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(まさか気持ちが昂るあまり、プロポーズまでしてしまうとは自分でも思ってなかったがな……)
泉の部屋で焼き肉をした週末から数日後の、水曜の放課後。
読んでおきたい資料があり生徒会室に顔を出したのだが、いつしか手は止まり、泉とのこれまでを思い出していた。
今日は招集日ではないから、泉はいない。テーブルの反対側で会報の作成に関し、副会長の三咲と書記の二人が打ち合わせをしているだけだ。
(泉、大丈夫だろうか。昼休みには普通だったが)
普段通りを装っていたのだと思う。内心では今も、先日の報道が気になっているはずだ。
(平気なふりをする癖が身についてしまってるんだな。もっと頼ってくれていいのに)
弱音も愚痴も、いつだって喜んで聞くのに。あいつは一人で全部抱え込もうとする。分け合う相手がいなかったから、そうするしかなかったのだろうけど。
(今は違う。俺なら、いくらでも受け止める)
二度目の再会で運命を確信した俺だが、正直、この1年でこんなにも自分の感情が大きくなるとは思っていなかった。
あいつが一人で大きなものを抱え、それでも懸命に日々を過ごしているのだと知ってから、転がり落ちるようにますますはまっていったと思う。
俺はおかしいのかもしれない。
でも、好きなんだから仕方ない。
大好きだ。愛している。彼を幸せにしてあげたい。生涯俺が。
だから告白した。俺以上に泉を愛し、大事にできるやつなどいるはずないという自負もある。絶対に振り向かせてみせるという自信も。
(でも、こういうのは重いんだろうか……?)
土曜日、泉は言っていた。
『別に俺、会長に世話焼いてほしいわけでも、守ってほしいわけでもないんだけど』
『対等じゃないでしょ、今の感じ』
(迷惑にはなっていないと思う。本当に迷惑なら泉はそう言うはずだ。でも、押し付けがちになっているんだろうか)
好きだから世話だって焼きたくなるし、守ってやりたいと思ってしまうのだが。
(……恋愛というのは難しいな)
「──ろせ、黒瀬?」
「……!」
名前を呼ばれていることに気づいて思案から覚めた。
目を向けると、打ち合わせをしていた3人がこちらを見ている。呼んでいたのは実嘉島だ。
「ああ、悪い。どうした?」
「いや、募金活動の報告を今回の号に差し込むかの相談をしたかったんだが──」
「黒瀬くんがぼーっとするなんて珍しいわね」
実嘉島の言葉を三咲が引き取った。
責めている口調ではない。むしろ、どこか楽しそうな顔をしている。
「考え事?」
「……まあ、そんなところだ。ダメだな、資料を読みに来たのに」
「えー、別にいいじゃないですか~」
自嘲する俺に、明るく返したのは安岐だった。
「考え事でぼーっとするくらい、誰でもありますよ~。むしろ会長はいつも完ぺきすぎるから、たまには力抜くくらいでちょうどいいかも」
「たしかに。あ、でも、私最近思ってたんだけど、黒瀬くん、少し雰囲気が変わったわよね」
「え?」
「おお、三咲も思っていたのか。実は僕も思っていた」
「……そうなのか?」
意外な三咲と実嘉島の言葉に、俺は当惑する。
(雰囲気が変わったって、それはどういう……泉のことを見ながらも仕事には集中しているつもりだったが、おろそかになってしまっていたか……?)
「なんていうか、そうね、柔らかくなった気がするわ」
「あ、それわかります。会長、別に前から怖くはなかったですけど、最近はもっと優しい感じ」
「そうだな、僕も前より丸くなったと感じていた。なんだか楽しそうだし」
「楽しそう……?」
3人は一様に笑顔で、純粋に褒めてくれているようだ。思いがけない評価に、俺は呆然としてしまっていた。
(柔らかく、丸く……?)
自分ではそんなつもりはなかった。でも、言われてみれば思い当たることはある。
(そういえば最近は、あの息苦しさを感じることがなくなっていた)
生徒会長の黒瀬獅央──『誠北館の黒獅子』のイメージにそぐわない自分を伏せることで、時折感じていたかすかな苦しさ、窮屈さ。それを最近では、忘れていた。
「そうか……」
(俺は──変わったんだな)
気づかないうちに変われていたのだ。
理由はひとつしかない。泉と一緒に過ごすようになったから。
泉に料理を作って、素の自分をさらして。
泉が俺の作ったものをおいしいと笑ってくれると、俺は嬉しい。幸せで胸が満たされる。
「──みんな、ありがとう」
俺は立ち上がっていた。今すぐ、泉に会いたい気分だった。
(泉、わかったよ。おまえは与えられてばかりじゃない。俺たちは、充分対等だ)
俺だって、泉に多くのものを与えてもらっている。救われてるとさえ言えるかもしれない。
泉といると、俺は柔らかく生きられる。そういう相手だから、こんなにも好きなのだ。
(俺には泉が必要だ。あいつでなければダメなんだ)
資料は持ち帰ることにして、俺は3人の相談に答えると、急ぎ足で生徒会室を後にした。
(泉に、どうやって伝えよう)
帰宅路を、逸る心を抱えて足早に歩いていく。今急ぐ必要などないのだが、昂ぶりがそのまま歩調に出ていた。
早く泉に会いたい。泉に伝えたいけれど……
(明日のランチの時にするか? だが昼休みはゆっくりできないしな)
告白の時にも最後はバタバタだった。二の舞は避けたい。
(時間のある時に、ちゃんと伝えたい。先にはなってしまうが、どうせなら休日にデートのような形で──うん、それがいい)
自分がどれほどかけがえのないものをもらっているか伝えよう。
改めての告白だ。特別な日になる気がする。とすると、場所にもこだわりたい。
(どんな誘いなら受けてくれるだろうか)
そこまで考えた時に自宅へたどり着いた。母親に「ただいま」と声をかけ、2階の自室へ直行する。
荷物をベッドに放り投げ、スマホで検索サイトを立ち上げた。泉が喜んでくれそうなデート場所を調べるためだ。
しかし、文字を打ち込む前に俺の手は止まった。
検索サイトのトップページにはいくつかのネットニュースが表示されている。その一番上に、見逃せない文字が躍っていた。
『藤長谷昭文衆議院議員、元アナウンサー泉真紀穂夫妻、衝撃のW不倫! 仮面夫婦の真の顔。家庭はすでに崩壊していた!』
「……!!」
冷水を浴びたように一瞬で頭が冷えた。夢であってくれと願いながら本文を表示する。
「嘘だろ……」
嫌な汗が背中を伝った。
そこには泉から聞いた話が、ほぼ同じ内容で細かく記載されていた。
しかも、それだけではない。記事は夫妻の息子についても触れていた。
『高校生の一人息子は素性を隠し、郊外の私立高に通っているようである。夫妻と同居はしておらず、数年前から育児放棄の状態であったとみられ──』
「くそっ……!」
衝動的にスマホを床に叩きつけたくなるのを堪え、画面を切り替えた。
泉に電話をかける。つながらない。コールはしたが、留守電になった。
「泉、大丈夫か? 連絡が取りたい」
そう吹き込み、チャットアプリからメッセージも送った。
だが、1時間経っても2時間経っても既読がつかない。たまらず、もう何度か電話をかけメッセージを送った。
何時になってもいいから連絡が欲しいと伝えたが、日付が変わってもメッセージは未読のままで、電話もなかった。
「泉……!」
本音を言えば今すぐ駆け付けたい。
しかし、大物夫妻のスキャンダルだ。もしかしたらもう泉のマンションにはマスコミが張っているかもしれないし、両親の関係者が駆けつけている可能性もある。
考えなしに掻き回しては、かえって泉に迷惑をかけるかもしれない。葛藤はあったが、今はいったん連絡を待とうと決めた。
(泉、頼む。声を聞かせてくれ……!)


