう」
からりとした声で言い、会長は正面を見て続けた。
「いい生徒会長でいたいとは思ってるよ。昔から人に頼られたり、人の役に立てると嬉しかった。これも性分なんだろうな。だから今も、生徒たちに信頼してもらえる、頼れる生徒会長でありたいと思ってる」
そこで息をつくと、おにぎりを一口かじる。
もぐもぐ、ごくん、の後でこちらを向いた顔は、ちょっとだけ困ったような笑みを浮かべていた。
「ただ、時々、息抜きしたいと思う時もある」
「え……?」
(息抜きって……)
ふと、以前見たこの人の表情が、今のそれと重なった。
あれは2回目の東屋ランチで、趣味の話になった時だ。
俺が、料理が趣味とは意外だってことを話して、そしたらこの人は、
『武道や運動も好きだよ。でも料理も好きだ。生徒会長の黒瀬獅央だけが、俺の全部じゃない』
そう、どこか寂しげに答えた。
あの時と、よく似た面差しをしている。
「頼りになる生徒会長でいたいし、家でも、家族の期待に応えられる息子でいたいと思ってる。俺の家、父親が会社を経営しててな。兄も役員に就任してて、俺もいずれは経営陣に……仕方なくじゃなく、俺自身、そうしたいと思ってるんだ。父や兄を助けて、父が人生をかけてきたあの会社をもっと大きくしたいって」
「……そうなんですか」
(へぇ。ただ優秀なだけじゃなくて、生粋のエリート一家の坊ちゃんだったんだ)
なら今の生徒会活動も、その目標に向けた準備と勉強ってところか。
「期待してくれる人がいて、自分が望むことをできている。すごく恵まれてて、幸せなことだと思う。でもたまに、少しだけ気疲れする」
「……それ、気を張ってるからってことですか?」
「ああ、そうなんだと思う」
会長は苦笑いでうなずいた。
「けして無理してるわけじゃないし、自分を偽ってるとまでは思ってないんだが。やはり周りや、先行するイメージに合わせているところはあるから」
視線を落とし、テーブルの上の弁当箱を指さす。
「前も言ったが、こんな一面は『誠北館の黒獅子』には似合わない。俺もそう思うから、伏せてるんだ」
「…………」
(……そっか。なんか案外、一緒なんだな、この人も)
全部を見せてるわけじゃなくて、見せてない顔もある。それはもうわかってたけど。
そのギャップに縛られたり、それでちょっと苦しくなったりするのも、同じだったんだ。
野々隈も、会長も、俺も。
「…今は息抜きできてるでしょ。こうやって会長の趣味知ってて、喜んで食べてくれるやつがいるんだから」
俺は酢豚の豚肉をえいっと口に放り込んだ。
「泉……」
「うまいです。甘さ控えめで、相変わらず絶妙に俺好みの味」
「……はは、そうだろ」
会長は嬉しそうに目尻を下げて笑う。真顔だと冷たくも見える顔立ちが、別人みたいに柔らかくなる。
普段は隠してる顔を、ここでなら、この人は見せられてるはずだ。
「あ、デザートに甘さ控えめのゴマ団子もあるからな」
「えっ、ゴマ団子って自作できるんですか、すご」
「そりゃできるさ。自信作だ」
「マジですか。うわ、急がなきゃ」
残り時間も少なくなってきて、そこからは二人とも食べることに集中した。
しっかりゴマ団子まで完食して(文句なしにうまかった)、予鈴1分前に席を立つ。
その時──
「……ケホッ」
「ん、大丈夫か?」
ふいに咳込んだ俺に、会長が心配そうな目を向けた。
「全然。ちょっと喉がムズムズしただけです」
(ゴマでも引っかかったかな)
残っていたペットボトルの水を飲み干して、ボトルをつぶす。
「気をつけろよ。季節の変わり目は風邪をひきやすいからな」
「大丈夫ですって。総会と中間テストの前に風邪なんか引いてられないですよ」


