まるごとぜんぶ、いただきます ~生徒会長に求婚されました~


 月曜日。
 登校してしばらくした頃、会長からメッセージが来た。

『昼休み、東屋(あずまや)で』

(えっ、遠っ)

 東屋があるのは敷地のはずれだ。グラウンドを渡った先にプールや体育用具倉庫があって、さらにその横の余った敷地に、ついでのように東屋が置かれている。
 体育の後はいい休憩場所になるけれど、校舎から歩くと5分以上かかる。貴重な昼休みに、そんなところでランチにするやつはいない。

「どうしたんだよ、泉。変な顔して」

 声がかかって横を見ると、クラスメイトの山名(やまな)春久(はるひさ)が立っていた。
 俺はクラスの誰とも当たり障りなく、適度な付き合いをするようにしている。話しかけられれば笑顔で答え、付き合いが悪いと言われない程度に誘いも受けるけれど、あまり深くは関わらない。
 だから特に親しい友人なんてのはいないんだけど、一番よく俺に声をかけてくるのがこの山名だ。なんでなのか理由は知らないし、興味もないけど。

「別に。変な迷惑メール来てただけ」

 にっこり顔でごまかし、俺はスマホをポケットにしまった。

「ふーん、そか」

 山名も軽く返して、俺のふたつ前の自席へ歩いていく。
 さて、そんなことより会長からの連絡だ。

(なんで東屋? 生徒会室でいいだろ)

 と思うものの、従順な生徒会役員としては従うしかない。
 再びスマホを取り出し『わかりました』と返信して、昼休みになるとすぐ席を立った。

「あれっ、どこ行くの、泉?」

 パンの入ったビニール袋を手に教室を出ようとする俺を、またもや山名が呼び止める。

「今日は教室で食わねーの?」
「うん、ちょっと」

 今のんびり話している時間はない。あいまいに答え、次の質問が来ないうちに背を向けてドアへと向かった。



「泉!」

 グラウンド横の細い歩道を歩いている時に、背後から足音が駆け寄ってきた。会長だ。

「お疲れさまです」
「お疲れ」

 生徒会の仕事で集まったわけじゃないけど、いつもの癖でそう挨拶して、並んで東屋へと歩いていく。

(考えたら、生徒会の仕事以外でこの人と会うの自体、初めてなんだよな)

 今さらだけど改めて、これってどういう交換条件なんだろう。どうして会長が俺と二人で昼ご飯を食べたいなんて言うのか、さっぱりわからない。

(もしかしてご飯ってのは口実で、他に言いたいことがあるとか? 今まで我慢してた、俺の会計の仕事に対してのダメ出しとか)

 怒涛の説教タイムのために東屋なんて僻地(へきち)を指定した──ありえるかもしれない。
 だとしたら気ぃ重っ、なんて考えているうちに東屋に着いた。予想通り無人だ。
 白木のテーブルとベンチがあり、俺たちはテーブルを挟んで対面に座る。

「泉はパンか?」

 そう聞きながら会長がテーブルに置くのは、親睦会の時よりは小さいランチバッグだ。
 まぁさっきから手に持っていたから、彼が弁当持参なのは察しがついていた。

「はい」
「よし、今日も交換しよう」
「え、なんでですか?」
「もちろん、泉にはこっちを食べてほしいからだ」

 当然のように言って、会長は自分のランチバッグをずいっと押しやってくる。

(いや、そんな堂々と言われても)

「意味がわかりません。自分で食べたらいいじゃないですか……」

 さすがのお利口後輩もすんなり承諾はできない。
 きっと会長のは、今日も豪華な愛ママ弁当。こっちはコンビニで400円ちょいで買った総菜パン2個だ。じゃあどうぞと偉そうに渡せるようなものじゃない。

「俺は食べない。これは泉のための弁当だから」
「は……?」
「とにかく、交換だ。細かいことは気にしなくていいから」

 会長はさらにランチバッグを押し付けると、俺のビニール袋を奪った。 
 そして、止める間もなく中のパンを開封してかぶりつく。

(うわ、ずる……)

 こうなるともう、俺は弁当を食べるしかなくなる。

「……会長になんの得があるのか、さっぱり理解できないんですけど」

 ぼやきつつも、俺はあきらめてランチバッグを開けた。
 会長は何も答えず、俺を見守っている。
 視線を感じながら取り出した弁当箱は、曲げわっぱというやつだ。蓋を開ける前から、ほんのりいい匂いがする。はい、絶対おいしいやつ。

「……本当に頂いていいんですね?」
「遠慮なくどうぞ」

 最後の確認にも屈託ない笑顔で返され、俺は蓋を開けた。

「うわ……」

 はい、250%おいしいやつ。

(つーかちょっと芸術の域にまで入ってんだよな……)

 今日のメニューは炊き込みご飯に鶏の照り焼き、白身魚の西京焼き、卵焼き(何か入ってる。赤いから紅ショウガ? カニカマ?)、インゲンの白和え……。
 サイズ的に品数はさほど多くないけど、彩りよく詰められている。マジでプロの板前が作ってるんじゃないかと思ってしまう。

「ほら、早く食べないと時間がなくなるぞ」

 見入っていて動かない俺を会長が急かした。

「……いただきます」

 もう俺はなんの反論もなく箸を取った。正直、この弁当を目の前にしてしまうと胃袋への誘惑が大きすぎる。
 まずは西京焼きを一口。少し甘くて香ばしい味噌の風味が鼻を抜け、柔らかい身がほろっと口の中で崩れた。

(……うっまっ、うっまっ!)

 表面的には目を見開くだけで堪え、感動の雄叫びは心の中で上げた。

(ほんっっっとに料亭! いや下手な料亭超えてる!)

 鶏の照り焼きも柔らかくジューシーで、濃いめの味付けがご飯を進ませる。炊き込みご飯は五目で、出汁の風味がすごい。
 卵焼きもインゲンの白和えも、どれも抜群においしい。俺は一心不乱に食べ進めた。

「うまいか?」

 半分程食べた頃、会長の声に箸を止める。顔を上げると会長はもう食べ終わっていて、右手で頬杖をついてこっちを見ていた。目が優しげに細められている。

(やば、夢中で食べてた……)

「……会長のお母さん、天才ですよ」

 ほうっと、感嘆の息と共に答えた。なんかもう、ごちゃごちゃしゃべるより完食させてくれっていう気持ちだ。
 その欲望のまま、再び炊き込みご飯を箸ですくおうとしていると。

「母親じゃない」
「え?」

 思いがけない切り返しに、手を止めて視線を正面へ移す。
 会長はまっすぐ俺の目を見て言った。

「母親じゃない。俺が作ったんだ」
「…………は?」

(俺が作った? 俺って誰? 会長のこと?)

「会長が……作った?」

(この神弁当を?)

「そう。俺が、泉のために作った」

(……………………)

「え──ええぇぇぇっ!?」

 多分俺今、この誠北館に入学して史上、一番デカい声を出した。
 抑えようがなかった。ちょっと抑え込める驚きじゃなかった。

「かっ、会長……職人だったんですか……?」
「ははっ、なんだそれ。別に、単なる趣味だよ」

 おかしそうにクスクス笑われるけど、笑い事じゃない。こっちは本気で驚いてるっていうのに。

「趣味ってレベルじゃないんですけど……」

(ていうか、料理が趣味? 誠北館の黒獅子が……?)

「そうでもない。昨日も今日も、泉が食べると思って気合は入れてるから」
「いやだから、気合入れたらこれが作れるっていうのがすでに天才……」

 俺はまだ呆然としていて、ふわふわと頭に漂った言葉を垂れ流すばかりだ。
 さっきから会長の話にちょいちょい気になる発言がある気がするけど、なんなのか突き詰める余裕もない。

「泉」

 衣擦れの音がした。
 会長が立ち上がっている。
 どうしたんだろう。妙に真剣な表情で俺を見たまま、会長はテーブルを回り込みこちら側へやってきた。
 そして長いベンチの空いている場所──俺の隣へ腰を下ろす。上半身は俺のほうへ向けて。

「お願いがある」
「……お願い?」

 会長は見たことのない顔をしていた。
 緊張している。はっきりそうわかるほど張りつめていて、少しだけ眉が寄っている。
 流れてくる緊張感に、俺は困惑しながらも弁当と箸をテーブルに置いた。
 会長が口を開く。紡がれた声も、聞いたことのない真摯な響きだった。

「泉さえよければ、今後もおまえのためにこうして料理を作りたいんだ。いや、作らせてほしい」

 そこで一度言葉を切る。目を閉じて、小さく息を吸って吐いた。

「それで」

 目が開き、漆黒の瞳が俺を映して、

「俺がおまえの胃袋をつかめたら、結婚してくれないか」

「────え?」

(は? なんて?)

 ざぁっと風が吹いて、周りの木々を揺らした。
 今のは風が運んできた空耳だろうか。想定外というか、成層圏のまださらに上くらい、予想のはるか彼方にあるワードだった気がする。つまりもはや宇宙語だ。

 ケッコン。
 文脈的に血痕は考えにくい。
 と、いうことは……あれしかない、よな……。

(俺……今、求婚された?)

「自信はある。俺の虜にさせてみせる」

 軽く宇宙へトリップしている俺に、会長は熱を帯びた眼差しで続ける。

「いや……あの……」
「おまえが好きなんだ」

 なんか右手があったかい。
 いつの間にか会長に手を取られ、包み込むように握られていた。

(いやいやいや、待って待って)

 どういう状況? おかしいおかしい。
 なんで俺、会長にプロポーズされてんの?

「かいちょ……えっと、あの……」

 この謎状況の答えがどこかにないかという心境の表れか、俺は無意味に辺りをきょろきょろした。遅れてハッと思い至り、握られたままの手を引く。
 すると会長も大きな瞬きをした。俺に手を払われ、我に返ったような感じだった。

「悪い、少々先走ってしまった」

 冷静さを欠いた自分を恥じ入るように謝る。そして。

「結婚という形にこだわっているわけじゃないんだ。そもそも日本では、まだ同性婚は認められていないしな。契約をすることにこだわっているわけじゃない。ただ、愛し合うパートナーとして生涯傍にいたい。それだけのことで」

(全然まだ先走ってるって!!)

 少なくとも俺の5万キロメートルくらいは先を走ってる。って適当に言ったけどやっぱ宇宙だよなそれ。
 いや、落ち着こう。ここは地球だ。目の前にいるのも宇宙人じゃない。この学校の、聡明で人望厚い、頼れる生徒会長だったはずだ。
 そんな人が、こんなトチ狂った発言するわけがない。

「や、やめてくださいよ。なんですかその冗談、笑えな──」
「冗談じゃない」

 必死に頭を動かしてやっと言葉を発せたのに、すぐにさえぎられてしまった。
 そして今度は、大きな手でガシッと肩をつかまれる。

「俺は本気だ。ずっと泉のことが好きだった」
「は……」
「俺は、泉を愛してる」
「………………」

 冗談を言っている目ではなかった。
 そろそろ認めるしかない。マジでこの人、マジらしい。

(会長が……俺のことを、好き?)

「……俺、男ですけど」
「愛に性別は関係ない」

 秒で月並みなセリフが返ってきた。
 うん、ドラマでも映画でも小説でもよく聞く言葉だ。でも、月並みってことはつまり当たり前ってことでもある。
 俺自身、同性からの告白はすでに経験済みだ。今は多様性の時代。性別にこだわるほうがおかしな時代になってきてるんだろうし、実際にそういう愛も世界にはたくさんあるんだと思う。
 だけど。

「すみません。俺は、会長のことをそういうふうには──」
「わかってる」

(いや話聞けっての!!)

 目の前に隕石落ちてきたくらい驚いてる俺が、こんなにも懸命に考えてなんとかしゃべろうとしてるのに、なんでこいつは邪魔するんだ。天下の会長様ももう、こいつ呼ばわりだ。
 ほとほと呆れている俺の前で、でも会長はいまだ真剣だった。

「泉が俺をそんなふうに見ていないことはわかってるよ」

(わかっててよくプロポーズしたな)

 もう疲れたのでいったん脳内ツッコミだけしておく。

「だから、チャンスが欲しい」

(は? チャンス?)

「俺のことを好きになってもらうチャンスを……時間を、くれないか。今はそうじゃなくても、これから好きにさせてみせる。絶対におまえを、俺なしではいられない体にしてみせる」

(なんかエロい言い方だな。え、これキモッて思っていいとこ? いいよね?)

「……それが、『胃袋つかめたら』ってことですか?」
「そうだけど、胃袋はあくまできっかけだな。最終的にはもちろん、心もつかんでみせる」

(はい、キモ確定ー!)

 俺が判決の木槌を脳内で打ち鳴らした時、校舎ではチャイムが鳴り響いた。
 予鈴。昼休み終了だ。

「まずい、もう時間か」

 会長が俺の肩から手を離して腰を浮かせた。
 そう、ここは校舎から遠いんだ。急いで戻らないと授業に遅れる。品行方正で通してきた生徒会役員が遅刻なんてとんでもない。

(サイアク! 弁当全部食べ切れなかったし!)

 とんでもない下心が込められてたものだとわかったけど、味のよさは揺るがない。ていうかこれで腹すら満たされなかったら割に合わない。

「これ、もらっていきますからね!」
「もちろんだ、後で食べてくれ」

 話は思いっきり中断したけれど、タイムアウト。俺たちは大急ぎでテーブルを片付けると校舎に駆け戻り、そのままろくな挨拶もせず昇降口で解散した。