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「お、終わった……!」
5月も中旬から下旬に差し掛かろうかというその日の3時限目。
俺はチャイムが鳴ると共に、思わず机に突っ伏していた。
周りからも、同じような歓喜の声がちらほら上がっている。
中間テスト最終日、最終科目。たった今、ひとつの戦いが終わったのだ。
俺からしたら生徒総会の後にテストで、とにかく長い闘いの日々だった。
(でも、どうにかこうにか総会もテストも無事に乗り切れたな。マジでよかったぁ)
テストも体感的には結構できたので、一安心だ。
さっそく帰ってのんびり──といきたいところだけど、残念ながらうちの高校、試験最終日の午後は普通に授業がある。昼休みを挟んで2時限。
つまり、今からランチタイムだ。
(そういえば今日は、『テストお疲れご褒美膳』にするとか言ってたな。そんなことより勉強しろよって感じだけど)
そう指摘したら、むしろ料理がいい息抜きなんだと言っていた。まぁ常に成績トップの人だし、俺のせいで成績を落とすなんてことは、あの人はしないだろう。だからあまり心配はしていない。
(ご褒美ってなんだろ)
席を立ってドアに向かおうとすると、ふたつ前の席で同じく立ち上がった山名と目が合った。
「泉、またどっか行くの?」
「あ、うん。ちょっと」
「ふーん。なんか泉、最近楽しそうだよな」
「え? そ、そんなことないと思うけど」
「そんなことあるって。前よりなんつーか、ふわふわしてね?」
「は……なんだよ、ふわふわって」
(それじゃ俺が舞い上がってるみたいじゃないか。別に舞い上がるほどいいこと、何もないし)
「いやなんとなくだけど。褒めてんだぜ、前よりいい感じ」
「……それはどうもありがとう」
平板に返し、足早に歩き出した。
「楽しんでこいよ~」
山名ののほほんとした声が背後から飛んでくる。
(んだよ、適当なこと言ってんな。おまえのほうがよっぽどふわふわしてるだろ)
心の中で毒づきつつも、なんとなく落ち着かない。
でも、その理由は深く考えないことにする。
今日のメニューをあれこれ予想しながら、生徒会室に向かった。
「……ガチおせちですね」
テーブルに並べられたお重を見て、俺は感嘆の息を漏らす。
(これまでもおせち並みとは思ってたけど、いよいよ高級おせちレベルだ……)
「おせちではないだろう。田作りも数の子も紅白なますもないぞ」
「いや、まぁ例えですけど。それくらい豪華ってことです」
容器は漆塗りのお重だし、そのうちのひとつはちらし寿司だし。あながち比喩とも言い切れない。
『テストお疲れご褒美膳』は俺の好物ばかりが詰まった、いつもよりさらに豪華で大容量の弁当だった。
(やばい、よだれ出る……)
「生徒総会もテストもよく頑張った。さぁ、遠慮なく食べろ」
「言われなくても」
すでに俺の手はお箸を握っている。「いただきます」と手を合わせ、さっそく食べ始めた。
「んー……!」
(食べる前からわかってたけどやっぱ最高……!)
「はは、喉詰まらすなよ」
会長は紙の器にちらし寿司をよそいながら笑う。てっぺんにエビとイクラをちょこんと盛った器が俺の前に置かれた。
それが終わると、俺が持ってきていたお茶のペットボトルのキャップを開け、俺の右側に置く。
飲もうとした時、すぐ手の届く位置だ。本当に喉を詰まらせると思われているんだろうか。
「いや、お母さんかよ」
告白されてからはそこまでいい子ぶってもいなかったけれど、もはや完全に開き直った俺は遠慮なくツッコんだ。
「え?」
「え、じゃなくて。そんなことしなくても自分でやりますから。至れり尽くせり通りすぎて過保護すぎ」
「ああ、ごめん。迷惑だったか?」
「迷惑じゃないけど。幼稚園児じゃないんだし、俺の世話ばっか焼いてないで会長も食べてくださいよ」
「……そうだな、もう幼稚園児じゃないよな。でも、つい……おまえのことは構いたくなるんだ」
苦笑しながら、ようやく会長は自分用のちらし寿司をよそい始めた。
「別に俺、甘やかされたい願望ないんで。ほどほどにしといてくださいね」
(ほんと、どんだけ世話好き体質なんだか)
「わかった」
うなずき、会長も食事を始める。一口サイズの照り焼きハンバーグを食べ、出来栄えに満足しているのか「うんうん」と口元をほころばせた。
総会を終え、他に誰が来る予定もない生徒会室。二人だけで、ランチタイムは穏やかに進んでいく。
「ところで、テストの守備はどうだった?」
「問題ないと思います。いつもと同じくらいにはできたから」
「そうか。じゃあ、土日はちゃんと寝ろよ」
(え……あんまり寝てないの、そんな顔に出てる?)
「心配するな、そこまで顔には出てない。けど、なんとなくわかる」
さっきの疑問も口にはしていないのに、心を読んだように返ってきた。なんとなくどころじゃない察知能力だ。
(やっぱ異能者……)
もしくは俺がわかりやすいのか。軽く不安になりながら、俺はぼやくように答えた。
「寝たいけど、やることいろいろ溜まってる」
「いろいろって?」
「洗濯とか掃除とか部屋の片付けとか」
「そんなに散らかってるのか?」
「……爪切りたいけど、爪切りがどっかに埋もれて見つからない程度には」
「たしかに爪、伸びてるな。早く切ったほうがいい」
「わかってますってっ。仕方ないだろ、テスト勉強で家事どころじゃなかったんだから!」
「…………」
会長はしばらく何かを考えるように黙り込んだ。そして、こちらの反応を探るように控えめな口調で切り出す。
「手伝いに行こうか?」
「は?」
「片付け。掃除でも洗濯でも手伝う」
「……5分前の会話忘れた?」
「忘れてないよ。でも、そんな惨状を報告されると放っておけないだろ。困った時はお互い様だ、周りに助けを求めればいい」
「お互い様って、俺、会長になんにもできてないし」
「気にするな。俺にはまたおまえの家に行けるのが嬉しいという下心がある」
「胸張って言うな」
「あ。そういえば、今なら特選和牛も付けられるぞ」
「……はい? 会話つながってます?」
眉をひそめて首をかしげたけれど、会長はそんな俺に向けて悪戯っぽくほほ笑んだ。
「ふるさと納税で届いた特選和牛が大量にあるんだが、急なスケジュール変更で父と兄がそろって出張中でな。母親はそんなに肉が好きじゃなくて、冷凍庫を圧迫して困ってるんだ」
「なにそれ。そんなの会長が食べればいいじゃん」
(ていうか、冷凍庫を圧迫ってほんとかよ。セレブのくせに)
そう思いつつも、少しだけそわそわするのを隠せない。
「だから、食べきれないくらい大量にあるんだよ。母はもうご近所にお裾分けしようかと言ってたし、食べてくれる人がいるとありがたいんだが……」
「…………」
「ちなみに俺は焼肉の時には、タレも自作するんだ。リンゴやにんにくのすりおろしから準備して、オリジナルレシピでな。家族にも好評で、兄は『このタレで肉が100倍うまくなる』と言っていつもご飯を3回はおかわりする」
「…………」
「掃除を手伝うお礼に牛肉消費を助けるっていう取引でどうだ?」
「いやもう文脈おかしい。取引になってないから。てか、ずるくない?」
「男子高校生にはあらがえない誘惑だろう?」
にやりと、今度はあからさまに意地悪く笑う会長。
言われるまでもなく、俺の頭の中は絶品ダレで食べる焼肉でいっぱいだ。
「また泉の部屋に行きたい。休みにも会いたい」
「……素直にそう言えよ」
素直じゃないのは俺のほうだと自覚しつつ、ぼそっとつぶやいた。


