まるごとぜんぶ、いただきます ~生徒会長に求婚されました~


 ●〇●〇



「……ふぅ」
 ため息と、後ろ手に閉めたドアが背後で閉まる音。それに、床へどさりとバッグを置く音が重なる。

「疲れた……」

 声に出しながらのろのろ歩き、ソファに座り込んだ。
 すぐ近くにバスタオルがある。取り込んだまま、片付けずにソファへ放置した洗濯物だ。

(……散らかってんな)

 周囲をぐるっと見回す。
 かなり広いけれど、仕切り戸開けっぱなしの1LDKだからダイニングもリビングも寝室も見える。最近サボっていたから、どこもごちゃごちゃと物が出しっぱなしだ。

「生徒会の仕事も一段落したし、いいかげん片付けなきゃか……」

 げんなりと呟きつつ、ずるずる体を沈めた。
 ちなみに俺は独り言多めで、下手したらお利口控えめキャラに徹している学校より、家でのほうがよくしゃべってる。
 独り暮らしは独り言が増える。あるあるだ。

「……土曜の弁当、どうしよ……」

 ため息の理由はそれだった。

(総菜買ったらバレるかな。手作りか出来合いかって、けっこう味でわかるもんな……)

 自分だけが食べるならいいけど、みんなでシェアするとなると危険だ。

(チェーン店のは論外。そういや近くに個人経営の総菜屋あったな……あ、でも土日休みだ……)

「……しゃーない、作ってみるかぁ」

 この1年で多少は料理も覚えた。1回、奇跡的に激ウマのチャーハンを作れたこともある。
 そこまで凝ったものじゃなくていい。大事なのは母の手料理っぽいことだ。

(ちゃんとレシピ見て丁寧に作れば……うん、できるできる!)




 ──と、思っていたんだけど。

「えっ。うわ……ベチャベチャ……」

 鶏の唐揚げ。焦げてんのにベチャベチャってどういうこと?

「嘘だろ……こっちは──げっ、しょっぱ!」

 肉じゃが。どこで間違えた? やっぱ『適宜』ってとこか?
 2連敗じゃん。まずいぞ。せめてこの卵焼きは……

「硬っ。なんでこんなボソボソしてんだよ……!」


 土曜の朝、俺はキッチンで血の気が引いていくのを感じていた。
 まずい。本気でまずい。作るもの作るもの、どれも不味(まず)い。

「なんでっ、なんで!? ちゃんと本見ながら作ってんのに!」

 唐揚げ、揚げ直したらサクッとするかな。いや、もうすでに焦げてるし諦めるしかないか?

「大丈夫だ、ハンバーグは普通に食べれたし。卵まだあるから、卵焼きは作り直して……」

(あと何作るんだっけ。えっと、アスパラベーコン巻きときんぴらと……)

 あ、そういえば冷凍庫に冷凍の豚肉が眠ってた気がする。あれをレンジ解凍して……そうだ、生姜焼きなら簡単に作れる。唐揚げの穴を埋められるぞ。

「うん、どうにかなる! 急いで作ればまだ──!」

 ばっちゃん。

 響いた音と、顔に飛んだ水滴に、凍り付いた。
 慌てて動いた拍子に、腕が醤油のボトルに当たったようだ。
 蓋は閉めていなかった。1リットルの醤油ボトルが床に落ち、醤油が……

「うわあぁぁぁっ!」

 見る間に床に広がっていく。マットなんて洗濯の手間が増えるだけのものは置いていなかった。

「やばいやばいやばいっ」

 床がホワイトオークだから悲惨度が余計にやばい。慌てて手拭き用のタオルをつかんで屈み込む。

「勘弁してくれよっ……!」



 ●〇●〇



(……終わったかも)

 待ち合わせ場所の公園入り口前へと歩きながら、俺のハートは一足先に終わっていた。

 結局、床の掃除に時間もかかり、ろくな弁当が作れなかった。
 比較的マシにできたハンバーグ、作り直した卵焼き。やっぱりなんかベチャッとしてるアスパラベーコン巻き(急いでたので形も雑)。
 醤油がおさらばしたので生姜焼きは作れなくて、あとはいざという時用に買っておいたスーパーの総菜と、解凍して塩をかけただけの冷凍ブロッコリーとミニトマトを詰めた。

(これが日々自炊してる母親の料理には……見えないよな……)

 寝坊して急いで作ったと言ったら信じてもらえるだろうか。
 こういう時、いい母親なら張り切って腕を振るうだろうに、寝坊するってどうよって話だけど。

「……クソ」

 思わず悪態をついてしまった。
 でもどうしようもない。適当な言い訳で乗り切るしか。
 まあ、嘘は得意だ。うん、どうにかしよう。

「泉くーん、こっちこっち!」

「おはよう、泉!」

 待ち合わせ場所にはもう全員がそろっていた。俺が最後だ。

「おはようございます。お待たせしてすみません」

「大丈夫だよ、遅刻じゃない」

 黒瀬会長が穏やかに首を振る。
 今日は当然私服で、ブラックデニムにホワイトのシャツという服装だ。
 暑くて脱いだのか、腕にグレーのジャケットをかけてる。 

 あ、胸元にシルバーアクセ。この人もアクセサリーとかつけるのかと少し意外だったけど、よく似合っていた。
 というか、シンプルファッションだけどスタイルと顔がいいし、めちゃくちゃきまっている。大人っぽくて大学生くらいに見えた。

「それじゃ行こうか」

 彼を先頭に公園へと入る。
 花見が主目的じゃないので場所取りはしていなかったけれど、広大な郊外の公園、ピークも過ぎているとあって余裕だ。
 まだ桃色の残る木陰へレジャーシートを敷き、さっそく親睦会が始まった。

「お腹すいたー! ご飯ご飯、おべんとおべんとー♪」

「ふふっ、いつも以上にご機嫌だね、野々隈くん」

「そりゃ楽しいもん。うわっ、安岐んちの弁当でかっ!」

「そうなの。案の定お母さん、ノリノリで」

「うちは約束通りおにぎりを大量に用意したぞ」

「そう思って私はサンドイッチを持ってきたわ」

 各自が荷物から次々に弁当を出し始めた。俺も緊張を顔に出さないよう意識しながら倣う。

(大丈夫大丈夫。下手な弁当も、うまく言い訳して笑い話にしちゃえば……)

「あれっ。会長と泉くん、同じバッグじゃん!」

「えっ?」

 平沢先輩に言われて、ふたつ隣にいる会長の手元を見る。

「あ、ほんとだ」

 手提げ型のランチバッグが、まったく同じだった。持っていなかったから今日のために買ったものだ。

「それ、どこかで見たことあるわね」

「100円ショップのだよ。いいサイズがなかったから買ったんだ」

「俺もです」

「ああ、そうそう。セリカで売ってるやつよね」

 三咲先輩の声に俺と会長の首肯がシンクロする。
 最大手100円ショップの量産品だ、時にはこんな被りもあるだろう。

(中身はきっと大違いだろうけどな……)

 と、つい自虐めいたことを考えた時、会長が立ち上がった。

「よし、じゃあおそろい同士肩を並べるか」

 そう言って、こっちに移動してくる。
 間にいた実嘉島先輩が「なんだそれは」と言いつつも動いてくれたので、会長が俺の右隣に納まった。

(バッグが一緒なだけで、なんで隣?)

 正直嬉しくない展開だ。だってこの後、並んで同じバッグから弁当箱を出すことになる。で、蓋を開けたら中身は雲泥の差、という……。

(やめろよー。ミジメさ増すってのー)

 ウツを濃くする俺をよそに、場はいよいよ各自の弁当箱オープンへと進んでいった。
 まずは一番の期待が集まる安岐が、完ペキおせちだろうというお重の蓋を開ける。

「はーっ、すげー!」

「キャーッ、めっちゃおいしそう!」

 全員が膝立ちで前のめりになり、盛りだくさんの安岐家弁当に歓声を上げた。
 ……いや、違う。全員じゃない。俺と黒瀬会長以外だ。

(……会長?)

 俺は隣を見た。なんで会長はみんなに加わらないのか気になったのと、視線を感じたような気がしたから。

「泉」

 はたして、会長は俺を見ていた。そしてごく小声で言った。

「交換しよう」

「……え?」

 『交換って、何を?』と聞く間もなかった。 
 会長の手が動く。
 そして──各自の前に置かれた同じバッグを、素早く入れ替えた。

「はっ……!?」

 俺は面食らって、目の前のバッグを見たまま一瞬硬直した。
 1秒前とまったく同じデザインだけど、今はもう元・会長の持ってたほうだ。
 ワンテンポ遅れて会長の顔を凝視する。
 言葉はなく、「いいから」とでもいうような瞬きだけが返ってきた。

(いや意味わかんない! なんで交換するんだよ!)

 と、この脳内ツッコミをそのまま声にしたいけど、そういうキャラじゃないのでできない。

「やっ……なんっ……あのっ……」

 とパニクッているうちに場の弁当オープンは進み、

「それじゃ、次は俺たちが」

 会長が、ちらっと俺を見てから周りのみんなに告げる。

「あはは、おそろい同士一緒に開けますか?」

「いや──泉、先にどうぞ」

 野々隈の茶化しにも、会長が勝手にそんなことを言い出した。

「で……でも……」

(開ける? これを?)

 冗談だろ、そんなことできるか。
 だってこっちは俺のじゃない。どんな弁当かももちろん知らない。

「会長──」

「大丈夫だから」

 狼狽する俺の呼びかけを、会長がささやくような声でさえぎった。
 黒い瞳がじっと見てくる。よくわからないけど、目でも「大丈夫」と繰り返されているような気がした。

「どうしたの、泉くん?」

 他のみんなも不思議そうに俺を待っている。

(……あーもうっ、どうにでもなれっ!)

 俺はなかばやけっぱちでバッグから弁当箱を出した。
 俺のはただのタッパーだけど、先輩のはちゃんと弁当箱だ。お重より一回り小さいくらいの、正方形の。
 ここまで来たらと、勢いで一気にその蓋も開けた。
 ──直後。

「えっ、ウソ! 泉くんのも神……!」

「わあっ、キレー!」

「うっまそー!!」

 再びの歓声。安岐なんてパチパチ拍手までしていた。
 俺はといえば、蓋を持ったままボーゼン。その蓋が隠していた弁当から目が離せない。

(は、なに……料亭の仕出し弁当?)

 なんていうか、すごかった。弁当箱自体が1枚の絵みたいに、すごかった。
 おかずは突飛なものは入っていない。唐揚げ、野菜の肉巻き、鮭の塩焼き、筑前煮、卵焼き……いや、だし巻きか。あとはカボチャの茶巾、マカロニサラダ、パプリカの南蛮漬けみたいのとか。
 でも、なんかすごい。どれも文句なしにおいしそうなうえに、整然と詰められていて上品だ。彩りいいし、筑前煮のにんじんはお花だし。

「…………会長」

 何を言いたいのかもわからないまま、呆けたように会長を見た。

「うまそうだな。すごいじゃないか」

 会長は笑っている。自分が持ってきたものを俺のものとして褒めたたえる。
 そして、

「じゃあ、こっちも」

 そう言ってバッグからタッパーを出し、蓋を開けた。

(……あ)

 瞬間、微妙な空気が漂った。
 そりゃそうだ。あの弁当の後にこれって、落差がすごい。
 でも多分、微妙な沈黙は1、2秒だった。すぐに会長の、はははっという軽い笑い声がそれを吹き飛ばした。

「実は、せっかくの親睦会だから会長自ら腕を振るうというのも面白いかと思って、自分で作ってみたんだ。でもなにぶん不慣れだから、こんな感じになった」

(はぁっ!? なに言って──)

「えっ、これ会長が作ったんですか!?」

「ああ。味はどうかわからないけど、余興だと思って許してくれ。あ、でも、肉団子と焼き鳥とポテトサラダはスーパーの総菜だから、普通にうまいと思うよ」

 いや見抜かれてるし!

(なんで食べてもないのに見ただけでわかるんだ!? 異能者!?)

 俺はもう自分の前の神弁当と、会長の前のヘボ弁当、そして会長の顔を順に見て、口をパクパクさせることしかできない。

「黒瀬くんが料理って意外。想像できなーい」

「慣れないことはするもんじゃないぞ。まぁでも、おまえの言う通り余興だと思ってありがたくいただこう」

 平沢先輩と実嘉島先輩にそんなことを言われて、会長は相変わらず笑っている。

「じゃあ食べましょうか。会長、唱和を」

 三咲先輩が促して、会長が「いただきます」を言って、みんなも声をそろえて。にぎやかに、食事が始まった。
 俺はまだ夢の中にいるような気分で、俺が持ってきたことになっている弁当から取り分けられた唐揚げを口に含む。

「……うっま」

 うっかり素の言葉が出てしまった。それほどまでにおいしかった。
 思わず肉巻き、だし巻き卵と、連続で食べる。
 どれもが感動レベルでおいしくて、ずっと混乱してるのにお腹だけはすっかり満たされてしまった。




「──どういうつもりだったんですか、あれ」

 食後。
 腹ごなしに近くをぶらつこうという話になったので、俺はさりげなく会長に近づき、尋ねた。

「なんで、あんなこと……」

「泉が困ってるように見えたから」

 会長は他のメンバーが聞いていないか周囲を確認した後で、さらりと答える。

「弁当を出すのが嫌そうに見えた。だからやったんだが、迷惑だったか?」

「迷惑ってことはないですけど……」

(ていうか正直、死ぬほど助かったけど)

 いもしない『朝早い仕事だから毎日の弁当は作れないけど料理上手』な俺の母親が、むちゃくちゃ株を上げていた。

「……会長のお母さんも、お料理上手なんですね」

「……まあな。どうだ、おいしかったか?」

「おいしかったですよ。みんなも感動してたでしょ」

「うん。でも泉の感想をあまり聞いてない」

「……だから、おいしかったです。唐揚げ、冷めてるのに衣サクサクで肉は柔らかかったし。野菜の肉巻きも綺麗だし、中の野菜にまでちゃんと味がついてておいしかった。マカロニサラダもマカロニが弾力あって、スーパーの総菜超えてるじゃんって思いました」

 他のみんなの弁当もおいしかったけど、その中でも会長のは上位ランクインだった。
 好みの問題もあるとは思う。俺は甘めの味付けより、塩辛い系が好きだから。会長のやつの味付けはドンピシャだった。

「そうか、ありがとう」

 賛辞を受けて、会長は嬉しそうに目を細める。

「お礼言ってる場合ですか。代わりに、会長が料理下手の汚名を着せられたっていうのに……」

(ほんと、たまたまバッグが同じで俺が嫌そうに見えたからって、交換するとか。どんだけいい人なんだよ、この人)

「俺のことは気にしなくていい」

「気にします。俺が濡れ衣を着せたようなもんでしょ」

 本当はあんなに見事な弁当を持ってきていたのに、俺がかくはずだった恥を代わりにかかせてしまった。
 罪悪感というか、後味が悪い。借りとか作りたくないんだ、俺は。

「……申し訳ないと思うなら、ひとつ頼みを聞いてくれないか」

 俺の心中を知ってか知らずか、ふいに先輩がそう切り出す。

「頼み?」

「ああ。それでチャラにしよう。どうだ?」

「……俺ができることなら、いいですけど。なんですか?」

「月曜日にもう一度、俺と一緒に昼食を食べてほしい」

「──え? それだけ?」

 俺は拍子抜けして首をかしげた。
 一緒にご飯? それのどこに、会長へのメリットがあるんだろう。

「ダメか?」

「ダメってわけでは……」

「じゃあ、頼む」

 頼まれてしまった。
 意図がまったくつかめないけど、まぁこれで借りを返せることになるなら……。

「俺、もう弁当なんて持っていきませんけど」

「なんでもいいよ」

「……わかりました、それでいいなら」

「ありがとう」

 ぼそりと承諾すると、会長は安堵したように頬を緩めた。