まるごとぜんぶ、いただきます ~生徒会長に求婚されました~



「うぁー……さすがに疲れた……」

 間の抜けた声をもらしながら駅の改札を出た時には、夜の9時を回っていた。
 体が重い。まだいろいろすることも考えることもあるけど、いったんは家に帰ろうと足を踏み出した時。

「泉!」

 飛んできた声に驚いて足を止める。
 改札前、太い柱の傍から会長が駆け寄ってくるのが見えた。昼間と同じ制服姿で。

「えっ、なんでいんの!?」
「待ってた」
「待ってたって……まさか、昼からずっと!?」
「ああ」

 なんでもないことのように答えるけれど、あれから何時間経ってると思ってるんだろう。

「バカだろ! そんなすぐ帰ってくるわけないじゃん。待つにしたって、普通に家で待てよ!」
「そうしようかとは思った。でもどこにいたって落ち着かないし、戻ってきた泉と少しでも早く会いたくて」
「だからって……」

(ほんとこの人、俺のことになるとバカすぎ……)

 聡明で冷静沈着な誠北館の黒獅子はどこへ行ったのだろうという愚行だ。

(勢い余っていきなりプロポーズするし、学校サボって駆けつけるし……)

 俺に対してだけ、突っ走ってちょっとおかしくなるこの人。
 何時間も駅前で待つなんて無駄だし、そんなことしなくていい。というか、されても困る。
 だけど……

(クソ。嬉しいとか思っちゃう俺もバカじゃん……)

 困惑以外の感情を自覚して、無性にむずがゆくてバリバリと頭を搔いた。

「泉、どうした?」
「な、なんでもないよ。顔近づけんな」

 心配そうに覗き込まれて体を引く。
 会長は「悪い」と謝りつつも、続けて尋ねた。

「どうだったんだ?」

 一番気になっているのはそこだろう。直接会って伝えようと思ったから、俺はまだ何も報告していない。

「……大丈夫だったよ。引っ越しも転校もなくなった」
「! 本当に?」
「うん。転校させるなら、マスコミに家庭の内情全部バラすって脅してやった。いつから夫婦仲が崩壊してて、二人がどれだけひどい親だったか、洗いざらいしゃべってやるって。そしたら折れたよ」

 皮肉めいた笑みを浮かべながら話す。
 でも会長からは喜色が消え、気遣うように問われた。

「……よかったのか?」
「……? よかったって、何が?」
「いや、おまえがいいならいいんだが。そういう交渉の仕方をするのは少し意外だったから」

 そう言ってから、ややためらいがちに続ける。 

「おまえ、なんだかんだで常に親のことを考えていただろう」
「え……」

 心臓がドキリと跳ねた。

「なに、それ。どういう……」
「そうなんじゃないのか。率先して活躍したいわけでも目立ちたいわけでもないタイプのおまえが、1年からずっと立候補して生徒会活動をやってる理由。努力して好成績をキープして、人当たりのいい優等生を演じてるのも」

 最初こそ『そうなんじゃないのか』と疑問形だったものの、会長は確信のある語調で投げかけてくる。

「もし今回のように報道が出てしまったり、そうじゃなくても自分が藤長谷議員夫妻の息子だとバレてしまった時。自分が評判のいい優等生なら、健やかに育っていると思ってもらえる。少しでも両親のイメージダウンを抑えられるように、だろう?」
「ちが……前も言ったでしょ。単に、家庭崩壊してるうえにグレるとか、典型的すぎてダサいから……」

 そこまで言いかけて、俺は口を閉じた。
 肩を落として、はぁっと大きく息をつく。

(……勘弁してよ。そんなとこまで見抜くとか、反則だろ)

「ったく……会長、俺のこと見すぎてて怖いわ」

 俺のことを愛してくれなかった両親。数えきれないほど寂しい思いをした。何度も泣いた。
 こんな親じゃなかったら。父さんも母さんも大嫌いだ。子供の頃から今まで、ずっとそう思っている。
 だけど……どうしても、心底憎むことはできなかった。
 バカみたいだ、むなしいと思いながらも、まさに会長が言った通りのことを考えていた。
 それが、もう一緒に暮らすことさえない俺が息子としてできる、せめてもの行動だと。

「愛してるからな」

 会長が親指を立ててニッと笑った。

「やめろ、こんな人多いとこでキモ発言」

 そもそも、改札前で話し込む内容でもなかった。
 俺は駅の出口へ向けて歩き出す。会長も隣に並んだ。

「いいんだよ。あの人たちに失望してるのは確かだし、負けるわけにはいかなかったから」
「そうか」
「とにかく、もう何も心配いらない。昼間のこともやっぱ報告行ってたけど、会長にも手出しはしないって約束させたから」
「それは……すまなかったな。迷惑かけた」

 申し訳なさそうに頭を下げつつも、表情には安堵が浮かんでいる。

「まあ、俺のためにしてくれたことなんだし」

 そこまで話した時、駅から路上に出た。
 足を止めると、会長がさわやかに手を上げる。

「それじゃあな。疲れてるだろうし、今日はゆっくり休めよ」
「は?」

 俺は反射的に、立ち去ろうとする会長のシャツをつかんでいた。

(そこは引くのかよ。何時間も改札で待つくせに)

 気遣ってくれているんだろうけど、肝心なとこでズレてる。

「……泉?」

 怪訝そうに振り返った会長の整った顔を、俺は唇を尖らせて見上げた。

「帰んないでよ。……疲れてるから、あんたの手料理食べたい」

 言った後で頬が熱を持っていく。でも、シャツをつまんだまま返答を待った。
 会長は一瞬ぽかんとしていたけれど、すぐに満面の笑みになる。

「わかった、任せろ」



 ●〇●〇



「はー、お腹いっぱい!」

 食事を終えた俺は箸を置き、「ごちそうさまでした」と手を合わせた。

「よかった、元気も戻ったようだな」

 会長がグラスに水を注ぎ足し、手渡してくれる。

「おかげさまで」

 時間も遅めだからと、会長が手早く作ってくれたのはオムライスだった。
 30分もかからずに完成したけれど、卵はふわふわで安定的においしくて、今回も大満足だ。

(ほんと俺、会長のご飯食べると元気になるかも……)

 長い一日だった。父さんとの対峙はかなり緊張したし、駅に帰り着いた時には疲労困ぱいで体が重かったのに。

(会長の顔見て、会長のご飯食べて……)

 二人で過ごしているうちに、疲労はどこかへ飛んでいってしまったようだ。
 今はただ、温かな充足感が俺を満たしている。

(あーあ。悔しいけど、これってやっぱそういうことかなぁ……)


「……あのさ」

 食後、並んで洗い物をしながら、俺はおもむろに切り出した。

「今日は本当に、ありがと」
「別に、全部俺がしたくてしたことだ」
「それでも。感謝してんだから、素直に受け取っとけよ」

 言って、ちょうど最後の皿をすすぎ終えた俺は水を止める。

「そんで……えっと……」

 と、次の言葉を続けたものの、それ以上が喉の奥でつっかえて出てこない。

(うあー、こういうの苦手……!)

「泉? どうした?」

 手拭きのタオルをつかんだまま視線をさ迷わせる俺を、会長が不思議そうに見ている。

「えっと……ま、また、こんなふうにご飯作りに来てほしいなって……。べ、弁当だけじゃなくて……」
「晩飯もということか? もちろん、かまわないが」

 もごもごと伝えた俺に、会長はなんだそんなことかと言わんばかりの顔で即答する。

(ぐ……ダメだ、伝わってない)

「だ、だからぁ! それくらい、会長の料理が気に入ってるって言ってんの。胃袋、すっかりつかまれてるって!」

 目線を合わせずにわめくような大声で言った。
 会長は拭いていた皿を置いたところで、ハッと俺を見る。

「泉、それは……」

(やっと気づいたかよ)

 まったく、頭が切れるんだからもっと早く気づいてほしい。
『俺がおまえの胃袋をつかめたら、結婚してくれないか』
 そう言ったのは、自分のくせに。

「……あんたの作戦は成功だよ。オメデト」

 顔だけじゃなく耳まで熱い。きっとどっちも、真っ赤になってるんだろう。
 恥ずかしくてとても会長の顔を見られないし、呟くような小声になってしまったけれど。それでも今度はちゃんと、正しい意味で会長に届いたようだ。

「泉」

 肩をつかんで強引に体の向きを変えられる。向かい合うと、会長は少し背をかがめて目線の高さを合わせてきた。

「もう1回言ってくれ」

(もう1回!?)

「や、やだ。今言ったじゃん」

(1回でも恥ずかしいのに、何回も言えるか!)

「じゃあ俺から聞く。今のは、告白の返事がOKだということか」

 じっと見つめた状態で問われ、鼓動が大きく跳ねた。そのまま、壊れそうなくらい加速していく。

「~~~~っ、そうだよ! 俺の負け! てか、こんな初恋こじらせてる愛重いやつ、追い払いようないじゃん!」

 思わずそう叫んだ。でも、すぐに思い直す。
 死ぬほど恥ずかしい。

(だけど……今くらいは、俺も素直にならなきゃダメか)

「……嘘。今のなし」
「嘘?」

 会長は困惑に瞳を揺らした。OK自体を撤回されると思ったのかもしれない。
 だけど、そうじゃなくて……

「仕方なくだって誤解されたら嫌だから……」

 俺は渾身の勇気を振り絞って会長と視線を合わせた。

「──会長のこと、好きになった。アタックされなきゃ、こんなふうにはならなかったと思う。でも……今は、ちゃんと好き」
「泉……!」

 会長の目がこぼれんばかりに見開かれる。
 数秒間、張りつめた沈黙が流れた。耳の奥で、自分の心音だけが激しく鳴っている。
 緊張と恥ずかしさに耐えきれずまた何か叫ぼうとした時、唇がふさがれた。

「……!」

 俺は瞬きさえ忘れて硬直する。
 視界は間近にある会長の顔で埋めつくされ、何も見えない。ただ、触れ合った唇の柔らかい感触と温かさだけが、鮮明に俺を支配した。
 心臓が痛いくらいに内側から胸をたたく。このままでは壊れるんじゃないかとひそかに危ぶんだ頃、そっと唇が離れていった。

「……っ! い、いきなり……!」

 大きく息を継ぎながら、俺は涙の滲んだ目で会長をにらみつける。

「こっ、断りなくすんな! そこまでしていいとか言ってない!」
「ごめん。でも我慢できなかった」

 会長は笑っていた。俺のにらみなんてまったく効いていないようだ。まぁ、自分でもこんな形ばかりの抵抗、威力ないだろうなとは思うけど。

「愛してる、泉。絶対振り向かせてみせるとは思ってたけど……今、すごく嬉しい」

 返事をする間もなく、力いっぱい抱き締められた。
 すっぽり俺を包んでしまう腕に閉じ込められて、息苦しいくらいだ。
 それなのに……どうしようもなく、ほっとしている。

「……でも俺、これからもこんな感じだと思うけど」
「いいよ。可愛い」
「どこが。可愛げなさのカタマリじゃん」
「そんなことない。泉は存在自体が可愛い」

 秒で言い切ってから、会長は腕をゆるめるとにこやかな顔を俺に向けた。

「もう一生離さないからな。そうだ、さっそく指輪を買いに行こう。俺の家族にも紹介したいし、将来はささやかでも式を挙げて──」
「気が早いっ! 暴走すんな!」

 抱き締められていて両腕が動かせない俺は、会長の胸に頭突きをかまして黙らせる。

「うっ。ゲホッ、ゲホッ」

 不意を突かれて会長は咳込んだ。それでもまだ、「いやでもそういったケジメは大事」とかなんとか呟いている。

「そんな先のことはまだわかんないだろ。今はとりあえず……これからも俺のために、おいしいご飯作ってよ」

 会長が振る舞ってくれるおいしいご飯と、優しい時間。
 数えきれないくらい何度も、そんな時間を重ねていけたらいいなと思う。

(どうやら俺、胃袋も心もがっちりつかまれちゃってるみたいだし……)

「お安いご用だ。未来永劫、おまえのために腕を振るうよ」

 甘いほほ笑みに、不覚にもくらくらしてしまった。
 ……プロポーズにYESを返してしまう日も、遠くないかもしれない。



 〇END〇